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侍タイムスリッパーの魅力、感想を語る。

公  開:2024年
監  督: 安田淳一
上映時間:121分
ジャンル:コメディ/ドラマ/時代劇

雷にはご用心メェ~

幕末で斬りあいをしていたサムライが、現代の京都太秦(うずまさ)にタイムスリップして、斬られ役として実力を認められる。

話しを聞いただけでワクワクしてしまう内容の「侍タイムスリッパー」。

とはいえ、題名と中身を聞いた際に、これが、泣ける話であり、幕末から現代に来た中で、苦悩しながらも生きる侍の物語だとは、なかなか思えないのではないでしょうか。

鯨総一郎の「タイムスリップ森鷗外」といった有名人物が未来にいってしまうような思い出す人もいるかもしれませんが、「侍タイムスリッパー」の主人公である高坂という男は、実直で、歴史の表舞台には現れないけれど、日本のことを想う人物です。

コメディ作品でありそうな、本物のサムライが、現代日本で巻き起こす騒動というものではありません。

西森博之の漫画「道士郎でござる」のように、武士の主人公が周りを翻弄するような作品かと思ってしまうと、それはそれで本作品の見どころを間違えてしまう可能性もあります。

本作品は、コメディ的なテイストをもっていますが、ふざけたところは一切なく、物語の冒頭こそ、幕末のサムライが、現代のことを知って驚いたりしているさまは、嬉しくも、楽しいつくりになっています。

シナリオの美味さ

何がいいって、脚本が素晴らしい出来栄えとなっています。

現代にタイムスリップしたサムライが、京都の太秦で斬られ役になる、という設定そのものも面白いのですが、江戸幕府が滅亡した、ということを知って、現代で生きていこうとしたり、過去の自分たちの仲間がどのような最期を迎えたか、その業に悩むところも含めて、エンターテインメントとしての面白さだけではない、二重三重の意味が含まれた内容になっています。

過ぎ去られた過去である幕末と、時代劇という過去の遺物になりつつある作品も、重ねてみることができ、たんに、サムライが過去を憂いている、というだけの話ではないところも素晴らしいです。

斬られ役だけでは食べていけないという役者の現実であるとか、その中でも、生きている人たちを描き、武士でありながらも、現代を生きる男が、宿敵と本当に斬りあうシーンは、息を飲む素晴らしさです。

殺陣(たて)の凄さ

いわゆる、チャンバラ、というものは、一種の様式美となっています。

刀による打ち合い、そして、斬られて倒れていく人々。

ただ、そこはお芝居であり、当たり前ですが、面白くはあっても、本当の意味での迫力というのは薄いものとなっています。

「侍タイムスリッパー」では、そんな殺陣というものへのリスペクトもふんだんに詰め込まれています。

幕末の世では、命を賭した斬りあいで、殺し合いをしていた主人公が、現代で殺陣を学び、そして、再び真剣で戦う。

最期の殺陣は、物凄い迫力です。是非見てもらいたい素晴らしさとなっています。

無名の役者の輝き

主人公である高坂新左エ門を演じる山口馬気也氏は、役者歴は非常に長いですが、決して超有名俳優というわけではありません。

「侍タイムスリッパー」は、いわゆる有名俳優は起用されていないのですが、山口馬気也氏演じる主人公の圧倒的な演技力、人間性によって、リアリティを獲得している作品でもあります。

本作品は、安田淳一監督によるインディーズ映画となっており、制作予算は普通の映画と比べ物にならないほど安いとのことです。

そのため、いわゆる有名俳優は起用されていないのですが、どの役者さんもいい演技をしていて、自主映画に見られるような演技の悪さは一切ありません

むしろ、それぞれの役者の演技が高いレベルで結集している作品となっています。

お米も映画も丁寧に。

監督である安田淳一は、「拳銃と目玉焼き」や「ごはん」といった作品をつくっており、インディーズ系監督ではあるのですが、実力派監督でもあります。

しかしながら、2023年から米農家をやっており、チラシには「お米も映画も丁寧につくっています」という、他では聞いたことのないキャッチフレーズが強烈な印象を残しています。

これほどの完成度を誇っている「侍タイムスリッパー」ですが、10人程度のスタッフで作られており、安田監督の名前が、スタッフロールに何回もでてくるのが、逆に面白く、恐ろしくなってくるところです。

監督、脚本、撮影、照明、編集、衣装、VFX、あらゆるところに名前がでてくる。

あと、作中でも、助監督役としてでてくる主演女優の佐倉ゆうのさんが、映画撮影の現場においても、助監督をやって、その他もろもろ監督と同じぐらい色々な担当をしている、というインディーズ映画の大変さがスタッフロールにこれでもか、とでているところも、密かな面白さだと思います。

最後の最後まで「侍タイムスリッパー」は隙なく面白いのですが、スタッフロールまで面白いのは、他にはなかなかない作品ではないでしょうか。

舞台裏を描く

舞台裏のドタバタを描いた作品として有名なものは「蒲田行進曲」です。

大部屋俳優であった主人公ヤスが、人気俳優である男の恋人である松坂慶子演じる妊婦の女性と結婚し暮らしながら、役者をするという話であり、売れない役者が、危険を冒して行う10メートルの階段落ち、というシーンが有名です。

「侍タイムスリッパー」もまた、時代劇の斬られ役というポジションであり、理由は別ではあるのですが、真剣で勝負するというところの危険性や、大きな山場として使われているシーンも含めて類似するところです。

映画製作の舞台裏を描きつつ、タイムスリップしたサムライが、どのように生きるべきかを悩みながらも、進む姿は感動すること間違いなしです。

低予算のせいもあるかもしれませんが、いわゆる映画館ではなく、イオンシネマの通路がでてきたりしまして、ところどころ、予算の少なさと共に親近感がわくシーンも随所にあるのも面白いところです。

本作品が気に入った人は、是非「蒲田行進曲」も見てもらいたいと思います。

テーマ性とエンタメ性が融合

エンターテインメント性と、文芸的なテーマ性を両立させるというのは大変な難しさです。

エンターテインメント性を強くしてしまえば、テーマ性はどうしても薄らいでしまうものです。

ですが、「侍タイムスリッパー」は、侍が現代にタイムスリップするという、滑稽な設定ではあるにも関わらず、そんなサムライが現実の中で、斬られ役として生きていても、不思議じゃない、そんな気にさせてくれるリアリティがあります。

主人公である高坂新左エ門という男もまた、作中で悩み、苦しみながらも、現代のものを吸収していきます。

「日ノ本が、こんなうまいものを食べられるようになったのですね」

白い握り飯を食べるシーンでもぐっと来たところですが、近所で売っているショートケーキを食べた主人公が、驚き、そして涙するところは、見ているこちらの目頭も熱くなってしまいます。

幕末の厳しい時代を生き、豊かな現代日本を知ったサムライが、自分達が生きていた時代を描く時代劇。

本田猪四郎監督による「ゴジラ」もまた、戦争によって失われた命があった経過にありながら、飽食の時代で忘れたかのように生きるものたちに対しての警告のようにして現れた存在としてみることもできます。

「侍タイムスリッパー」もまた、過去の悲惨な歴史的事実を知りながらも、この現代で、サムライであった高坂新左エ門という男が、今を乗り越えていく姿を描いているところが秀逸です。

生きづらい世の中ではあります。

高坂新左エ門は、タイムスリップした後、天に向かって戻してくれ、と叫び、雷にむかって刀を伸ばしたりしますが、その後は自分の運命を受け入れます。

ただ、会津と長州の遺恨であるとか、過去を引きずりそうになりながらも、苦悩します。
過去を許すことはできないけれど、現代で、それを抱えながらも生きていく、という前向きで現代的な内容になっているところも含めて、本作品の特大ヒットの理由がわかろうというものです。


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