【インタビュー】『ある職場』舩橋淳監督|被害者に流れる時間とインターネットのスピード感
こちらの記事は後編になります。
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時間が奪っていくもの
舩橋監督:映画の最後に統計を出してるんですけど、厚生労働省に寄せられるハラスメント被害の約半数45%が「その後何もしなかった」という統計結果が出ているんですね。それはなぜか。この映画を見てもらったらわかると思います。被害者は疲弊してしまうんです、時間と共に。この映画でも1回目の旅行と2回目の旅行の間に半年空いてるんですけど、1回目は早紀ちゃんは怒ってて自分の身に起こったことをちゃんと世の中に訴えてちゃんと正しい対応をして欲しいんだと言ってるんですけど、2回目に来た時にはだいぶトーンダウンしてるんですね。
おく:確かにそうでしたね。
舩橋監督:毎日ネットで誹謗中傷を浴びたりという生活を半年やってると、その話をすること自体が嫌になってきてしまう。不景気の世の中ですぐに新しい職に就くことも難しいですし、こんな世界おさらばしたいと思ってもなかなかできない。そうすると「私は疲れ切っちゃったからここから自由にして欲しい」という気持ちの方が勝っちゃって「部署異動でいいです」となってしまう。最初は「正したい」と思ってた意気込みがなくなるくらい疲弊しちゃうんですね。「時間軸上の被害の見積もり」という言い方を僕はよくするんです。みんな揉めるのは結構です、バーっと熱く揉めるのは結構なんですが、1ヶ月話し合った、2ヶ月話し合った、3ヶ月話し合ったとき、疲弊していまうのは被害者なんです。あんまり関わってない人は好き勝手言うじゃないですか。好き勝手言っても他に楽しいことしてリチャージできるわけです。で戻ってきたら「まだやってんのそれ」と言って酷い言葉を投げかけることができるみたいなことがあって。やっぱり時間が経てば経つほど被害者は疲弊してきてしまう。だから伊藤詩織さんなんかは7年間声を上げる活動をずっとされてきて、本当にすごいと思いますし、頭も下がります。やはりネットなどで誹謗中傷を受けることで人は心身すり減っちゃう、話をするのも嫌になっちゃうというのがあって、それがあの統計結果が出た大きな一因だと思います。
おく:裁判に発展してもそこから途中でやめてしまう方もたくさんいらっしゃいますもんね。
舩橋監督:完璧ではないにしろ一つある解決策としては、被害者を守るシステムを組織に作ることです。アメリカの企業などではセクハラの事件が起きたとなったらその被害者を新部署に隔離するんです。で、その人が外圧から守られる環境で働き続けてもらって、その人と前の部署との間に第三者を立ててそこを介さないと接触できないようにするんです。そうしないと上の人が圧をかけてきたりとか彼女が居づらくなってしまうことが起き得る。同時に、事件を調査して解決するまで会社が職を保証するんです、リサーチして解決するまで。例えばリサーチが3ヶ月、処分が決まるまで2ヶ月で合計5ヶ月かかるとしたら「5ヶ月はあなたの仕事は絶対保証します。どんなプレッシャーがあってもあなたの職と身の安全は保証します。」ということを会社が言うわけで、それがアメリカでは企業価値に繋がっている。時間軸上の被害者の見積もりに基づいて、企業内に被害者がが守られるシステムを作ることなしに、言ってしまえば裸のまま誹謗中傷を浴び続ける状態で仕事場にいなきゃいけない状況がある日本はやはりおかしいなと思います。
おく:たしかに、そもそも舞台になっているあの保養所にインターネットで大庭さんの個人情報を流した犯人がいるかもしれないとか、そういった状況に大庭さんが放置されていて、その場にいるだけで彼女はずっと不安で心が削られ続けている状況では議論が成り立つはずもないと思いました。
近い将来『スキャンダル』くらいにはなってほしい
おく:今のお話を聞いて思ったんですが、彼女があの職場で孤立して、たしかに寄り添ってくれる木下さんのような人はいるが彼女も大庭さんを抑圧するような態度を取るためにあまり噛み合っていなかったり他の女性も保守的だったりして、よく言われていますがああいう場では女性の連帯がどうしても必要になってくるのかなとは思いました。
2020年にアメリカの映画で『スキャンダル』という作品が公開されて、FOXニュースのベテラン女性キャスターが同社のCEOをセクハラで訴えたのを皮切りにそれまで沈黙を貫いてきた内部の女性たちが声を上げるようになったという実話を元にしたものなんですが、そもそもFOX自体は非常に保守で「私たちはフェミニストじゃない」などと掲げる人の多い組織にも関わらず、それでも女性たちの連帯が存在して、一方で日本においてはそうとすらならないという。ホテルなんかは特に日本の中でも保守的な業界として挙げられますが、最後に出てきた上司もいわゆる名誉男性の呼ばれる人で、男性社会で生き延びてこれたからこそ男性化してしまってる部分があって、『スキャンダル』が描けてたことと今回の『ある職場』が描くしかなかったこととの差が浮き彫りになっているなとは感じました。そういった部分から、監督的に日本でも今後『スキャンダル』のような映画が描けるようになるとは思いますか?
舩橋監督:近い将来『スキャンダル』くらいにはなってほしいですよね。現場の女性たちが立ち上がって訴え出て会社を打ち負かすことができる風通しの良い環境が当たり前になってほしい。
メディアの女性の話をすると、東京の上映の時に望月衣塑子さんをお迎えしてトークとかをしたんですけど、彼女とかは「自分がこれを見てとても罪悪感を感じた。自分はこれまで男性社会で生きてきて、男性社会の中で生き抜くためには仕事ができる女にならなきゃいけない。仕事ができる女になるためにはネタをもらいに政治家に会いに行って、そこでセクハラを受けても軽く流してそういうことで落ち込んだりしてるようではやっていけないんだ、と、一丁前の女性記者はそんなのもさらりと流してネタを掴んでなんぼだ、とやってきたけど、今なら違うとわかる。そんなこと言われたらおっさん何ふざけてんだと糾弾しなきゃいけないのにスルーしてきた。それを自分の下の世代に押し付けてしまってきたところがあって非常に反省している。」とおっしゃっていました。自分も知らない間に(男性社会を)加担してしまってるところがあって、歪んだ「仕事のできる女像」を是正していかなければならないということだと思うんですよね。
おく:たしかに。だからこそ女性に責任を押し付けてはいけないというか、名誉男性として抑圧するのはもちろんダメなんですけど、どうしても抗えない部分があるからこそ先ほど監督もおっしゃっていたように男性側、権力側がそこを守るシステムを作らなきゃいけないというのがポイントですね。
舩橋監督:そうです。だから男性の責任だと思います。そういったふざけたことを言うおっさんは即辞職してもらう世の中になっていかなきゃいけないと思いますし、ちょっとくらい良いと本音では思ってるようなおじさんも、飲酒運転が一発アウトなように「ありえない」と感じる社会になるべきだと思います。
なので、僕らが今できることはちゃんと先んじた(対応を行っている)会社を評価することだと思うんですよね。いま意識の濃淡が会社によって差が出てきてると思うのでそれをちゃんと見ていくことが大切かな、と。
あと、この映画の中でも出てきたんですが、男性社会の論理では、女性が有能かどうかと女性としての魅力がくっ付けて語られたりします。「仕事ができないし女としても魅力ないし。」みたいな。それって全く関係ないんですよね。なのに、男にモテて、男性社会の中で仕事を認められることこそよくできた働く女性像だという虚像ができてしまってる。
おく:たしかに、仕事という部分と私的な部分、本来であれば仕事とは切り離されるべき部分がくっ付いていることが多いなというのは私も感じます。私は今就活中の大学生で働いたことはないんですが、そもそもああいった保養所みたいな場所で、社員たちが揃ってあたかもプライベートであるかのように旅行するというような交流とかって普通にあるものなんでしょうか。私としてはプライベートと仕事は分けたいと思っていて、少し見ていて心配になりました…。
舩橋監督:企業によるとは思います。今はああいう旅行は自由参加が基本で、もしくはやらない会社の方が多くなってきてると思います。
おく:強制じゃなくても行かないとなんとなくハブられる感じとかもありますよね、飲み会とか。
舩橋監督:たしかにそういう嫌な感じはあるとこはあると思います。
この空間にどんなやつを置いたら…
おく:この映画を監督として、限定しなくてもいいんですが、どういった人たちに見てもらいたいとかはありますか?
舩橋監督:自分のセクシュアリティに関する考え方が変わってきていると感じる方、自分が本当に時代の変化についていけてるのかと危機感を覚えている方にはぜひ見にきて欲しいです。東京の上映の時にはそういう方が結構いましたね。
中間管理職の方が平日の昼間に1人で見にきたりしてました。女性男性関わらず。スーツ姿で。「どうして見にこられたんですか」と聞いたら「実は自分の職場でもそういうことがありまして、自分は今までそういうことに関心を持ってこなかったからどうやって考えていいかわからなくて。自分は中間管理職だからある程度下の人間もいたりして勉強しないといけないと思って見に来たんです」っていうような人がいたりして、自分の考えを整理したい人が来ていましたね。余計考えがぐちゃぐちゃになった人もいましたけど(笑)
おく:自分があの場にいたらどうすればよかっただろうとか、考えちゃいますよね。
舩橋監督:誰に感情移入できました?
おく:ああ〜…。ただ今作に関しては被害者以外の全員がなにかしら被害者を抑圧する態度をとっていて、被害者以外に肩を持てる人はいなかったですね。特に小津とか野田とか…すごくいるんですよね、ああいうの(笑)。いわゆる最近で言うひろゆきのような論破思考というか、相手に喋らせてから重箱の隅を突くようなことを早口で捲し立てたり、論の軸をズラすような人。なので強いて言うならそれを受けてる被害者にずっと心を寄せてはいました。
キャラ全員が論理武装をしてるからこそ、何も準備できてない自分、あれを見ながらパッと言い返せない自分が悔しくて。絶対にこいつは間違ったことを言っているはずなのに!って。
やっぱりあの場に異様なスピード感があるのを感じました。被害者がネットで言い返しちゃって余計に炎上してっていうインターネットの嫌な部分も描いてたと思うんですけど、あの保養所の空間すらもインターネット的と言うか。インターネットってそのスピード感が問題だと思っていて、Twitterとかでも議論のようなものが信じられないくらい速いテンポで進んでいくので、その場で言い返せないと負けのようになってしまうあの空間がインターネットそのものだなと思いました。
舩橋監督:そういってもらえるのはすごい面白くて、小津っていう人物はちょっと引いたキャラで全体を見て外から批判するような人間が欲しいなと思ってああいうフリーライターという立場にしたというのがあるんです。ネット空間での誹謗中傷を早紀とか木下さんが読んでるだけじゃなくてあの場で言うやつがいたら面白いなと思ったんですね。外野なんだけど口が悪いやつ。
おく:あいつ最悪でしたね。
舩橋監督:(笑)
おく:途中まではみんなをただカメラで撮ったりしてて、観客側との架け橋的なポジションかなという感じがしたんですけど、全然そんなことなくて一番酷いこと言ってたっていう。
舩橋監督:外野だからこそ変な角度から全体を批判したりとか、同調圧力をかけたりとか、まさに日本でもよくある「被害者が一番悪い」論を言いやすいポジションかなと思ったんです。全員が可哀想って思ってたりとか、本音は違っても一応体裁として庇う態度を取ってる中で、そんなの関係ないやつが1人入れたくて。
おく:自分には関係ないというか、余裕がある順に酷いこと言っていってたなという感じはしました。小津はもちろんそうなんですけどそれこそ野田とかも、社内の人間ではあるけど自分の周りの人間関係はすごく上手くいってて毎回違う若い女性を連れてきたりとか、今の自分が上手くいってるからそこを壊されたくなくて余計に被害者を抑圧するみたいな傾向はありましたね。寄り添う意識すらない。
舩橋監督:野田は基本的に自分が女性を軽く扱っているところもあるのでその裏返しとして「セクハラは大したことない」とか言っちゃうんですよ。ああいう軽薄さと表裏一体のような気がします。
おく:だからほんとに野田さんを演じてる人は上手いなと思って、ああいう人こそちょっと賢いというか口が回るじゃないですか。だからこそああいう場で勝ちやすい人間で、いやにリアルだなと思いました。
舩橋監督:ムカつくでしょ(笑)
おく:めちゃめちゃムカつきました(笑)
舩橋監督:ナイスキャスティングでしたね。彼すごい頭がいいんです。なので「あなたは早紀ちゃんの強敵にしましょう」と。
おく:インターネットにたくさんいますもんね。
次回作について
おく:最後に次に取り扱う映画のお話などあれば。
舩橋監督:『過去負う者』といって、ほぼ同じメンバーと撮影スタイルで撮ったんですけど、元受刑者の社会復帰というまた重たいテーマで日本の根底にある自己責任社会を中心に描いてます。
大阪アジアン映画祭のワールドプレミアで世界初上映します。3月12日と16日に上映です。
おく:今後も監督のご活躍を応援しています!本日は貴重なお話どうもありがとうございました。
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『ある職場』は2月17日(金)より京都みなみ会館、2月18日(土)より元町映画館にて各館1週間限定上映。
2月18日(土)、2月19日(日)には各館、舩橋監督、主演の平井早紀さんをゲストにお呼びしてトークショーを行います。
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