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文楽にハマって/「近松名作集」(2023年2月7日)

こんにちは、入江悠です。
(※この記事は、わたしが主宰している映画メルマガ「僕らのモテるための映画聖典メルマガ」の連載から一部抜粋して転載しています)。

恒例の文楽を観てきました。
文楽、いわゆる人形浄瑠璃です。

もともとは時代劇の勉強の一環として観始めた文楽。
それがあっという間にハマってしまい、定期公演のたびに半蔵門にある国立劇場へと足を運んでいます。
皇居の東京駅側とは真逆に鎮座しているのが、国立劇場です。

コロナ前には勢いあまって、大阪の国立文楽劇場へも観劇にいきました。
大阪公演の方が空いていて、前の方に座れるし、文楽の本場なのでオススメ。
でも、文楽のためだけに大阪にいくには、ちょっとばかしお金の余裕が必要です。そもそも、文楽の鑑賞代が高いし。
(とはいえ、大きな劇場でやる演劇と同じくらいですが)。

今週観に行ったのは、「近松名作集」と題された演目。
国立劇場の文楽公演は、午前・午後・夜と三部制になっています。
一演目がだいたい3時間くらいあって、どれかひとつだけ観るのでも大丈夫。
しかし、この日、わたしは全部観ると決めていました。
なぜなら、「近松名作集」だからです。
近松とは、かの有名な近松門左衛門。
溝口健二監督の『近松物語』の近松です。
(この映画には、近松門左衛門は出てきませんが)。

この日、上演されたのは、3つの演目。

「心中天網島」
「国性爺合戦」
「女殺油地獄」

いかがでしょう。
どれも歴史の教科書か国語の教科書に載っていた題名ではないでしょうか。
これを一気に観られると聞き、すべてのチケットを予約しました。
で、観てきました。

もうクタクタです。
朝11時に始まって、途中20分くらいの休憩がときどきあるものの、終わったら夜21時近く。
ほぼ10時間、国立劇場の中にこもりっぱなしでの観劇でした。

さらに疲れるのが、近松門左衛門の演目。
近松は江戸時代のワイドショーレポーターともいわれる人で、実際にあった事件などをすぐに翻案して戯曲を書き、上演した人。
そのため、とても油っぽい。
出てくる男はゲスが多い。
今のワイドショーのニュースを飾る事件の主人公と一緒です。

たとえば「心中天網島」は、題名に「心中」と入っているくらいですから、男女が死ぬ話です。
主人公は治兵衛という紙屋の商人。
この男がゲスで、妻子がいるのに遊女と恋仲で、まあそれは江戸時代の遊び人なら仕方ないという話でもあるのですが、自分の好きな遊女が他の男に水揚げされることになっていて、日々を泣いて暮らしている。
浮気相手がよその男に取られるから家でメソメソしているんです。
それを妻にも隠すことなく、むしろ妻が困ってしまって治兵衛のためにいろいろと奔走したりする。
妻は治兵衛が遊女に入れ込んでいることを知っているのです。
なのに、治兵衛は妻も子も捨てて、結局は遊女と一緒に心中することを選ぶ。
残されたのは、何の罪もない妻と子。
結局、ゲスの治兵衛は好きな遊女とあの世に逝ってしまう。
そんな事件がありました、という話。

「国性爺合戦」は中国を舞台とした話なので、細々としたゲスい話はそれほどありません。でも、男の立身出世のために女が自害したりします。
妻と母が主人公の男のために自ら死を選びます。
なにも死ななくても、と今なら思うけど、男のために死んでしまう。

「女殺油地獄」は、これこそ主人公がゲス極まる男です。
大阪天満の油屋の跡取り、与兵衛が主人公。
この男も遊女に入れ上げて、さらに借金ばかり作っている放蕩モノです。
放蕩のかぎりを尽くして、実家から金を借り尽くし、あげくに勘当される。
そして、これまで自分を助けてくれていた恩人である女の家に押し入って、はした金欲しさに殺してしまう。
何の罪もない女を殺しておいて、逃げていく。
世界中の名作を見回しても、なかなか類をみないレベルのゲス男です。

これらの作品を、近松門左衛門は実際の事件をもとにして、本を書いたと言われています。
いまならワイドショーでやっているような話を、テレビのない江戸時代には舞台でやっていた。
どんな気持ちで観客はこれらの作品を観ていたのでしょう。
わたしは、疲れ切って、複雑な気持ちを悶々とさせながら、国立劇場から帰りました。
四ツ谷駅までの道のりを歩きながら、考えたのは、
「明日からわたしは真っ当に生きよう」
ということでした。
欲をかかず、大局を見失わず、できるだけ人に迷惑をかけず、コツコツ生活しよう。
そんなことを考えながら歩いて帰ったのですが、これってたぶん江戸時代の人も似たようなことを思ったはず。
人のふりみて我がふり直せ、じゃありませんが、たぶんそういう効用が当時もあったんだと思います。
だとすれば、江戸と令和のときを隔てて、近松は観客に同じことを思わせている。
もはやわたしは近松門左衛門とか文楽という歴史的意義を忘れて、ただ卑近なことだけを考えていたのでした。
やっぱりすげえや、近松。

ちなみに、近松原作の映画には以下のものなどがあります。
『心中天網島』『女殺油地獄』『曽根崎心中』『近松物語』。
うむ濃い!

わたしが今回観た国立劇場は、もうすぐ建て替えのために閉館になります。
10月末に閉場後、改築されて再オープンするのは、なんと2029年。
驚くべきことに、6年も閉館になるのです。
国立劇場がオープンしたのは、1966年とのこと。
それ以来、日本の伝統芸能の拠点として、文楽だけじゃなく歌舞伎、日本舞踊などさまざまな古典を上演してきました。
昭和から続いたその幕がいったん降りることになります。
パンフレットを読むと、文楽を支えてきた芸能者の皆さんが、「閉館中の6年の間に客足が遠ざからないか不安」とおっしゃっていました。
たしかに、コロナ前はチケットが即ソールドアウトだったのが、今はかなり予約しやすくなっています。
会場に行くと、お年寄りを中心にお客さんの数が相当減った印象です。
(わたしのような40代はそもそも以前から数人しかいませんでした)。
わたしは6年後も変わらず通いたいと思っていますが、閉館中は大阪に通うしかなさそうです。

映画もそうですが、古典芸能も積極的に応援していかないと維持が難しい時代になってきたのかもしれません。
今年、まだ5月にも国立劇場では文楽公演があります。
もし少しでも興味がありましたら、ぜひ国立劇場へ。
たしかなのは、観て損をした、とは絶対に思わないということ。
なんだったら、映画へと続くフィクションの歴史のひとつの形が文楽にはあります。
ぜひ今の時代にこそ目撃していただければ幸いです。

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