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「探偵ロマンス」が描く、大正期の光と影 ―名探偵と青年作家の邂逅―
大正8年の帝都を舞台に、後の江戸川乱歩となる青年・平井太郎(濱田岳)と初老の名探偵・白井三郎(草刈正雄)が織りなす物語は、単なる探偵ドラマの枠を超えた深い人間ドラマである。
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スペイン風邪が猛威を振るい、成金と貧民の格差が広がる時代。推理作家を志す青年・平井太郎は、食い扶持を稼ぐための生活に悶々としていた。ある日、新聞記者から「引退した伝説の名探偵・白井三郎を見つければ連載を考える」という無理難題を突きつけられる。
太郎は偶然、以前屑拾いの仕事で出会った老人こそが、かつて数々の難事件を解決し、忽然と姿を消した名探偵・白井三郎であることを知る。こうして、見習い探偵・太郎と復活の名探偵・三郎による真実の探究が始まるのである。
物語は画商・廻戸庄兵衛殺害事件から動き出す。太郎と三郎は、手がかりを求めて人気の踊り子・お百のもとを訪れる。お百という存在は、女性でも男性でもない、時代に理解されない存在として描かれ、物語の重要な象徴となっている。
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作品の随所に配された「赤」と「黒」の色彩は人の暗部を表現し、昼と夜の世界の二面性を象徴的に描き出している。特に秘密倶楽部「赤い部屋」は、その両者が極まる場として機能している。
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物語は次第に深い謎へと誘われていく。謎の組織「イルべガンの巣」の存在、外務次官・後工田の暗殺、そして住良木平吉という謎めいた人物の正体。これらの謎は、単なる事件の解決を超えて、人間の業と理想の相克を浮き彫りにしていく。
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最終章において、後工田暗殺の真犯人は警部の部下・笠森であったことが明かされる。そして住良木の手引きで逃亡した郷田初之助は、物語の完成のために殺される。その最期の言葉「名探偵明智小五郎が必ずお前を捕まえる」は、後の江戸川乱歩作品を予感させるものとなった。
この作品は「夢」と「真実」の相克を描いている。白井三郎という老いた探偵は、人々に求められるがゆえに再び立ち上がる。一方、太郎は他者との交わりを通じて、作家としての、そして人間としての答えを見出していく。
制作陣は「ヒエラルキーがまかり通った社会で、各々の階級の中でしか生きられない悲哀」「理想を高く掲げるあまり、己を傷つける毒を腹に抱えてしまう可笑しみと苦しみ」という普遍的なテーマを、大正期という時代を通して描き出すことに成功している。
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物語は最後まで謎を残しながらも、人間の弱さと強さ、理想と現実の狭間で揺れ動く心情を克明に描き出した。それは後の江戸川乱歩作品の源流となる、豊かな人間ドラマとなったのである。