祭りの夜にウタは燃ゆ

※先に「文月の夜に夢は咲く」を読むことをオススメします


20時をとうに回っているというのに、蝉が鳴いている。暑さのピークは過ぎたとはいえ、まだこの時期は夜になっても過ごしやすいとは言えない。
ジメジメとした空気が、肌にまとわりつく。
「なにもこんな時間に呼びださなくても…」
思わず愚痴るようにそう呟く。言ってから「警戒ちゃんに聞かれたらまずいな」と思い周りを見渡すが、姿はない。
そう、俺を呼びだしたのはほかでもない警戒ちゃんである。
ことの発端は、夏休み前にさかのぼる――

とある日の放課後、俺たちは普段と同じように他愛もない会話をしていた。
「そーいえば、スミトは今年の夏予定はあるの?」
「いや、特にはない。お前との花火くらいだな」
「花火覚えててくれた!わーい!」
「まぁ俺も楽しみにしてるからな」
そういえば補習がなくなったことは警戒ちゃんには言ってなかったんだった、と思ったが、突っ込まれなかったので良しとしよう。
「じゃあさ」
そう言って彼女は手帳を取り出し、8月のカレンダーが書かれているページを見せる。
「この日の夜って空いてる?」
彼女が指し示したのは24日だった。数字の部分に上から赤いペンで渦巻きのような印が書かれている。
「今のところは空いてる。何かイベントがあるのか?」
「そーだよ!せっかくだからスミトも誘いたいなって思って!」
「わかった。その日は空けておく」
「ホント?やったー!」
それにしても、『この日の「夜」』とわざわざ指定してくるくらいだから、夜に行われるイベントなのだろう。俺たちはまだ高校生なので、夜の時間帯に行われるイベントは年齢制限などで行けないことも多い。
もし当日に実は入れないみたいなことを知るよりかは、今のうちに確認しておいた方がいいだろう。
「ちなみに、そのイベントってどんなものなんだ?」
「神社の夏祭りだよ!詳しいことはちょっと教えられないけど…」
「なるほど、夏祭りか」
それなら安心だ。高校生どころか小学生やそれ以下の子供も参加するようなものなので、夜遅すぎて追い出されることもなさそうだ。
「そうなると、浴衣とか着ていった方がいいのか?」
「ううん、来る時の服装は自由だよ!」
「そうか、てっきり『我も浴衣着るから合わせようよ!』とか言われるかと思ったが」
「わ、それいいね!」
まずい、余計なこと言ったか…?
「悪い、そうは言ったけど浴衣持ってない」
「へーきだよ!その場で貸し出してるから!」
「その場で…?」
「うん!細かいことは当日のお楽しみ!」
良く分からんが、浴衣を買う必要はないらしい。良かった…。
「じゃあ、集合時間とか場所は近くなったら連絡するね!」
「わかった」
こうして俺は、今日の祭りに参加することになったのである。

「お待たせ~!遅くなってごめんね!」
警戒ちゃんが姿を見せる。ダボっとしたTシャツにホットパンツ、スニーカーを合わせている。なるほど確かに『服装は自由』という指定は本当だったらしい。
「俺も今来たところだ」
「ほんと?良かった~」
「でもなんでこんな遅い時間に集合なんだ?夏祭りならもっと早い時間に始まりそうなものだが」
「このお祭りってちょっと変わってて、21時に始まるんだよ!」
「そうなのか?だいぶ遅いな」
でもその開始時間が本当なら、この時間に集合にしたのもうなずける。むしろ、暑い中待たされるよりかはよっぽどいい。
「それで、会場の神社はどこなんだ?」
集合場所は、俺たちの通学路がちょうど分岐するところだった。帰宅するときはいつもここで別れる。
「こっちだよ!ついてきて!」
そういって向かったのは、警戒ちゃんがいつも帰る道と同じ道だった。

時刻は20時40分を過ぎたところだ。あと20分もしないうちにお祭りが始まるというのに、神社はおろか鳥居の一つさえも視界に入っていない。あるのは山と田んぼだけだ。
そろそろ急いだほうがいいんじゃないか、と話しかけようとしたとき、警戒ちゃんが足を止めた。
「着いた!ここだよ!」
警戒ちゃんがそう言って向いた先には、神社はなかった。
ただ、草が生い茂った山があるだけだ。
「お前、何を言って…」
「スミト、今何分?」
「え?…ちょっと待ってくれ」
時計は20時44分を指していた。
「44分だ」
「ありがと!」
そう言って警戒ちゃんは俺の手を握る。
「我が『せーの!』って言ったら、我と一緒に前に向かって足を踏み出して!わかった?」
「前?この草むらに?」
「いーから!」
「…わかったよ」
警戒ちゃんは時計をじっと見つめながら、ブツブツとつぶやいている。
そして。
「ごじゅうなな、ごじゅうはち、…せーの!」
その声を合図に、俺たちは山のほうに向かって足を踏み出した。

一瞬、グニャァっと視界が回る。
めまいにも似た感覚に、思わず目を閉じてしまう。
平衡感覚が狂い、倒れこみそうになる。
尻もちをつきかけたその時、警戒ちゃんに手を引っ張られ、何とか持ちこたえる。
「スミト、大丈夫?」
「大丈夫ではないな、でも尻もちはつかなかった。ありがとう」
「どういたしまして!でも無理はしないでね?」
「ああ」
そういいながら、ゆっくり目を開ける。
「…え?」
目の前には、さっきまではなった石段があった。
ゆっくり目線を上にあげる。
石段の先に鳥居が見える。
何故かはわからないが、先ほどまで何の変哲もない山だったものが、神社に変わってしまったらしい。
辺りを見回してみる。
さっきまでただ田んぼが広がっていたところには、電車の線路が伸びていて、石段を下りた道の延長線上に踏切がある。
そして、踏切を渡ったすぐそばに、見慣れない、というより「読めない」駅名の駅があった。
よく分からないが、今、俺たちは少なくとも先ほどいた世界とは違う世界に来てしまったらしい。
「神社はこっちだよ!」
そんな中でも警戒ちゃんは普段通りだ。誘ってきた側なのだから、この世界のことはよく知っているのだろう。
聞きたいことは山ほどあるが、それを聞くのはこの祭りが終わってからでも遅くはないだろう。
今は、この後始まる祭りを楽しもう。そう思った。

石段を登り切り、鳥居をくぐる。
その瞬間、今まで着ていた服装の上に法被が重ねられる。
服装は自由、というのはこのことか、と妙に納得してしまう。
正面に本殿と思しき建物があり、左右には出店や社務所が立ち並んでいる。
本殿の前には、舞台のようなものが伸びている。今日はこの上で誰か歌ったり踊ったりするのであろうか。
「じゃあ、行ってくるね!」
「行くって、どこに?」
「あ、そっか、言ってなかったね!今日は我がここでパフォーマンスするんだ!」
「そうなのか?聞いてなかったぞ」
でも、そういうことなら今日までのいろいろにも説明がつく。
終わったら色々質問させてくれよ、と思いつつ、こう告げる。
「すごい楽しみだ。警戒ちゃんも全力で楽しんで来いよ」
「ありがとう!」
そういって警戒ちゃんは背を向け、本殿の中に姿を消した。
彼女はどんなパフォーマンスを見せてくれるのだろう。どんな驚きをもたらしてくれるのだろう。そう思いながら、開演のその時を待つのであった。


~警戒電脳奉納大祭 2024夏の陣 開催に寄せて~



※本noteは「警戒電脳奉納大祭」二次創作企画の参加作品です。
今作っている小説「文月の夜に夢は咲く」の完全版が出るときに付けたす予定の内容でしたが、開催に先立って読んでほしい内容だったので先出ししました。
完全版に付けるときは少し内容が変わるかもしれません、悪しからず。

警戒電脳奉納大祭 2024夏の陣


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