ほおずきさん三題噺 第十六回
お題「遠距離恋愛、クリスマス、かぼちゃ」
「今日は今年初めての雪が降ったのよ」と、彼女からLINEがきた。
まだらな灰色の空に、輝く白い山の写真が貼ってある。
「ここでも雪が積もったよ」
輪郭だけを残して薄化粧をした街の写真を貼って返す。
「あったかい部屋でココア飲みながら一緒に眺めたい景色だな」
と打つ。
「クリスマスに会えないなんて悔しすぎるよ」
「会いたいな」
「だって仕事が忙しいからしかたないよ」
彼女は地方のデパートのブティックで販売員をしている。とは言ってもデパートの従業員というわけではなく、テナントで入っている店で親会社からの要求と、デパートの要求に応えなければならずキツいのだという。
「仕事はどう?順調?」
「デパートってやっぱりデパ地下の食料品がメインでしょ。そこからどれだけのお客さんを上の階に上げられるが勝負なのよ」
「そんなのデパートの力次第じゃないか」
「そうなの。でもね、そこからさらに有名なブティックが居並ぶ中で売上げを作るのは大変なのよ」
「そうなんだな。そこからが勝負ってことか」
「あなたはどうなの?」
私はといえば小さな商社の営業で高級食材をレストランに売り込み、配達もしている。飛び込み営業も多く、日によってはぐったり疲弊してしまうこともある。
「まあぼちぼちやってるよ。相変わらずキツいけどね」
しかしお陰でレストラン事情には詳しくなった。
「君が来てくれたらどんな要望にも応えられる自信があるんだけどな」
「そうよね、レストランはバッチリよね。今年はもう会えないのかなぁ」
「会う気になればいつでも会えるよ」
「じゃあ、クリスマスに会いに来てくれる?」
「がんばるよ」
30代になってすっかり衰えてしまった気がする。もうこれから新しい恋愛なんていう気力はない。彼女を妻に迎えて、子どもができて・・・そんなささやかな夢を描いている。
今日は卵の営業に行く。卵と言ってもカスピ海産のキャビアから国内産の秋鮭のイクラと様々あるが、今日の食材は秩父産の高級な鶏の卵。ターゲットはパティスリ、つまり洋菓子店だ。一個500円以上もする卵は採算の上からもなかなか売れない。卵一つにそれだけの経費をかけるとプリン一つに軽く1000円を超える値段がつくことになる。
あてもなく街を徘徊して天を仰いだ視界の隅に「最高級洋菓子店」という看板が入ってきた。目を凝らしてみると「厳選食材による」という言葉も見える。
その店はビルの3階にあった。洋菓子店が1階にないなんてあり得ない。しかし、ここは特別な洋菓子店に違いない。店に入るとそこにはショーケースさえもない。3人のパティシエが白い大理石に向かっていた。
「お忙しいところすみません」
「はい。どなた?」
「少々お時間をいただけたらと思いまして」
「うちは食材の仕入れは決まってるから」
「今日は最高の卵をご紹介にあがりました」
少しばかり食指が動いたらしく、店主らしき目の小さな男が手拭いで手を拭きながら出てきた。
「モノはあるのか?」
「はい」
保冷バッグから卵を5つ取り出してテーブルに並べた。
「うちは一個1000円の烏骨鶏卵を使ってるからな」
「こちらは秩父産の卵なんですが、一個640円です。毎朝採れ立てを配達させていただきます」
「問題は質だな」
「それでは一度使ってみてください。これも今朝の採れたてです」
「ああ、必要なら連絡するから名刺を置いといて」
追い出されてしまった。ところが翌日、この店から連絡が入り一個550円で一日10個の取引きが始まった。うちの仕入れが350円。一回配達して2000円の儲け。あまりいい商いとは言えない。
クリスマスまであと一週間。彼女に会いに行けるだろうか。行く気になればいつでも会える。そうなんだ。これは心理的遠距離恋愛なのかもしれない。
洋菓子店はこれから掻き入れ時だ。例の最高級洋菓子店はすべて注文だけなのだそうだ。そうやって在庫が無駄になるのを避けて、その分一つひとつの食材にお金をかけている。もちろん高価でもあるのだけれど。
その日卵を配達すると試作品としてかぼちゃのプリンをいただいた。はっきり言ってかぼちゃを混ぜ込むことで卵の良さは半減してしまう。純粋なプリンの方が卵の良さが引き立つのは自明なのだが。
家に帰って早速、試作品をいただくことにした。スプーンですくうと、それはしっかりした固さが感じられる。口に運ぶとえも言われぬ滑らかさ。適度な甘さとそこにかぼちゃが鼻から仄かに香る。確かに絶品に違いない。卵が生きるプリンではなく敢えてそうしたのだ。かぼちゃの良さを最大限に発揮するためにはこの卵でなければならなかったのだろう。
恋愛の相性というのもそれに似ている。単独では表れない効果がパートナーと相俟って発揮されるということはあるに違いない。
24日、イヴの日。卵を配達した時、頼んでおいたかぼちゃプリンを2つ受け取り、営業の仕事をそこそこで切り上げて電車に乗った。
明るく華やいだ街の景色はだんだん薄くなり、外が淡い色調に変わってくる。冬というのは本来こういうものなのだ。
「電車に乗ってるよ」
とLINEする。
「うれしい!来てくれるんだ。私も乗ってる」
と返事がきた。
「絶品のかぼちゃのプリンを買ったから」
「そうなんだ。楽しみ。早く来てね。待ってるよ」ハートが付いている。
けれども男には行くところ、目的地がなかった。男の両手にはそれぞれスマホが握られている。幸せそうな顔をした彼が今、彼なのかそれとも彼女なのかはわからない。彼も彼女も同じ電車に乗ってはいるが、彼らは永遠に会うことはない。
彼の膝の上に載せられた絶品かぼちゃプリンが彼らと一緒に行くあてもなく電車に揺られていた。