ほおずきさんの三題噺 第十九回
お題「塩、勝負、洞窟」
13日の金曜日。ぼくは四年に一度開催されるこの国の神さまを決める大一番の観戦ツアーに出かけた。
対戦は町の人間と森の動物の代表なんだけど、ぼくが生まれてからずっと人間が神さまの座に就いている。だから動物が神さまになるなんてとても信じられない。人が神さまになってから町は発展を続けて、ずいぶん暮らしやすい世の中になってきたんだって。山の斜面にはソーラーパネルが設置されたし、山並みに沿って風力発電の扇風機が並んでいる。それはとってもキレイなんだ。
50年前には動物が神さまだったこともあったらしいよ。その時は町の治安は乱れて人の心も荒れていたってお祖父ちゃんが言ってた。なんでも予算の配分が違うからなんだそう。
前回に引き続き今回も「人v.s.熊」の一騎打ちになった。試合は普段は立ち入り禁止区域の山の中腹にあるラ・プラサっていうところで始まって山全体が競技場なんだ。どちらかが動かなくなるか「まいりました。神さま」と言うまで戦うんだ。もちろんこの観戦ツアーには人気があってなかなかチケットは取れないんだけど今回はお祖父ちゃんの古希(70歳)のお祝いに招待状が来て、代わりにぼくが来れたんだ。
正面の仮設大スクリーンでテレビの実況もある。
東から人間が出てくると歓声が上がった。西から熊が登場すると悲鳴が上がった。大きさがずいぶん違うな。
戦いに制限時間はなくて、最初は素手なんだけどその辺にあるものは何を使ってもいいことになってる。
前回は石で決まったんだと思う。あまりよく覚えてないんだ。おじいちゃんと電話か繋がってる。
「おじいちゃん、前回の対戦はどうやって決まったの?」
「四年前だなぁ。そりゃおまえ、あれだよ。そのそれ、投げた石が熊のこめかみに当たったんじゃ」
「え?そんなんで決まったの?」
「話は最後まで聞かんかい。熊がフラついたとこに股間を蹴り上げた。三時間を超える戦いの末じゃから熊にも効いたんじゃろうなぁ」
「その熊はどうなったの?」
「それゃ周りの動物連中に引きずられて山に帰って行ったさ」
「殺されるの?」
「いや、それはない。品格の優れた神さま戦ファイナリストとして崇められる対象じゃからな」
「人間が負けたら?」
「そりゃ地位を剥奪されて島流し、ブラブラ島送りじゃな」
「それならぼくも行きたいよ。あ!実況が始まった」
フィールドの真ん中で人と熊の握手から試合が始まった。人が何か言った。挑発したのか?熊の上段からの腕のぶん回しを人間が見事にかわす。一万の観衆からため息が漏れる。
「すごいよ。おじいちゃん」
人間の反撃は熊の短い脚をめがけてのキックだが熊はピクリともしない。それから背中側に回りこんで膝蹴り。これは熊にも効いたらしくのけ反った。観衆が湧いた。熊は山に響き渡る声で吼えて腕を振り回すが人には当たらない。それがああ、フェイントに引っかかって手の甲が人に当たった。人は吹っ飛んだ。動物たちから応援の声が上がる。
「決めろ!」「決めてしまえ!」
でも人間は立ち上がった。ダメージは大きそうだ。それでも人間は攻撃をやめない。熊が大きな体を揺らして襲いかかってくる。人間は這々の体で逃げる。熊は驀進して襲いかかるが人間は捕まらない。捕まってしまったらそれでお終いだ。人間はフィールドの端までくると葛の蔓を取った。それで熊の突進をヒョイと交わすと背中に飛び乗って首に蔓を回した。熊は暴れるが蔓はしっかり首を捉えている。熊が頭をブンと前に振った途端に人間は熊の前方の藪の中に吹っ飛んだ。
人間は立ち上がって森に逃げる。木の茂った森の中は熊の動きが制限されて人には有利だ。逃げながら木の棒を手にした人間の一方的な攻撃が続いている。しかしそれは熊の作戦だったかもしれない。人間は洞窟の入口に追い詰められてしまった。暗い洞窟の中では人間は不利だ。
「そっちはどんな塩梅だ。どこかに逃げ道はないか」
「わからないよ。あ!熊の頭に棒が当たった!」
熊が前脚をついたところに背中にも一発入った。しかし熊はそのまま人間を洞窟の中に押し込んだ。とうとう見えなくなってしまった。
「どうなっとる?」
「おじいちゃん、全然見えないよ」
「洞窟に入っちまったか。10分出てこなかったらマズいな」
「そうなの?どうなるの?」
「人が負けたら熊が神さまじゃ。人の世界は縮小される」
「縮小されたらどうなるの?」
「暮らしにくくなる」
「どんな風に?」
「まず車の数が減らされて、夏もエアコンがあまり使えんようになる」
「それくらいいいよ」
「夜更かしができんようになってテレビもゲームもあまりできんようになるじゃろう」
「それは困るよ」
30分ほと経って洞窟の入口に影が映った。
「熊だ。熊が出てきた」
熊の右肩には人間が担がれていた。
長かった人の時代が終わった。
熊が神さまになった。しかし、動物たちから歓声は上がらない。動物たちはしみじみと泣いている。
*
30分前の洞窟の中。
「おい、熊。攻撃をやめろ。俺も棒を捨てる」
「おまえはどこにいるんだ」
「おまえの真上だよ」
天井の凹みに人間はいた。
「バカな。今襲っていれば勝負はついていた」
「いいんだ。この試合は俺が預かる。いいか?」
「ああ、いいとも」
カランカランと棒が転がる音と共に人間が熊の前に立った。
「今、襲ってくれても構わないんだが・・・」
「どういうことだ」
「今回は動物の勝ちとする。このまま人間が勝ち続けると世の中が
狂う。人間が暴走する。今回は君が神さまになるんだ」
「いいのか?君はそれで」
「いいさ。どうせ俺はブラブラ島送りになるだけだ。それで世の中が正常に戻るなら上等だよ」
「わかった。オレは何をすればいい」
「君は神さまとして動物と人間のバランスを正常に戻してくれればいい。人間の横暴を止めてくれ。でも動物に寄りすぎるのも良くない。共存できるバランスを整えるんだ。ツラい役回りになる」
「君が試合開始の時に洞窟って言ったのはこういうことか。でも本当にそれでいいのか?」
「いい。俺を一発ぶん殴って肩に担いで出て行ってくれ」
「オレに君は殴れそうにない」
「勝敗は決する必要がある」
「わかった」
熊が人を殴った。人はぶっ倒れた。
「バカ野郎、そんなんで俺が参ったって言うと思うか?この毛むくじゃらの脳タリンの下司野郎が」
熊がもう一発殴ると人は吹っ飛んで壁に激突して動かなくなった。