ほおずきさん三題噺 第十三回

お題「カメラ、隣、妄想」

アキラの住むマンションは賀茂川に面している。自然を愛する彼は夜な夜なベランダから賀茂川の様子を眺めるのを楽しみにしている。夏を過ぎたころにすっかり刈り取られた青草がまた背を伸ばしてきた。

アキラの部屋には鴨川で見られる鳥たち、真鴨、白鷺、青鷺、セグロセキレイ、ユリカモメなどのパネルが飾られている。趣味はバードウォッチング、そしてその写真を撮ることだ。

晩秋になってから夜行性の*五位鷺(ゴイサギ)がマンションの前を猟場にするようになった。しかし2階とはいえマンションのベランダからの角度、そして弱い明かりではそれをうまく捉えられない。

しかし今や11月、いくら何でもこの寒さに川岸でシャッターチャンスを狙うのはキツい。などとあれこれ思案していた。

好機はいきなりやってきた。大陸の高気圧が勢力を弱め、それに伴って太平洋の暖かい湿った空気が日本上空に入り込んできたのだ。昼間の気温は20℃を少し越えるまでに上がり、そのうえ空には分厚い雲が垂れ込めてその暖気を閉じ込めている。今日を置いて他にはない。そう思ったアキラは五位鷺を川岸から狙うことを決めた。

会社をさっさと退社して、水辺に潜むべくしっかりと食事を摂った。腰まである長靴を履き、セーターの上からゴアテックスのジャケットを着て帽子を被った。それから親指と人指し指が出ている手袋をした。いずれも闇に紛れる色だ。これでじっとしていれば五位鷺に警戒されることもないだろう。

賀茂川の河川敷に立つとあったかい日だったとはいえ、もう十分な寒さだ。五位鷺の猟場から10mほど離れたところにポイントを決めて姿勢を低くしカメラを構えた。いつものパターンだとあと1時間のうちにはやってくるはずだ。警戒されないように息を潜める。マンションの自室からガラス越しに漏れるやわらかい灯りが川の流れをほんのり照らしている。

それから30分ほど経ったころ、いきなりアキラのの部屋のカーテンが勢いよく開けられた。そして裸の女が出てきた。

ハッとしてシャッターを切った。連写した。その女は洗濯物干しから何かを引きちぎるように取ると、また部屋の中へ消えていった。

何だったんだ。図らずもシャッターを切ってしまった。俺は何をしているんだ。そう肩を落とした時に背中を叩かれた。

「君、こんなとこで何をしているんだ?」

警察官だった。

「ああ、あの、写真を撮ろうと思って・・・。私はこのマンションの住人です」

「ああ。わかってるよ。マンションに住む女性のことが妄想だけじゃ飽き足りなくなってしまったんだね」


 *五位鷺…二条城の南、神泉苑にて醍醐天皇が行幸の折、その池で毛繕いをしていた鷺を六位の者に獲ってくるように命じられた。その者が「天皇の命であるから捕える」と言ったところ逃げもせず素直に捕えられたことから、天皇の命令をよく聞いたとして醍醐天皇より五位の位を与えられたという故事による命名である。

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