ほおずきさん三題噺 第九回
お題【初恋、灯台、雨】
目を覚ますと真っ白い壁が目に入ってきた。天井は格子状の白。ゆったりした白いシーツにはリズミカルな波紋がある。
子どもの笑い声が聞こえてくる。白いカーテンの窓の向こうにはきっと温かい庭がお日さまの柔らかな光を受けているのだろう。
手首に白い包帯が巻かれ、その上にネットがかけてある。
横を向くと小さなテーブルに白い封筒があるのが目に止まった。手を伸ばすとピリッと痛んだ。そっと体を起こしてそれを手に取った。
宛名のない白いままの封筒。中の手紙を取り出した。
目が覚めましたね。よかった。
私は間違っていたということなのでしょうね。
ついつい昔のことに思いを馳せてしまいます。あなたのお父さんは私の初恋でした。初めて知った恋は苦しくてたまらなかったことを覚えています。
あなたのお父さんと赤穂御崎灯台に登ったとき、プロポーズされたときのことを思い出します。瀬戸内の青い穏やかな海を見ながらお父さんは「君に苦労はさせない」と言いました。こうやって生活に追われるのが苦労といえばそうかもしれませんが、私にはお父さんがくれたその何倍もの喜びがあります。私はそれをなくしてしまったら・・・
私があなたを産んだ時、私は何も知らない一人の女でした。
お父さんはあなたが生まれる前に死んでしまったので、あなたを育てた責任はすべてこの私にあるということでしょう。最初からシングルマザーだった私はあなたのお父さんが亡くなった悲しみに浸っている時間はありませんでした。すぐに働きに行き、あなたが悲しい思いをしないようにと一生懸命でした。でも所詮は母ひとり。あなたを父親のいない子にしてしまって本当に不憫でした。
大学に入り、私のところに帰ってくることもなく過ごしているのは、きっと楽しいからなのだろうと勝手に思っていました。そんなことはなかったのですね。
あなたがこんなにまで追いつめられていることを知らないでいたことを考えるとつらくなります。
かといって私に何ができるわけでもありません。ただ、あなたが苦しんでいるのなら、それが少しでも軽くなるように祈って陰で私も苦しむことしかできません。
生きていくというのは辛い苦しいことですね。
大事なあなたが、何もあなたの代わりにほしいものなんてない、そんなあなたがこんな時なのに私はここを去らねばなりません。またあなたに会うために生活を維持していかなければならないからです。
私はあなたを残して帰らなければならない。こんな母をどうか許してください。こんなに晴れていいお天気なのに、私の中には雨が降っています。
どうかあなたがこの手紙を読んでくれるように。そのことだけを思いながら帰っています。
母より
ここは天国じゃなかった。
よかった。
お母さん。ぼくにはまだしなきゃならないことがあった。
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