ほおずきさん三題噺 第二十一回

お題【ホットケーキ、求婚、飛行船】

この頃、暇さえあれば正樹はプロポーズの言葉を探している。なんて言えば彼女は喜んでくれるんだろう。彼女にそれを言うのは一度きり、一生に一度だけなんだ。どう言えば彼女の心に残るんだろう。


美奈子とカフェに入った。

目の前にホットケーキとカフェオレが運ばれてきた。このパンケーキの一番下がオレで一番上が美奈子。真ん中はまだ影も形もないけど我が子ってとこかな。

「ねえ正樹、何ニヤニヤしてんの?」

「うん。ホットケーキってさ、どうして3枚重ねなんかな」

「そうねぇ。特に意味はないんじゃない?ちょうどいいボリュームだからよ」

「ちょうどいいね。そうかもな。3枚か」

「どうしたのよ。そんなとこに拘ったりして」

「いいじゃん。こんな小さいとこに大きな発見のタネが潜んでたりするんだよ。ニュートンのリンゴみたいに」

「リンゴはともかく、ホットケーキに秘密なんてないって」

「そうかなぁ。どうして人はホットケーキを3枚重ねるのか。それは心理学上の永遠のテーマである」

「んな訳ないよ。2枚じゃ少ないし、4枚じゃ多いってことだって」

「じゃ大きさを変えればいい。大きいのなら2枚。小さいのなら4枚」

「なんかややこしくなってきたからこの話やめない?あまり建設的だとは思えない」

「そうだな」


でも美奈子。ちゃんと理由があるんだ。ホットケーキは家族なんだよ。家族でシェアし易いようになってるんだ。


「来週の日曜日って予定ある?」

「ううん。ないよ。じゃ来週もデートの予定組んでいいね」

「うん。ありがとう」

「どこか行きたいとこある?」

「そりゃあるよ。月とか、空とか」

「飛び過ぎだって。地面でなら?」

「じゃいよいよスカイツリー?あれは地面から生えてるよ!?」

「ぼくが高いとこ苦手だって知ってるだろ?」

「正樹とは観覧車にも乗れないんだからいやんなる」

「観覧車は地面についてないからもっとタチが悪いよ。じゃスカイツリー行こうか」

「え?ホント?ホントに行く?」

「うん。いいよ。美奈子がそんなに行きたいんだったら」

「絶対怖い思いなんてさせないから」

「どうやって?」

「そうねぇ暗示をかけるのよ。ここは東京タワーだ!とか」

「ははは、いいね。東京タワーなら安心だよ。んなわけ・・・」

「ウソだよ。あんまりガラスの近くには行かないから」

「ホントかよ。美奈子は行っていいよ。せっかく行くんだから」


寒い夜道を歩いて美奈子を部屋に送っていく。寒いとどうしても行動が萎縮してしまうような気がする。


「正樹、今日は何だか変だよ。あまり喋らないし」

「そうかな。ごめん」

「まさかまだホットケーキのこと考えてるんじゃないよね」

「まさか」


オレはずっとプロポーズの言葉を考えてるんだ。でも何も浮かばない。つまりずっと美奈子のことを考えてるんだ。


「疲れてるんじゃない?あんまり無理しないでね。休み毎に会ってくれなくてもいいから」

「うん。ありがとう」


そんなんじゃないんだ。オレは休みの日もそうじゃない日もずっと美奈子と一緒にいたいんだよ。


「今日はありがとう。楽しかった」

「遅くなってごめんな。明日も仕事なのに」

「大丈夫よ、私は。心配なのは正樹の方。元気ないんだもん」


そんなやさしい君とオレはずっと一緒にいたいんだ。


「ごめんな。日曜日までには元気になってるって約束する」

「うん。無理だったら言ってね。私は大丈夫だから」

「ありがとう。じゃあな」

「おやすみ」


電車に乗っても頭に浮かぶのはプロポーズのことだ。いったい何を言えばいいんだろう。美奈子は高いとこが好きだから高いビルの電光掲示板に「結婚してくれ!」ってのもいいかもしれないし、飛行船やアドバルーンから垂れ幕ってのもありかもしれない。今どきそんなサービスがあるならだけど・・・

いや、それでもやっぱり自分の口から何か言わなきゃダメだよな。


1週間はオレに何も残してくれないままに過ぎていった。土曜日にひとつネットで見たサービスを申し込んでおいた。

日曜日に美奈子の家の最寄駅に着くと美奈子はもうそこにいた。

「ごめん。待った?」

「まだ約束の時間の5分前だよ」

「そっか。じゃ行こうか」

手を繋いで地下鉄の改札に向かった。改札では手を離さなきゃならない。それさえ疎ましく感じた。

今日は生憎の曇り空。だけどスカイツリーはテッペンまではっきり見える。

「よし、行こう」

「ホントに大丈夫?」

「うん。大丈夫。美奈子と一緒なら」

しっかり手を繋いだ。

高速エレベータはちょっと自分の魂を置き去りにしていくような感覚がある。正樹にはそれが真理のように思えた。

エレベータが開くと美奈子がこっちをちょっと心配そうな顔で見つめた。軽く微笑んだつもりだが引きつっていたかもしれない。

「只今よりガラスのクリーニングをいたします。視界を遮りますのでご迷惑をおかけいたしますが、しばらくご容赦願います」

館内放送。これだ!

「聞いた?まさか人がするんじゃないよね」

「そりゃ機械だろうな。外は風速が凄いと思う」

「そうよね。でもこんなの見る機会ないから・・・」

クリーニングの機械がすーっと通り過ぎた。ガラスに

「Marry me ,Minako」とクリーニングフォームで書いた字が読めた。

「え?Minakoって書いてあった?」

その文字は風ですぐに読めなくなった。次の機械がやってきた。

「ミナコへ、マサキ」

と書いてある。

「マサキって・・・マジ?」

次の機械がやってきてガラスをキレイに拭いて行った。ほんの一瞬の出来事だった。

「ねえ、正樹。なんて書いてあったの?」

やっぱり読めなかったか。読めないよな。いきなりでそれもあんな短時間じゃ。

求婚、この一歩を進めなきゃオレたちは前に進めない。とにかく前に一歩。

美奈子の手を引いてガラスギリギリのところに立った。遥か遠くに水平線が見えている。意外と落ち着いている。

「美奈子、オレと結婚してくれ」


しばらく返事を待った。見ると美奈子の目がキラキラ輝いている。

「はい。ありがとう、正樹。あなたはここから見渡す限り最高の男だよ」

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