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小説『インタビューパンチマンを捕まえて、そして大人になった。』

「えと、僕の頬に当たってる、この拳は何?」

「だーかーらー、聞いてなかったのかよ」

「うん、ごめん」

夕方になると、最近行くのを辞めた塾のことを考えしまう。
勉強も手についていない。

「インタビューパンチマンだよ」

「ああ、そんな話してたね」

そうそう、最近、僕らが住む辺鄙な街で世間を賑わせている連続事件の話だった。

てっちゃんは、テレビのリポーターみたいに背筋をシャンとして、僕にエアマイクを向けてくる。
ちょっとそれっぽい様。

「今、お時間よろしいでしょうか?現在の国内における国外移住増加の原因についてのインタビューなのですがよろしいでしょうか?、こうやってまずは近づいてくるんだと」

「巧妙な手口だね」

よくもそんなにスラスラと言葉が出てくるものだ、と僕は感心してしまった。
てっちゃんは意外となんでもそつなくこなせて、僕はいつも何かぎこちなく、いろんなものに馴染めない。

「こうみょう?よくわかんねぇけど、そうやって近づいて、相手が馬鹿正直に質問に答えるだろう?」

「うんうん」

「話を聞いたインタビュアーがメモを取るんだよ、したら、相手はメモの速度を見ながら話さなくちゃってなるだろ?なんつーんだっけ、ムイシキ?ってやつ、俺さ、メモしてるフリするから、俺の手元見て」

「うん」

「そしたら、こうっ!」

ピタッと僕の頬にてっちゃんの拳が張り付いた。

「ちょっと当たっちまったな、わりぃわりぃ、でもよ人の親切に付け込んで、嘘インタビューで油断させていきなり殴るなんてやばい奴だよな」

「不心得者だね」

「ふこころえもの?なんだそりゃ、塾行ってるやつは頭よくてかなわん、あれ、そういえばお前今日塾は?」

「え、あ、ああ休みだよ」

「へぇ、最近塾の休み多いなぁ、よかったじゃん、たまには健全に遊ぼうぜ」

「いいね、賛成」

幼馴染のてっちゃんにも言えていない。
というか、わざわざ言うことでもないと思っている。
だって、どんなタイミングで、なんて言えばいい?

『そういえば、うちのお父さんさ、なんかお母さんを捨てて別な女性と、おとぎの国に行っちゃって、もう帰ってこないんだよね、それで経済的にも苦しくなってきてて、塾辞めたんだ』

人に自分の弱さを見せるって、なんか情けない気持ちになってしまって僕はできない。

いつも、人が自分をどう見ているのか、ってことを小さい頃からずっと考えていたら、僕は、人前で自分の感情を真っすぐ出せなくなってしまったのだ。

きっと大人からしたら、僕はまだまだずっと幼い子供に近いのだろうけれど、
いつも完璧に見える大人でも僕の心のなかに溜まった変な水たまりのことはわかりっこない。

「あ、そうだ!俺いいこと考えたぜ」

てっちゃんはいいことを思いつくと、必ず僕の肩を小突く癖がある。

「いいことってなに?」

「捕まえるんだよ、俺達で」

「捕まえる?何を」

「だーかーらー、インタビューパンチマンをだよ!話し聞いてればわかるだろ?なんか最近のお前とろいぞ?勉強しすぎなんじゃないか」

「そんな簡単に見つけられるなら、もうとっくに捕まってるよ」

「いいから、いいから」

てっちゃんは夕暮れが映える川に沿った道をグングンと進んでいく。

「それにさ、そういうインタビューってこんな街はずれじゃなくて、もっと中心街とかじゃないの?こんな人気のないスポットでインタビューなんてするかなぁ」

「いた」

「え?」

不意に呆然とした表情で立ち止まるてっちゃんの指の先には、やたら帽子を深く被り、買い物帰りの主婦を捕まえて、何やら話をメモしている人影。

「うそ」

「いくぞっ!」

「てっちゃんちょっと待って」

という声は置いてけぼりにされた。
僕との距離が彗星みたいにグングンとあいていく。
さすが地区陸上のベスト4。

って言っている場合じゃない。
てっちゃんは、あの人がまだインタビューパンチマンという確証がないまま走り出してしまった。

僕も追わなくては。

でも確証ってなんだ?
あの不審な人が本当にインタビューパンチマンだとして、それが証明される頃には、あの無害な主婦は殴り飛ばされているってことだぞ。

両手に買い物袋を持っている、そのまま舗装された道に倒れこんだら、受け身だって取れずに頭を強打するかもしれない。

そうしたら、最悪は死んでしまう。

てっちゃんは何も考えずに走り出した。
僕は考えた末に、もしかしたら人を一人見殺しにしたかもしれない。
だから僕って自分のことが好きじゃない。

考えて、考えている間に、いつも、事が自分に関係を持たない方向に漂流していってしまうんだ。

気がついたときには、お父さんはもう女性とどこかへ向かう当日だった。
本心が言えなかった。伝えてどうなるとも思った。出ていかないでと、僕は最後まで言えなかった。

「おい、お前、インタビューパンチマンだな!!」

てっちゃんが大の大人に詰め寄って、叫んでいる。
僕はハッとして、てっちゃんと不審者の間に入った。

しまったと思った。無防備に背中を向けてしまった。

「な、なんのことだい、君たちはなんだ」

「騙されるかよ、お前を逮捕して、この惑星の平和は俺たちが守る」

「ちょ、ちょっと待って、てっちゃん」

「なんだよ!」

「さっきまでインタビュー受けていた人がいないよ」

「あれ、そういえば」

「ああ、さっきの人はもう聞きたいことが終わったからね、それにご飯を作る時間だっていってたし、引き留めて悪いことしたよ」

気がついたら、僕とてっちゃんは顔を見合わせていた。

「てーと、コイツはインタビューパンチマンじゃない?」

「うん、おそらく」

「あのねぇ、坊や達、逮捕ごっこして遊ぶのはいいけど、本当の事件に首を突っ込んじゃだめだよ、危ないじゃないか」

僕はすぐに背中が伸びた。僕の目の前にいるのはまっとうな大人だ。
僕ら子供が正面から100個の屁理屈をぶつけても、
大人の理屈一つで吹き飛ばすことが出来る存在だ。

「ごめんなさい、ほら、てっちゃんも謝って」

「いや、それでも俺はまだコイツが怪しいと思ってる」

てっちゃんは、僕が頭を下げた横で、腕を組み、大人を睨んでいた。

夕焼けが、てっちゃんが着ている白をなんとも言えない光で包み、そのときになって、僕は長い事てっちゃんに憧れていることに気がついた。

「私はしがない探偵だよ、ちょうどいま、仕事を依頼されていてね」

「探偵!?おっさん探偵なの!?かっけー、何の調査?」

てっちゃんはいつも調子がいい。

「んー、子供にこんなことを言うのもなんだけど、不倫調査だよ」

「フリン?なんだそれ」

僕は心臓に杭を打たれたような衝撃を受けて、体がビクンとなってしまった。

「んー、わかりやすくいうとね、結婚しているパートナー以外と裸で悪いことをすることだよ」

「あーセックスのことか、ラブホだっけか?この近くにもあるぜ、そういうとこ」

「今時の子供ってのはませてて嫌になるなぁ全く」

僕は呼吸が苦しくなってきた。

「探偵ってことは、調べてる人の写真とかあるんだよな?見せて!俺も協力する」

「てっちゃん、もう行こうよ」

「えーこれからじゃん、滅多にないぜ?探偵の調査手伝えるの、俺将来探偵やろうかな!」

「お、協力してくれるのかい?君たち家はここら辺なの?」

「はい、この近くです」

てっちゃんがうんうんと大きく頷いている。

「まず、どんな人なのか教えろよおっさん!」

「いいよ、特別だからね、君たちを探偵の助手にしてあげよう」

「やりい!」

途端に、探偵の人の表情が急変したような錯覚を抱いた。
なんというか、さっきまでとは違う、もっと粘着質で、こう怖い感じの。
僕はなんだか、早くこの場から離れたかった。

「あのね、今回おじさんが調査してる人はね、女性なんだ、結婚していて子供もいるんだけど、これがまた中々に、うん、いい女で、体も、うん、いいんだ、まるで男を誑かすために存在するような感じでなぁ、たまらん、その女性の旦那から依頼があったんだ、なんでも毎晩、そう、夜な夜なホテルで男と楽しみ明かしているってね、とんでもない淫乱女だよ」

「すげぇ世の中だなぁ、大人でも悪い事すんだなぁ」

てっちゃんには、この場の空気が冷たく重くなったことがわかっていなかった。
それに言葉の意味の大半を理解してはいなそうだった。
好奇心に満ちた眼差しで、前のめりになって探偵の話を聴いている。

「てっちゃん」

僕はてっちゃんの服の袖を引っ張る。

「いいから、いいから、てかおっさん、写真あんだろ、ほら早く見せろよ」

僕は少しだけその場から離れた。
額と脇から脂汗が噴き出てきて、なんだか眩暈まで感じた。

遠くに見える赤い雲の塊と、住処へ帰る鳥の連帯が水平線まで続いている。

「いいよ、ほら、これがその女性の写真だ、この女性のことを知っているかい?」

今頃、塾ではみんながくたびれた頭を揺らしながら頑張っているんだ。
僕は、そういう頑張る未来を無くしてしまった。

将来の為にとか、考えながらも、本当に最近勉強に集中できない。

息が詰まる日々のなか、僕は結構てっちゃんの存在に救われている。

「坊や?坊や?どうした急にだんまりして、具合わるくなっちゃったかな?」

確かにてっちゃんが静かだ。
二人の方を見ると、てっちゃんは写真を見て固まっている。

何があったのだろう。
僕はてっちゃんの隣まで写真を覗き込んだ。

「あ、坊やは知っているかい?このみだらな女性……」

てっちゃんのお母さんだ……

と色んな感情が渦になって僕にのしかかってきたとき、
てっちゃんは大きく振りかぶって、

探偵をぶん殴っていた。

探偵の体が宙に浮かぶ。

てっちゃんは僕なんかよりもずっと、体が大きくて、年上の人との喧嘩でも負け知らずだから、大人でもあんなに飛ばせるのだ。

てっちゃんは地区陸上4の足で、駆けだした。
僕にも何にも言わず、ただ走り出した。
美しいフォームだった。

探偵の人は起き上がらない。
けれど肺は動いている、生きている。
そういう事態ではないことを知りながら、別な場所で安堵している自分がいる。

てっちゃんを追わなければ。
もう一度探偵を一瞥する。
ただ、気絶しているだけらしい。

僕も走り出した。てっちゃんよりも何倍も遅いけれど、見失うわけにはいかない。

あれは、間違いなく、てっちゃんのお母さんだった。

なんで、大人って、そんなに無責任で勝手なのだろう。
あれ、さっきまで大人って完全無欠のとんでもなく遠くにある存在だと思っていたのに。

どうして、僕らには、道徳を説いて、教育とか、躾とか、常識とかそういう言葉で制限してくるのだろう?

子供を悲しませない。
こんなこともできない大人から、僕たちは何を学ぶのだろう?

うすら寒い、正義感じゃないか。

てっちゃんはどこまで行くのだろう。
見失わないでいけるだろうか。

息が苦しい。

インタビューパンチマンを捕まえようって話だったのに、
てっちゃんが殴っちゃったら、
てっちゃんがインタビュアーパンチマンになってしまうよ。

うまいこと言っている場合じゃない。

時期にてっちゃんの背中が近づいた。

もうトボトボと歩いている。

そして横にならんだ。
てっちゃんが笑っていない顔って初めて見たかもしれない。

どんなに真顔でも、必ず口角が上がっていて、いつもホッとする顔をしているてっちゃんが、今では別な誰かみたい。

僕もてっちゃんも、変な年に大きな傷を負ってしまったんだ。
大人になるのに必要もない傷を。


「わりぃ」

僕は首を横に振った。
なんで僕が謝られているのかもわからない。

てっちゃんが座った横に腰を下ろした。
てっちゃんの手はすぐ近くの雑草を抜いている。

僕もどうしていいかわらかず、てっちゃんの真似をして
雑草をちぎっては投げてちぎっては投げてを繰り返した。

てっちゃんが膝に顔を埋めた。
次の瞬間には肩が震え出した。

あの日、お父さんが出ていった時に、僕が流した涙と似たようなそれだった。

しばらく、そのままだった。
やがて顔をあげたてっちゃんは、少し前より随分大人びて見えた。

「てっちゃん」

「ん」

「僕のお父さんも、女の人と悪い事して出ていったんだ、だから塾もやめた、色んな進路ももうあきらめた」

「そうだったのか、わりぃな、俺全然気づかなくて」

てっちゃんの声は泣いて枯れていた。

「違う、僕が言えなかったんだ」

約束していたように僕らは黙った。

視線の先には、まだインタビューを受けている人がいる。
そういえば、さっきの探偵は意識を取り戻しただろうか。

日常で意識していなかっただけで、意外と色んなところで、インタビューというのは行われているんだ、知らなかった。

あれ、でもなんか様子がおかしい。
ただのインタビューの割には
ちょっと距離が近いような。

あ、殴った。

「てっちゃん、てっちゃん!」

「ん?」

てっちゃんはまた俯いていた顔をゆっくりあげた。

「インタビューパンチマンだ!」

てっちゃんは無言で立ち上がった。

「てっちゃん?」

てっちゃんの顔に浮かんだ表情をなんて言っていいのかわからなかった。

涙をこらえるようにへの字に口を結びながら、眼光は鬼のように鋭い怒りを湛えていて、色んなものが同じタイミングで爆発しているような、とても複雑なものがまじりあった表情だった。

てっちゃんが走り出す。
さっきまでの奇麗なフォームじゃない。
地区陸上4の名残りなんて何もない、足を叩きつけて、腕をどこまでも振り上げて。

インタビューパンチマンにタックルした。
馬乗りになって、何度も殴っている。

止めなきゃ。
僕が止めなきゃ。
さっき殴られた人はとっくに気絶している。

僕以外に、誰もいない。

僕がいかなくちゃ
でも
なんだか、僕もわけのわからない感情になってきた。

全部ふざけやがって

「あああああああああああ!」

叫んだ。怒鳴った。近づいて行って
僕もインタビューパンチマンに跨って、
殴った。
何度も何度も。
何度も何度も。

誰か僕たちを止めてくれって思った。
でも大人なんかじゃ僕らを止められない。

大人がこうしたんだ。
インタビューパンチマンだって立派な大人じゃないか。

どうして、どうして、
大人なのに、そんな悪いことをするんだ。

僕らはいつまでたっても、どんなに殴っても悲しかった。
きっと大人になっても、この悲しさは続いているのだと思った。

人を殴る音と僕らの嗚咽だけが、いつまでもその場から離れなかった。



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