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怪我の功名?地下足袋わらじデビュー

 最近連投でACLの再建手術に関して書いている山小屋サンです。ACLの再建はリハビリ含めて長丁場。スポーツ選手であれば競技復帰は術後8か月とか10か月とか。実際にケガした人に聞いてみると、「スキーは2シーズン目の途中でやっと感覚が戻った」という人もいて、長期のパフォーマンス低下は避けられないケガなのはまちがいありません。

 超一級のアスリートではなくとも、山やスキーを大人になってやっている人など気持ちはガチですから、年単位でパフォーマンス低下と向き合わなくてはならないとなると相当落ち込む人も多いと思うのですが、僕はもともとクライミングを本格的にやりだしたのは30歳からなので、パフォーマンスの低下には寛容なのか、大した落ち込みはありませんでした。

 あと、この年齢になると人生全般に思い通りに行かないことは多いので(遠い目)短期的にくよくよしないで待ってみたり、方向性を変えて楽しめることを見つけたりする柔軟性(妥協?)は身についてきています。

 今回のACL再建でも、工夫して楽しむ方法を模索していく中でいくつか良い発見がありました。その中でも最も大きかったのが、わらじを編んで地下足袋わらじ登山をやってみたことです。今日はACLの手術ネタからちょっと離れて、素晴らしき地下足袋わらじの世界のお話。


完全復帰は遠いことを痛感して

 もちろんお医者さん推奨ではありませんがACL再建100日ちょっとで僕はバリエーション登山に復帰しました。八ヶ岳にある簡単な岩登りの山です。(以下当日のヤマレコ記事)

 4~5ピッチ、Ⅲ級+の簡単なクライミングで、過去に何度も登っているのでノーロープで登りました。ただ、結果的に技術面では余裕で登れたとはいえ、膝は完全伸展完全屈曲はできないし、なにより反応や筋力の点で違和感が大きく、再断裂の恐怖と闘いながらのすっきりしないクライミングになりました。完全復帰は遠いと認めざるを得ない、ほろ苦い山行でした。この先も、思い切り岩を登るとかスキーでスピードを出して限界プッシュするとかいったことを自分の中で目標にしてしまったら、とうぶんはフラストレーションが続くことは目に見えていました。

わらじで目からウロコ

 自由の効かない足で今までと同じ活動の上達ばかりを目標にしてもケガのリスクが高まるばかりです。ここは何か目先を変えて新しい分野をかじってみるべしという神の声かもしれません。

 思いついたのは、沢登りにトライしてみるということでした。以前から沢登りに興味はあったのですが沢装備を一からそろえるのはお金もかかるわりにワンシーズンに何回も行けず、クローゼットの肥やしが増えるだけなので躊躇していたのですが、PPロープでわらじを編んでホムセンの地下足袋で沢登りをしている人の話もネットで見聞きしていたので、じゃあPPロープなら安いしわらじでちょっと沢歩きくらいなら・・・と思ってトライしてみたわけです。

 ホームセンターで地下足袋と5ミリのPPロープを買ってきて制作に挑戦。わりと簡単で、両足1時間くらいで編めてしまいました。本当にこんなもので沢が登れるんでしょうか?でもとりあえず、近所の初心者向きの沢に行ってみました。

 使ってみて一言、目からウロコでした。僕は子どものころから釣りで川の中は運動靴やサンダルで良く歩いていましたし、クライミング対象として滝をクライミングシューズで登ったことはありましたが、それなりに傾斜もあり、コケもある沢を長く登るのは初めてでした。しかし、何の不安もなく(初心者向けの沢ではありましたが)沢を一本登りきることができたのです。釣りなどで沢を歩いたことのある人はわかると思いますが、使い古しの運動靴とか、サンダルで沢を登るとよほどきれいな石でない限りすぐにコケで滑って転んで、ちょっとでも傾斜があるナメなどとても歩けたものではありません。濡れた倒木など最悪ですが、これも余裕です。これは大変な驚きでした。あまりに感動したので、僕はすぐに予備のわらじもう一足も編んでいました。

その後の山行

 地下足袋わらじの使用感に感動した僕は、その後も何回か沢に向かいました。まずは大好きな八ヶ岳の阿弥陀岳を周遊して流れる立場川の遡行。八ヶ岳の沢登りはあまり一般的ではないのですが、独特のチョックストーンや集塊岩イボイボのナメなど、ワイルドで静かな山行を楽しめます。立場川は特別困難な場所もありませんが、行程の大部分を登山道を使わず頂上まで詰めあがり一つの山行を完成させられたことに感激でした。

 そして気が付けばACL術後初めて、日帰りで標高差1000メートルを超えるアップダウンを達成していました。

 その後、北アルプスの唐松沢からスキーで有名な無名沢を遡行して八方尾根に抜けました。

 唐松沢も無名沢も沢登りで知られた沢ではまったくありませんが、スキーでおなじみの地形を無雪期に見るのはとても興味深かったです。そして何より、単に終点で言えば八方池に行くだけなのに川を渡り滝を超え、おそらくほとんどの人が見たことのない景色を見ながら標高差1200メートルを登るという充実した山行ができるとは。

 さらに地下足袋わらじの力にほれ込んだ僕はその二週間後、もう一度唐松沢に行きました。今度は不帰の頂上稜線まで抜けられるか試したいと思っていきました。

 結果的には不帰沢の氷河の突破が難しく頂上稜線に抜けることは叶いませんでしたが、誰もいない氷河の沢に泊装備で入って一泊二日をやり通し、夜はルーフボルダーの岩小屋に泊まるという自然的な山行をすることができました。まだ膝も術後5か月ちょっとだというのに地下足袋わらじのおかげで気が付けばむしろ膝が健全だった頃よりも深く山の中に入っていました。

地下足袋わらじに僕が惚れたわけ

 軽い思い付きで作ったわらじでしたが、まだ当分僕の地下足袋わらじ熱は続きそうです。なんでこんなにハマってしまったのかと考えてみました。

 単純に、最近は温暖化で夏が暑くて水のアクティビティが必要で、安くトライできる方法があった、というのがまずは大きいのですが、それだけではありません。それよりもさらに、地下足袋わらじは日本の山登りでわりと根元的なギアである、というのが理由かもしれません。

 僕の山行は、いわゆる沢登りの有名ルートは行っていません。沢登りというジャンルをやっているわけではなく、みての通り地下足袋わらじで登山道でない山を登る、というだけです。

 これは明確に分けられるものではありませんけれど、僕はバリエーションルートにも二つの種類があると思うようになりました。より困難で面白い登攀を追求するために設定されたルートと、そもそも登山道すら明確に定まっていなかった時代に、自然そのままの山を合理的に登るために必然的に導かれたルート=バリと言うよりはむしろ真のオリジナルルートと言えるルートです。

 僕が最近地下足袋わらじでその魅力に気づかせてもらったのが後者のルートです。

 アルパインクライミングあるいはバリエーションルートというものはある意味、とてもシュールなものです。クライミングそのものの難易度は低く、岩ももろくて危険がいっぱい、しかも頂上近くまで一般登山道を「アプローチ」として登り、頂上から下って取り付くというようなケースも多いのです。ほんの数ピッチの登攀のために何時間も登山道を往復することに疑問を持つクライマーも実際多く、それならもっとスポーティブなフリールートを登りこんでグレードを上げた方が良いのでは?となるのも自然な流れのように思います。実際、僕が見ている山関係のXのTLにもそんな雰囲気は感じるところです。

 ただ、もともとスポーティブなフリークライマー志向の人ならともかく、山が好きでクライミングの世界に来た人は、どこまで行っても、山を登りたいものなのです。僕もそうです。

 「登山道をアプローチして、クライミングルートを登攀して、登山道で帰ってくる」しかも、じゃあビッグな山のクライミングを成功させるために、クライミングの「練習」も必要かな、という、真面目にやっているのにどこかしら「山」を登っている感覚が薄まるシュールさ・・・これに対する一つのヒントは、日本の近代登山黎明期のクライマーたちのスタイルにあるように思います。
 彼らは地元の猟師などをガイドに、藪を漕ぎ、沢を詰め、雪渓を登り、岩稜を歩いて頂上に立っていました。そしてそういう彼らの足元には地下足袋わらじがありました。ガイドたる山人たちはとうぜん地下足袋わらじでしたし、あのウエストンも地下足袋は履いていないものの、靴の上からわらじを履いていたと言われていますしね。

 彼らが登っていたのは僕が上で書いた真のオリジナルルートとも呼べるもので、自然の山をそのままに登るためのラインです。登山道が整備されていなかったので当たり前なのですが・・・
 つまり、黎明期のやり方で登る限り、「膨大なアプローチとちょっとの易しくボロいクライミング」ではなく、登山道なしに山を丸ごとクライミングして楽しむことができるし、そのやり方はすでに地下足袋わらじで確立されているのです。

沢靴じゃダメ?

 地下足袋わらじを絶賛しておいてなんですが、たぶん純粋なトータル性能で言えばメーカー純正の沢靴の方が使い勝手はいいです。多くの人が使うスタンダードにはやはり理由があるもの。クライミング志向ならラバーソールがいいし、おそらくフェルトソールと比べても良くて同等、足の保護性能や信頼性まで含めるとおそらく便利とは言えない。僕は普通のメーカー沢靴を履いたことがないので断言はできませんが…

 ただ、多くの人が使うスタンダードグッズを利用すれば、頭の中もどこか、みんながやっている「ジャンル」に引っ張られるものじゃないかと思います。黎明期の登山家は自分が沢登りをしているとかロッククライミングをしているというジャンル意識はなかったと思うのですが、ジャンルが確立して専用のギアが生まれれば、山行にクライミングなり沢登りなり目標の活動ができ、それ以外の要素はアプローチに引っくるめられてしまう。
 そこをいくと、地下足袋わらじみたいなわりと何でもそこそこにできるけれど突出した性能がなく、何より使っている人があまりいなくてちょっと怪しい、というギアを使うことで、少し自由な心でジャンル分けから離れたありのままの山に向かえるんではないかなと思っています。

 もしかしたら膝が本調子になれば今書いていることも忘れてしっかりしたクライミングにちゃっかり戻っているかもしれませんが、それでも今回怪我の功名で覗かせてもらった味わい深い地下足袋わらじ登山の世界は登山キャリアの大きな糧になったのは間違いありません。どうでしょう、まだ沢靴を持っていない人は今週末、ホームセンターにPPロープと地下足袋を買いにいってこの世界を覗いてみるというのは…

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