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[日記] 2024年の晦日のこと

2024年の晦日に出会った人たちとのエピソードを書きました。当事者のみなさんはいつか読み返して懐かしんでください。




12/29の飲み会~終電を逃した友人と合流


毎年仲のいいオタクたちを集めて忘年会をしている。今年は十六人も集まった。
特筆すべき事件は起きなかったが例年通りめちゃくちゃ楽しかった。
好きな女性声優の話を大声でしたり、コミケで買った大量の同人誌をみんなで回し読みしたりして気が付いたら解散していた。
俺が研究していなさすぎて卒業できなそうなことを軽く話したらみんなちゃんと叱ってくれて嬉しかった。明日から頑張るぞ。決意を胸に駅を目指す。

歩いていると大学の友人たちから着信が入った。
年始にあるコピーバンドのライブに向けて練習した後だいぶ酒を飲んだようで、べろべろに酔っぱらった挙句終電を逃してしまったらしい。
最寄り駅までは行けずとも俺がいるところまでは来られるらしいので一旦合流して始発まで時間を潰さないかと誘われた。
俺はオタクの友人に散々激励されておいてここから遊ぶのもどうかと逡巡したが、大学の友人たちとは忘年会らしい忘年会も今年はまだしていなかったので、すぐ来てくれるならいいよと言ってしまった。
始発まであと五時間くらいだから軽めに飲んで帰宅してちょっと寝れば次の日は大学でそこそこ作業できるだろう。

やってくる友人は三人。ここからそこそこ名前が出てくるので紹介しておく。

〇トリコ・・・リードギター担当。大学の友人。彼女が可愛くて鼻につく。口が悪い。
〇部長・・・ギターボーカル担当。大学の友人。ソロで曲を作っている。心優しい。
〇みんくる・・・ベース担当。社会人。彼女が可愛くて鼻につく。口が悪い。

ちなみにドラム担当は帰ったらしい。

ホームで何戦か遊戯王マスターデュエルをやっていたら友人たちが到着した。バンドの練習後そのままなので全員楽器を背負っていた。
トリコと熱い抱擁を交わす。酔っ払いってなんですぐ人のこと抱きしめるんだろうな。
トリコが目立って泥酔しており、みんくると部長は酔っ払いつつも多少は理性が残されているようだった。トリコはみんくるの彼女が可愛すぎるということでみんくるに大きな声で文句を言っており、みんくるはやれやれといった顔をしている。

ホームで騒いでいても迷惑だし寒いので一旦店を探す。
近くにあった磯丸水産が朝まで営業しているようなのでいったん入店することにした。ダラダラ飲んで朝までいさせてもらおう。

この選択に後悔するまでそう時間はかからなかった。



“イケオジ”と偽パンサー菅


磯丸水産は年末の深夜ともあって閑散としており二、三テーブル埋まっている程度だった。奥から一つ隣のテーブルにおじさんが二人座っているのが見えた。
奥のテーブルに通されてドカっと座ると一気に疲労感と眠気が襲ってきて帰りたくなった。俺は帰れたはずなのに。
他の三人も疲れ切った表情でなんのために集まったんだよと思った。得てしてこういうときは合流するまでが一番盛り上がるのだ。
こんな状態で高い酒を頼んでも仕方がないので一番安い酒を探す。
多分お茶割りとかが一番安いんじゃないなどと話していると、突然隣のテーブルに座っているおじさんが話しかけてきた。

「一杯ずつ奢ってやるから一番安い酒とか辛気臭いこと言うな!」

そのおじさんはパツパツのセーターを着ており、金髪のセンター分けで色黒、目元のシワから推測するに四十代から五十代だろうか。居酒屋のアルバイトに話しかけるタイプの “イケオジ” 風の人だった。
ちなみにイケオジの向かいに座っているおじさんはロン毛を後ろで縛った強面の人で、飼いならされていない野生のパンサー菅といった感じの風貌だった。パンサー菅は寡黙な方のようで、我関せずといった表情で静かにお酒を飲んでいた。

俺は男4人でしみじみと飲む予定だったので、見知らぬおじさんの介入はそこまで喜ばしいものではなかったが、奢ってくれるというならこれ幸いと素直にお礼を言った。

日本酒2合とジャスミンハイ4つが運ばれてきて、イケオジとパンサー菅と俺たちで乾杯をした。

イケオジはパーソナルトレーナーをやっているらしく、たしかにガタイが良い。パンサー菅は映像系の仕事をやっているらしく、これまた見た目との解釈が一致した。

イケオジはやはり楽器が気になったようで、「なに、君らバンドマンなの?」と聞いてきた。
正直軽音サークルの延長でコピーバンドをしているだけなのでバンドマンとは言い難いのだが、部長だけはソロで曲を作ってインターネットに上げているので、立派なアーティストと紹介できる。嫌な予感がして気が進まなかったのだが、一応宣伝になるからと部長のアーティスト名義を教えた。

どんなかんじの音楽なの?と聞かれたので、おじさんにもわかるように一生懸命説明した。部長はSUPERCARという伝説的なロックバンドに影響を受けており、俺も音楽に詳しくないからうまく表現できないのだが、簡単に言うと “こういうおじさんに理解できるわけがない音楽” なのだ。気になった方はSUPERCARを検索して活動後期の曲を聴いてみてほしい。こういうおっさんが理解できるわきゃないことがわかると思う。

話を変えるためにところでイケオジさんはどんな音楽が好きなんですか?と聞くと、「俺はね、ウーバーワールド。泣いたライブはたくさんあるけど、タクヤは一番アツいね」と言っていた。俺はあまりに、なんていうか、イメージ通りの趣味だったため、笑みが止まらなくなってしまった。壁を向いて誤魔化す。

イケオジは突然財布から千円札を取り出すと、俺たちのテーブルの上に置いた。嫌な予感が強まる。

「部長くん。安いギャランティで申し訳ないんだけど、千円出すから、今ここで自分の曲を歌ってみてくれないか」

これはまずい。

ウーバーワールドで泣くおっさんに部長が作った曲が刺さるわけがない。エレクトロニックでダウナーなビートの上だからこそ部長の気だるげな声は俺たち猫背のオタクに刺さるわけで、ウーバーワールドで泣くおっさんに徒手空拳で聴かせる曲ではない。本当に、皆目、有り得ない話だ。

そうだ、パンサー菅がまだいるじゃないか。向かいにいるパンサー菅、お前の連れが完全にダルいぞ。頼む。連れの暴走をなんとか止めてくれ。

パンサー菅「こういうところでパッと歌えてこそ一流」

***

部長がチャカチャカとエアギターをしながら自分の曲を歌う。
歌う。歌う。

静かなメロディーに乗った叙情的な歌詞が店内の空気をどんどんと澱ませていく。

イケオジの顔がどんどん険しくなっていく。

歌う。

その場にいる誰も得をしない、永遠にも思える数分が流れて、部長の独演会が終わった。
店員がカチャカチャとグラスを洗う音が大きく聞こえた。
俺たちは泣きそうな顔を見合わせた。誰もこんな思いをすると思って集まってないのに。

イケオジは重い口を開いた。
「ちょっとここでボイトレをしてみようか」

俺とトリコはたまらず喫煙所に逃げた。

まずあのおっさんらは何が目的なんだ。なんで部長は素直に歌うんだ。なんで俺たちは磯丸水産を選んでしまったんだ。どこから俺たちは間違ったんだ。
そう話していると、喫煙所の中にまで聞こえる声量でOfficial髭男dismのPretenderを歌う声が聞こえてきた。イケオジが歌っている。もちろんキーはとても低い。何が悲しくて年末におじさんが低めにPretenderを歌うところを聞かされなきゃいけないのかわからない。そのあとに部長が一生懸命Pretenderを歌っている声が聞こえてきた。

部長を人身御供に帰ってしまおうかとも思ったが、荷物や上着はまだテーブルにあるので逃げられない。
部長がコレサワのタバコを歌わされているところで流石に不憫になって席に戻った。おじさんが若作りのためにちょっと最近のラブソングを聴いていて、それをわざわざ若者に歌わせて指導している姿は今年見た光景の中で最もグロテスクだった。そしてなんで部長は毎回律儀に歌うんだ。

テーブルに戻ると、みんくるが「タ、ス、ケ、テイッ」とミセスグリーンアップルの最近流行ったやつを口の形で伝えてきた。応対を任せてごめん。
そのあとの会話は曖昧だが、イケオジが「俺は告白する前は必ずAqua Timezの『千の夜を越えて』を聴いて奮い立たせる。部長くんの音楽にはその感じが足りない」と言っていたのは覚えている。俺やみんくるが会話を弾ませるために「『ALONES』とかいいですよね」「『決意の朝に』とか世代だよね」とか言っていたらイケオジに「知らない」と言われてしまった。会話って難しい。

その後おじさんたちが帰宅した後も、全員が疲れ果ててしまって全く話が盛り上がらず退店した。始発まであと三時間以上。どうすんだよこの空気。



雑魚のジョーカーとハーレイクイン


カラオケに入るか居酒屋に入るかみたいな話になってどちらも気が進まず一旦マクドナルドに入った。
深夜の営業のため一階の座席しか使えず、三テーブルほどしか座れるところはなかったが全て空席だった。
とりあえず端っこの四人テーブルに座らせてもらった。

トリコが完全に酔いつぶれてしまったので、残り三人でレジに向かう。俺とみんくるはそれぞれポテト単品とハンバーガーを買ったが、部長はなぜか六百円以上するポテナゲ大を頼んでいて意味がわからなかった。この時間に食う量ではないと思う。

しばらくもしょもしょと食べながら三人でこれからどうするか話していると、隣のテーブルに派手な髪色の男女が座った。おそらくこちらと同世代の若者であろう。二人とも金髪ベースにピンクと緑の差し色が入っていてアメコミのキャラクターを彷彿とさせた。深夜のドン・キホーテとかにいそうなカップルであった。

二人は座るや否や大きな声で口論を始めた。

隣の客の会話に耳をすませるのも下品な話ではあるが、店内が静かだと活発な会話は否が応でも耳に入ってきてしまう。こちらの会話が盛り上がってなかったら尚更である。さきほどのおっさん二人もそんな気持ちだったのだろうか。

どうやら二人は別れ話をしているようだった。
女性側が「もう別れようよ!」と言っているのだが、男側がそれをのらりくらりと躱していた。

長いこと他人の会話に聞き耳を立てるのはよくないので、なんとか自分たちだけの会話で盛り上がろうと思ったのだが、トリコが急に立ち上がろうとしたときに部長が買ったポテトをすべて床にこぼしてしまって最悪の空気になってしまった。
俺は自分のポテトをすべて食べきってしまっていたため、ポテトを分け与えることも無理矢理食べることもしなかったが、部長とみんくるは全部拾って食べていた。床の味がすると言っていた。

しばし無言になっていると、横のテーブルから「じゃあ一ヶ月間付き合ってみてそれでもダメだったら別れるってのはどう?」と聞こえてきた。
それを聞いた彼女さんは激昂。
はあ?何も今の問題が解決してないのにこのまま一ヶ月?結局全部先送りにしてこの場を逃れようとしてるだけじゃん!みたいなことを言っていた気がする。

俺は恋愛経験が皆無なので、なんかドラマみたいな別れ話ってほんとにあるんだなあって気持ちで静観していた。
こちらのテーブルの全員が隣のテーブルの会話をなんとなく聞いている状況で、緊張感をまといつつも時間は静かに過ぎているように感じられた。このとき時刻は午前三時くらいだろうか。
磯丸水産での会話に疲弊しきってしまったため、もうこのまま何もせず始発まで静かに過ごしていたかった。

のだが、ずっと黙っていたべろべろのトリコが突然「一ヶ月は長いよ~~」と明らかにその場にいる全員に聞こえる声で言ってしまったため、カップルが二人ともザッとこちらに振り向き、穏やかな時間終了。

まさか隣の客に話しかけるダルいおっさんに苦しめられた一時間後に隣の客に話しかけるダルいおっさん側になると思わなかった。

彼女さんも流石に反応しないわけにはいかなかったのか「ほら、そこのお兄さんも長いってゆってる!」と言っていた。わざわざ反応させてしまって申し訳ない。
俺は居酒屋で長年働いているので、酔いつぶれて店に迷惑をかけた友人を窘めながら「ホントすいません!」みたいなことをいう奴はそこそこ嫌いなのだが、こういうときは「ホントすいません!」以外言うことないんだなと思った。

彼女さんももう彼氏と二人で話していても埒が明かないと思ったのか「こいつどう思いますか!」と続けて話しかけてきた。
そもそもお二人の事情なんて知ったこっちゃない上に、全員そこそこ酒が入ってしまっていて思考力にデバフがかかっていたのでまともな返事は当然出来ず「アッ、いや、まあ冷静にしっかり話し合う時間をまた後日取った方がいいと思いますよ…………」みたいなことをそれぞれもごもご言っていた。
カップルは退店した。

自動ドアが閉まる直前、彼女さんが「さむいね~」と言いながら彼氏と腕を組んで過ぎ去るところが見えた。仲良いじゃん。

俺たちもほどなくして店を出る。もっと広くて静かな店で時間を潰したい。
始発まであと二時間半くらい。早く帰りたい。



爆音クレーマーと風紀委員おじさん


マクドナルドで少し食べてしまったら余計に腹が減ってきて近くの日高屋に入った。もうここを安住の地としよう。
全員なんとなくでチャーハンを頼んだ。日高屋は米のほうが美味しいという共通認識があるのだと思う。トリコもマックで少し寝たからか今更元気になっていた。

しばらく無言で食べ続けていると、店の奥の方の席から怒鳴る声が聞こえた。クレーマーである。「だから!注文できないから言ってんだろうが!」みたいなことを言っていた。おそらく外国の方であろう女性がたどたどしい日本語でディスプレイの説明をしている。胸糞が悪かった。

年末の終電後はなんと客層が終わっていることか。自分たちも含めてではあるが。

しばらくすると、怒鳴り声が聞こえた方からかなり大きい音量の音楽が流れてきた。店内の有線をかき消すほどの音量でさきほどのクレーマーが音楽を流しているのだ。曲は多分ラルクのなんかの曲だったと思う。こういう人がラルクとか聴いてるんだって思った。

たった一人のクレーマーのせいで店内の居心地が急激に悪くなった。俺たちがただ静かにいられる場所はもうないのか。

しばらく店の全員が爆音に耐えていると、入り口近くのカウンターに座るガタイの良い白髪ロン毛のおじさんが「うるせえよ!!!」と怒鳴った。
芯が通った声でそこそこ迫力があり、さすがにクレーマーもその後は静かにしていた。
女性には散々当たりが強かったのにおじさんにキレられた途端に静かになるとは情けのない奴である。

何はともあれおじさんありがとう。心の中でおじさんに賞賛を送る。

そのあとおじさんから仕切りを一枚へだてたはす向かいのカウンター席に若い女性二人が座ったのだが、急におじさんがその二人に話しかけて勝手にチャーハンを頼んでプレゼントしていた。お前もキモかったんかい。
深夜の飲食店の客層は終わっていることを改めて確信した。

そのうちクレーマーもおじさんも帰って店は静寂を取り戻した。始発まではあと一時間半くらい。早く帰って寝たい。その一心でただ耐え忍んでいた。



法政の仲良しお兄さんたち


頼んだものをすべて食べきってしまった状態で長時間店内に居座るのはマナー違反である。
しかしここから店を出てどこにいくという候補もなかった。
トリコがカラオケに行きたいというので、そこのカラオケ屋の料金見ておいでと言ったらタタタッとカラオケ屋の看板を見てまた戻ってきた。三〇分の料金が八〇〇円弱だった。だったら日高屋でラ・餃・チャセットを食べます。

隣のテーブルでは三十路ほどの男性二人が座っていて、ソファー側に座っているお兄さんがテーブルに突っ伏して寝ていた。頼んでいたラーメンが運ばれて来てもお兄さんは起きず、ここで寝ないでくださいと流石に店員に注意されていた。
俺たちはというと本当に話す話題も尽きてしまい、ついにはウミガメのスープをひたすらにやっていた。もう俺たちが遊ぶのも今日で最後なのかもしれない。

隣が騒がしくなってきたのでチラリとそちらを見ると、起きていた方のお兄さんが寝ているほうにピッチャーで水をかけようとしており、「起きるか水かけられるかどっちかにしろ!」とキレていた。
水をかけたらかけたで店に迷惑だなあと思って両方に冷ややかな目を向けていたが、そのうちに突っ伏していたお兄さんがフラフラと起き上がって眠そうな顔でソファーにもたれた。

なおも俺たちは全く盛り上がらないウミガメのスープを続けていると、眠そうな顔で座っていたお兄さんが急に「それは××ですか~~?」とウミガメのスープのフォーマットであってギリギリ日本語のフォーマットではない何かを発した。

本日3度目の絡まれである。なんなんだ今日は本当に。

俺たちは(またか…………)と思いながらも、口々に「なんすか」「ちゃんと起きたほうがいいすよ」「あと水かけんのやめましょうよ」と言ったら、寝ていた方のお兄さんに「殺すぞ!!!」と一喝された。世も末である。

次いで「てめえらどこの大学だよ!!」と聞いてきたので、どう誤魔化そうか考えていると、トリコが「東京大学だよ!!」と返した。真っ赤な嘘である。東京大学だったらこんな時間に日高屋にいない。
トリコはさっきまでぐでんぐでんだったくせに少し休んだせいで元気になってしまい、生来の口の悪さと喧嘩っ早さが変なスイッチを押してしまったため、すっかり“やる気”になってしまっていた。

俺たちの(嘘)高学歴を聞いてお兄さんたちはマジかよ……と少しビビッていた。学歴に従順だ。
ちなみにお兄さんたちは法政出身だった。法政出ても「殺すぞ」とか言う大人になるんだな。

お兄さんはネームバリューにすっかり意気消沈してしまってだんだんと落ち着きを取り戻してきた。
水をかけようとしていた方の人は山田、寝ていた方の人はタクヤと言うらしい。山田さんは眼鏡にスウェットでいかにも社会人のダル着といった感じで、タクヤはセンター分けで革ジャンに黒いジーパンを履いていた。
曰くギャンブルで買って気分を良くしたのでタクヤが酒を奢るから来いと終電で山田さんを呼びつけ、二人でガールズバーに入って調子乗ってウン万使ってしまい、ほぼ一文無しで酔いつぶれたタクヤを山田さんが日高屋まで引きずってきたのだという。

タクヤは俺たちがテーブルに立て掛けていた楽器が気になったようで、お前らバンドマンなん?と聞いてきた。どうやらタクヤもギターを弾くようだ。部長以外全員コピーバンドしかやってないっすよというと「コピーぃ?コピーバンドなんかクソだわ!」と言っていた。タクヤはかつてバンドを組んでいたらしい。
俺たちも別にコピーバンドでバンドがんばってますという気はないので素直なもの言いに少し好感を持ち始めていた。
「まあお前らどうせクソみたいなギター弾いてんだろ?俺はやっぱポリフィア弾かない奴認めないから。 “ピロピロ” 弾かない奴認めねえから!」とタクヤが言うとトリコも負けじと「いや!絶対俺の方がギター上手いね!」と返していた。

こいつらはなんでこの時間にエンジンかかってきてるんだろう。
トリコ以外のこっち陣営と山田さんはなんだこいつらという目で二人のプロレスを眺めていた。
ちなみに部長は体力の限界なのかこのへんで帰った。

タクヤが「おい!お前のギター見せてみろ!」と言ったので、トリコもじゃあ見せてやるよ!とジーッとギターケースのファスナーを下ろし、どうだ!と自分のギターを掲げた。トリコのギターはPSYCHEDERHYTHMというブランドで、過去にはRADWIMPSの野田洋次郎などが使用していたギターである。間違っても “ピロピロ” 用のギターではない。
多分タクヤの趣味ではないだろうなと俺は思った。

トリコの透き通った綺麗な青色をしたPSYCHEDERHYTHMを見て、タクヤは「めっちゃカッケーじゃん!!」と言っていた。素直なんかい。

トリコが「なんか弾いてみろ!」とギターを渡すと「貸してみろ!」とタクヤが受け取った。ずっと喧嘩腰ではある。
ここからタクヤさんのスーパータクヤタイムが始まるのか!と俺たちが固唾を飲んで見守ると、タクヤはじゃらーんとDコードを鳴らして「良いギターじゃねえか」と言った。 “ピロピロ” しないのかよ。
他人のギターだからあんまりガシガシ弾いたら良くないだろうがと言っていた。なんでギターに関してだけは良識があるんだ。

山田さんは楽器を全く触ったことがなく、アニメでけいおん!を観た程度だと言っていた。けいおん!を観た程度ってなんだよ。
ちなみにうちのみんくるはけいおん!を観てベースを始めた男なので、ベースもけいおん!の秋山澪モデルである。
それを伝えたらタクヤも顔がほころんでいた。
楽器が好きな人間は全員アニメも好きなのである。

そのあと智代アフターの主題歌をみんなで歌ったり、アイシールド21の話をしたらなんとなく仲良くなってしまい、なんとビールを奢ってもらえることになった。
本日二回目のタダ酒であるが、前回より圧倒的に楽しいのでここにきて全員笑顔でお酒を飲んでいた。

アルコールが限界だったタクヤにも一応一杯はビールを頼んだが、即座に床に落としてジョッキをバキバキに割ってしまい、氷山みたいなジョッキをテーブルの上にコトンと置いたのを見てもう頼まなくなった。
店に迷惑をかけてしまい本当に申し訳なかったが、店員さんも見て見ぬふりをしていてその後トゲトゲのジョッキが下げられることはなかった。

タクヤはラブホテルのベッドをふざけて燃やして怖い人に殺されかけたことや、彼女のいないところで4Pセックスをしたことが彼女にバレて家賃のクソ高い家に現在一人で住んでいることなどを俺たちに話してくれた。
タクヤはホストみたいな恰好をしている割に妙に自分たちと近い陰気さを感じさせてとても話しやすかった。
山田さんもいい人で俺たちに飲め飲めとめちゃくちゃお酒を頼んでくれて、結果俺たちはその後一人五杯ずつビールの中ジョッキを飲んだ。

そろそろ会計をするか、という段階になって、タクヤと山田さんのどっちが会計を出すかという話になった。会計は一万円強で社会人だとしても手痛い出費だ。しかもタクヤはほぼ一文無しだ。カードなどを使えば払えなくもないだろうが払いたくはないだろう。山田さんとタクヤがジャンケンをして負けた方が会計を全額払うということになった。

すると何を思ったか急にトリコが「俺もジャンケンするよ!」と乱入してきた。意味がわからなかった。
「こんなに楽しませてくれたお兄さん二人にただ奢られるなんておもんない!あえて俺が参加してジャンケンに勝ったうえで気持ちよく奢ってもらいたいの俺は!」と言っていた。
俺もみんくるも誘われたが、二人とも絶対に嫌だと断った。俺ら全員が入ったら3 / 5でこっちの奢りじゃないか。せっかく奢ってくれるって言ってるんだから素直に奢ってもらいたかった。

しかし、たしかに場が盛り上がっていることも事実ではあった。
タクヤはなかなか面白いガキじゃねえかという顔をしながら「いいけど、負けたら絶対払えよ」と言った。トリコは「舐めんな!絶対払うわ!」と鼻息を荒げている。
全く巻き込まれたくはないが、友人がせっかく愚かにも勝負に参加しようとしているのだ。その蛮勇を讃えて俺も応援してやろう。
頑張れトリコ!

じゃーんけーん────

タクヤ「グー」
山田さん「グー」
トリコ「チョキ

あの!!!本当に舐めた口聞いてすみませんでした!!俺マジで払えません!!!」

友達が十歳以上年上の社会人に涙目になりながら本気で頭を下げていた。

タクヤも山田さんもなんだこいつという顔をしている。先ほどまでの威勢が嘘のようにトリコは平謝りしていた。まさか本当にゴネたら許されると思っているのか。

トリコは次第に「払います!!払いますけど!!逆にあなたたちはこんなに年下の大学生に奢られて情けないとは思わないんですか!?」と意味わからん角度から逆ギレするフェイズに入った。タクヤは「全然。奢ってもらえて助かる」と言っていた。

なんでこの人にまともな感性を期待しているんだ。ここでそれならと素直に奢ってくれるような人であったらガールズバーでウン万溶かさないし深夜の日高屋で熟睡するわけがない。

その後もトリコが「嫌だ!俺は絶対に払わないぞ!」と三〇分くらい暴れていると、山田さんが俺のポケットにすっと一万円札を忍ばせた。

まじすか。

これあげるよと耳打ちする山田さんに俺は不本意ながらめちゃくちゃときめいてしまった。かっこよすぎる。

俺が突然「いや、トリコもういいよ。俺がこの一万円で全部出すわ!」と宣言すると、トリコもタクヤもみんくるも何事かと目を見開いていた。
俺がわざとらしく「たまたまポッケみたら一万円入ってたからこれで俺が払うわ!」と言うとようやく全員察したようで、山田さんは優しいなあと口々に言い合った。
トリコも半泣きで「山田さんほんとにありがとうございます!!!」と頭を下げていた。

これにて一件落着である。よかったね、トリコ。

五人で店を出るとすっかり日が昇っていた。時計を見ると午前九時前。とっくに始発は出ていた。
そもそも部長が帰れた時点で始発が出ていたのだった。なぜか誰も始発の時間に気が付いていなかった。

駅前で記念写真を撮って解散した。
いつかまた会いたい。

たくさんヤバい大人に出会った日だったが、ヤバい大人にもいい人はいるんだとわかって嬉しかった。
今から家に帰って寝たら確実に今日一日も潰してしまうことだけが問題である。俺はそもそも九時間前に帰れたのに。

俺が無事大学を卒業することが出来たら来年の年末もこの街で終電を逃してみるのもアリかもしれない。でもやっぱり早く帰れる日は早く帰った方が絶対いいな。
そんなことを考えながら家に帰って爆睡した。

トリコもみんくるも寝過ごしてしまったらしく、家についたのは十二時前だったらしい。


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