過去の作文供養:ある意味、本のサンプルとして
夜分どうも、もつこです。
いま活動している占い系ユニットOnYourSideでの企画で、9月6日に、初!本!!を出すことになりまして……がっつりと60ページ近くの小説を書きました。
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というわけで、私はラノベ風作品を書いたのですが。
私はこどもの頃の将来の夢が「声優か漫画家か文筆業」という…。歌ってしゃべって書く人になりたかったらしい。
学生時代は朗読劇の脚本を書いたりしてました。
その中で、オリジナルの小説って1篇だけありまして……。
今回の本とは全然違う趣ですが、サンプル?として以下置いてみます。
2007年12月23日付のmixi日記に残っていました(笑)
全体公開されてます。今でも。もう13年も前なのね(震え)
よかったら、暇つぶしにどうぞ。無題です~。
↓ここからほんぶん↓
死後の世界には時間の概念がない。言葉で言うのは簡単だが、これがなかなか厄介だ。
例えば、老いる、古くなるということはない。既に死んでいるのだから勿論更に死ぬこともない。
そして、もうひとつ。こちら側の世界には「残す」ということもない。ちょっとしたメモを取っても、気がつくとそのメモ自体が消滅している。本やデータディスクも同様だ。あらゆる記録はすぐに意味を失う。どうにか存在するのは記録ではなく記憶だけ。曖昧で、いつ忘れてしまうかも分からない記憶。
死後の世界には無限の時間があるのだから、記録するのでなく再現させてみろと挑発でもされているようだ。「残せない」という事実に遣る瀬無さを感じる霊魂は少なくない。
小説を書いても消えてしまう。自己ベストや世界新を更新しても残らない。音楽は風とともに掻き消え、絵画は砂のように崩れ落ちる。それでも白線に爪先を合わせ、筆を握り続ける者もいるのだ。消えずに残る自らの記憶と、他の者の記憶に何かを刻める可能性を信じて。
残念ながらというか当然ながらというか。俺の霊魂はそんなマゾヒスティックな性質は持ち合わせていない。こちら側の世界に来てわずかな間にあらゆる旋律を忘れ、その後しばらく経つと文字を忘れた。身体の形状は死んだ頃のまま(あ、でも気がついた時には怪我の痕はなかった)、服装や髪型は瞬間ごとに自分が思い描いた通りになる。
気ままな暮らしは面倒くさがりの俺にはとても快適だった。
その日、俺が人間の世界に顔を出したのは「暇だから」だった。生前の親友が結婚するそうだがお前は見に行かなくていいのかと、寮長がわざわざ玄関口に訪れたのだ。
「あー、じゃあ、暇だから行きます。」
「そうしてくれると助かるな。」
寮長はそう言って苦笑した。死後に一度だけ使える人間界訪問権を行使していないのは、ウチの寮では俺だけだという。
「たいていの奴は死んですぐに使うんだ、残してきたものが気になるって言ってね」
「……行使したかどうかなんて、記録でも残ってるんですか」
「まさか。ここでは記録なんて残せないのは君も知ってるだろう。でもね、」
ーー記憶に残っているものは誤魔化せないんだよ。
意味深長な微笑みを添えた寮長の言葉を思い出しながら、丘の上に建つチャペルを見上げた。
抜けるような秋晴れの空。銀杏並木に透けて黄色い陽が坂道を照らしている。そういや親友は晴れ男だった。高校大学とともに過ごしたが、行事がある時はいつも晴天に恵まれていた気がする。
本日の俺の出で立ちはグレーのスーツ。勿論周囲の人間からは姿は見えないのだが、霊感が強い人や無邪気な子供、動物なんかには見えることがあるらしい。それに、今日は一応正装をしたいと思った。面倒くさがりの俺も、親友のあれこれを思い出す内に自然とそんな気持ちになったのだ。
受付を覗くと、何人かの知った顔が手際よく参列者を誘導したり記帳を促したりしていた。中には薬指に指輪が光る奴もいたりして、自分がいなくなってからの年月の存在を改めて感じさせられた。人間界では、あれから既に5年の年月が流れている。大学3年だった同級生達は社会に出て25を越え、夫になったり父になったりしているのだ。
途端に、ひどく自分が場違いのような気がしてきた。21才、信号待ちに突っ込んできたバイクとの事故でこの世を去った俺は、スーツを身につけていてもどこか不似合いだ。最後にもらったバイトの給料は1か月分で6万だったし、住んでいた一人暮らしの部屋の家賃は親の仕送りで賄っていた。
(……帰るか。)
何も変わりはしないのだ。自分はいつまでも21才のまま、親友の結婚式を見ても年月は埋まらない、ただ感傷に浸るだけ。ならばこのまま死後の世界の自分の部屋に帰ろう。要らぬ無力感に苛まれるなんてごめんだ。
だから自分の葬式を覗くこともしなかった。バイクに乗ってた男を恨む気も起きなかった。明日誕生日だよね、ケーキ焼くから楽しみにしててと笑った彼女の顔ももう忘れた。
なんで俺わざわざこんな所に来たんだろう。
帰ろう。あの部屋へ。一刻も早く。
「おにーちゃん!」
自分のすぐ後ろで子供の声がしたのはその時だった。
「…え?俺?」
「いま、おにーちゃんしかおにーちゃんいない」
分かりにくい文法でたどたどしく話しかけてきたのは3.4才くらいの男の子だった。
「こんな所でどうしたの?ママは?」
「ママけっこんしき」
どうやら参列者の子供らしい。
「じゃあパパは?」
「パパいない。でもママけっこんするからもうすぐパパができるの!」
「え……それじゃあもしかして」
新しいパパの名前って、と親友の名前を出してみた。
「そう!その人、あらたしいパパ!」
「あらたしい、じゃなくて、あたらしい、だぞ」
「あ、た、ら、しい?」
「そう、新しい。」
「うー」
あ、た、ら、しい、あらたしい、と苦戦するチビッコを眺めながら整理してみた。つまり、このチビッコは今日親友が結婚する相手の子供ということだろう。親友は子連れの女性を妻に娶るわけだ。……大変だろうにとまず思ったが、結局なんだかあいつらしいような気がした。もちろん大変だろうが、ヤツは嫁さんもこのチビッコもまとめて幸せにするだろう。上手く説明できないが、そういう奴なんだあいつは。
「あっ、おにーちゃんはいいの?」
「ん?何が?」
「けっこんしき、いいの?」
「あぁ、俺はもう帰るから。パパによろしくって俺…陽樹(ハルキ)が言ってたって伝えといてくれ」
このくらいのホラーはご愛敬というやつだ。嫁の連れ子に、死んだ親友からの伝言。
「おにーちゃん、はるきっていうの?」
「そう」
「……もしかして、おそらに、かえるの?」
「……」
「さみしくないの? おそらには、ママはいないでしょ?」
「……? ちょっと待てチビッコ。」
「ママも、あらたしいパパもさみしかったって。はるきがいなくてさみしかったって、ゆってたよ。」
「……」
混乱した。このチビの母親も俺の知り合いだったんだろうか。
「…ぼくも、さみしかった」
チビはそう言って目を潤ませ始めた。俺は相変わらず混乱していたが、とにかくチビをなだめることに専念した。
「確かに俺はお空に帰るよ。さみしくない……と思っていたし、」
チビは目からぼろぼろ涙をこぼしながらも、声を上げずに聞いていた。
「今だって、さみしかったって言ってもらえたから、さみしくないさ」
はは、俺Sかも。俺が笑うと、えすってなあに、と言いながらチビもつられて少し笑った。
「とにかく、俺はさみしくない。チビもさみしくならなくていいんだ」
「でも、ママも、パパも…」
「じゃあこうしよう。お守りを作ってやるから、きれいな銀杏の葉っぱを一枚拾ってきな」
「いちょう?」
「そう、黄色いの。ホラ、早く」
「う、うん!」
とてとてと駆け出すチビを見送りながら、俺はポケットから油性マジックを取り出した。思い描けば形になる。幽霊はこんなところで便利だ。
「これでいいの?」
「ああ。いいのを選んできたな」
「うん!きれいなの選んだ!」
そうかそうかとチビの頭をひと撫でし、油性ペンのキャップをキュポンと外し、銀杏に直接字を書く。
「幸せになれよ。
いつかまた、黎明寮にて待つ。
陽樹」
黎明寮ってのは今俺が暮らしている寮の名だ。そして、大学時代に俺が住んでいた学生寮の名前でもある。全く同じ名前なのが気に入って、死んだ時に迷わず入ったのだ。
「これ、なんてよむの?」
「新しいパパに見せてみな。きっと読み方を教えてくれる」
「うん、わかった」
字を書くなんて久しぶりだった。我ながら、よく黎明なんて字を覚えていたもんだ。
「はるやーー、どこにいるのーーー?」
「あ、ママだ!」
チビが駆けていった先には、チビの母親らしき白いドレスの女性がいる。はるやというのがチビの名前のようだ。
「ママ!」
「どこに行ってたの、もうお式が始まっちゃうわよ」
「今おにーちゃんにこれもらったの!」
「なぁに?」
はるやを抱き上げる女性を見てーー俺は愕然とした。
彼女だ。
「明日誕生日でしょ」
「ケーキ焼くから楽しみにしてて」
忘れたと思い込んでいた。
「それから」
「ひとつ、ビッグな報告もあるんだ」
けれど、5年経っても、忘れられるわけがなかった。
「陽樹、ケーキより喜ぶかも」
「それか…悩ませちゃうかもしれない。けど、あたしは嬉しいんだ」
「楽しみにしててね!」
あの頃、俺が付き合っていた女性だった。あどけない笑顔はすっかり大人の美しさに変わっていたけれど。
ーーそれじゃあ、このチビは。
「……陽樹?陽樹が、そこにいるの?」
「いるよー、ほら!」
「どこ?どこなの?」
「? ママ、見えないの?」
「…陽樹…? …っ、はるきっ!」
彼女には俺は見えない。はるやのような子供には見えても、大人の彼女には見えない。声も聞こえない。彼女の声の悲痛さに思わず抱きしめても、何も伝わらない。
悔しかった。
膝をついて座り込む彼女を支えるようにして、俺も座り込んだ。
彼女の涙が俺の肩口に染み込んでいるが、彼女にはそれも見えない。
「…なぁはるや、俺が今から言うこと、ママに伝えてくれるかな。ママには、俺の声は聞こえないから」
「そうなの?」
「うん」
「「笑って」」
「はるや?」
「「はるやを育ててくれてありがとう。あいつとなら、きっと、幸せになれる」」
「……うん、はるき……」
彼女はそう言って、綺麗に笑った。その笑顔だけで、俺には充分だと思った。
「これでいいの?おにーちゃん」
「上出来だ。ありがとな、はるや」
「…へへ。」
彼女ははるやの方を見て微笑んでいる。今日は来てよかった。
「あ、はるや。もう一度伝えるの頼んでいいか?」
「うん!まっかせて!」
「「あの銀杏は、あいつに見せてやってくれる?俺からの祝儀の代わりってことで」」
「ふふ、了解」
あー、ドレスが似合ってる。純白が俺の目に眩しかった。
「「クソ、あいつにはもったいねー……ってオイ!これは言わなくていい!!」」
「……じゃあそういってよおにーちゃん」
「うるせー!」
不服そうな顔のはるやを見てぽかんとした彼女が次の瞬間に嬉しそうに恥ずかしそうにクスクス笑った。
彼女の笑顔を目蓋に焼きつけ、俺は背を向けた。今度こそ、帰るために。その足元にはるやが飛びついてきた。
「パパ!…ありがとう!!」
「あ…」
やっぱりと思った。はるやはやっぱり俺の子だったのか。
「はるや。ママを頼んだぞ」
「うんっ」
「新しいパパもイイヤツだからな。たくさんワガママ言え」
「ワガママ、は、ちょっとにする」
「ははっ、はるやは偉いな。……みんなで、幸せになれよ」
「……うん」
「じゃ、…ママのとこに行け」
「………うん」
はるやは彼女に駆け寄り、彼女を抱きしめた。
「…はるや?」
「ママをたのんだぞってゆわれた」
「…そう」
「みんなで、幸せになれって」
「……そう」
母子の会話に耳を傾けながら、俺は目を閉じた。ひどく、満たされた気持ちだった。そういや親友の顔は結局見なかったなと途中で気付いたが、今会えば新婦の父よろしく一発殴りでもしそうな気がしたので、会わないで正解だったのかもしれない。……殴った所で俺の拳は空を切るだけだっただろうけどな。
再び目を開くと、俺は黎明寮のベッドの上にいた。もちろん、死後の世界の。
呼び鈴がしつこく鳴っている。目が覚めてしまったので仕方なく出ると、得意そうな顔をした寮長が立っていた。
「ね、行ってよかったでしょう」
「……俺、そんな顔してますか?自分では呼び鈴に起こされて不機嫌、っていう顔をしているつもりなんですが」
「そんなつもりになってもダメです。」
「そーですか。」
寮長はひたすらニコニコしている。
「陽樹くん、変わりましたね」
「…そーですか?」
「21才らしくなくなりました」
この人は一体どこまで把握してるんだろうか。もしかしてはるやや彼女のことも知っていて俺を人間界へ行くよう嗾けたんだろうか。
「…ちゃんと、パパの顔になってますよ」
「……色々バレているってことはよく分かりました、寮長。今回のことはお礼を言うべきなんでしょうね。ありがとうございました。」
「いえいえ。ところで陽樹くん」
そう言って、寮長は書面を取り出した。消滅までの時間を延長させるための特殊加工をした紙である。
「今回人間界訪問権を行使したことで、君には転生権が発生したよ。」
「え、転生権?」
「そう。死亡してからの経過時間、訪問権の行使、享年、生前・死後の行動上の軽重犯罪などの条件を君は全てクリアしたんだよ。あとはこの書面に記入して提出すれば、転生の要請が完了する。転生するだろう?」
「……」
「今転生すれば、彼らの子供として生まれて、はるやくんの兄弟になることもあるかもしれないね。…なんていうのはちょっとロマンティックすぎるかな」
「……」
今回人間界に行ったことで、俺にはひとつ、考えがあった。
「……? 陽樹くん?」
「寮長、お心遣いはありがたいんですが、今回は見送らせてください」
「……いいけど、じゃあいつ申請するの?」
「地上で50年くらい経ってから……かな」
「50年!?」
「うわっ、なんですか寮長」
「その間、君はずっとここで過ごすつもりかい?この世界には本もCDもないし、もう人間界訪問権もないんだよ?」
「分かってます。でも…ちょっと思うところがあって。」
「……分かった。君の好きにするといいよ」
「ありがとうございます」
どうやら俺は、自分が思っているよりも記憶に影響を受けるタイプの人間だったらしい。わざと忘れようとして気持ちを麻痺させていたんだ。そして、「マゾヒスティックな性質」も十二分に持ち合わせていたと、死んで5年経ってからやっと気付いたのだった。
それから、約50年が過ぎた。
10年ほど経ったところで、あの寮長も転生権を使って出て行った。
俺は相変わらず21才という外見のまま黎明寮で微睡んでいたが、ドアを叩く音と老人の声に起こされた。
ドン!ドン!!
「おい陽樹、いるんだろう?開けてくれ!」
--アイツだ。声は変わっているけどピンと来た。俺はいそいそとベッドから降り、ドアに向けて声を上げた。
「確かにいるけどタダじゃ開けねえぞ。」
ドアの向こうでわずかに笑う気配がする。
「お前ならそう言うって分かってた。氷結と裂きイカ買って来たぞ!」
「氷結は春限定の苺だろうな?」
「当たり前だろう、早く開けろ!!」
あぁ、あの銀杏、ちゃんと受け取ったんだな。
「プレステのコントローラとウイイレは!?」
「こっちの世界にはないだろ?あれば選手の移籍情報更新したメモカと一緒に持ってき……」
言い終わる前にドアを開けると、すっかり白髪になった親友が立っていた。昼のファミリードラマにでも出てきそうな、黒の長袖シャツの上にらくだ色のベストを着込んだ、じいちゃんになって。
「ははっ、いらっしゃい、おじーちゃん」
「ホントだよ、70のじいさんにはこんな酎ハイの缶だって重いんだぞ」
「悪かったって。ホラ、上がれよ」
酎ハイとビールと裂きイカを入れたコンビニの袋を受け取る。あの頃と同じように軽口を交わしても、会話のテンポが以前とは違う。アイツは昔よりゆっくりと喋った。俺もそれを受けてゆっくりと返す。
「そうだ、これ、ありがとう」
じいさんになったアイツがズボンのポケットから黄色いものを取り出した。アレか、と思いながら受け取る。
「あの時はたまげたよ。嫁さんは涙目で笑ってるし、はるやはママを泣かせたらぼくが許さないとか意気込んでるし。」
想像して俺は笑った。笑いながら手の中の銀杏を見つめていると、目の前が滲んだ。
一方的な約束を秘めた銀杏は、記憶と寸分違わない姿で俺の手に帰ってきた。葉脈に沿って歪んだ油性ペンの文字。葉は水分を失って乾いていたが、それでも俺は記憶通りだと思った。
「まぁ、座れよ。あれからのこと話してくれるだろ?」
「あぁ、話してやる。孫の…はるやの子供のことも話してやるよ」
「マジで!?」
俺は氷結、ヤツはビールで乾杯をした。そして50年以上ぶりに夜を徹して語り合ったのだった。