
多分このために生きている。#5「温泉と広い広い青空」
AM9:00。
博多駅に着いた電車は、日々誰かを救っている大量のスーツマンを都会に放出した。
ひきかえに私のようにくだり電車に乗る人は少ない。
体が軽くなった電車は、私の心を写したかのように楽しそうに走り出した。
博多を出発したJRの快速は、快いというにしてはゆっくりと南下していく。
鳥栖駅に着くと、乗り換えのために乗客は一斉に降りていく。
私も小さな波の一部となり5番のりばから2番のりばへ移る。
赤を基調としたヒョウ柄のJRの座席は、知らない街から町へ流されていくときの一抹の不安を幾分か楽にしてくれた。
前には両手でしっかりとつり革を握るおじいちゃんが立っている。
灰色の綺麗めなコートに身を包み、素材感の強い皮のベルトは大きめの古いバックルが鈍く光っている。足元は黒の革靴で、寄ったシワと丁寧に磨かれた姿にベテランの風格を感じる。
この人のことは知らないが、たぶんいい人だ。
筑後船小屋駅。今日のターゲットはお前だ、覚悟しろ!と意気揚々と飛び出したはいいものの、目の前の新幹線駅の大きさに屈服した。
今日は落ち着いて冷静に楽しもう。

知らない土地に来た時は、その土地の神様に挨拶するようにしている。
いわゆるマイルール。
別に熱心に信仰している訳ではないが、足を踏み入れさせて貰う以上は礼儀が必要だと思いずっとやっている。
意味が分からない人には本当に分からないと思うが、私には大切なルールなのだ。
錆びた鈴は力任せに揺らされるのを嫌がっているのか、ゴロゴロと喉を鳴らす。防犯装置をつけているためか、お賽銭箱からはお社の中へ続く赤と黒のコードが伸びており少し奇妙な姿をしている。2礼2拍手1礼であっているのかなぜか急に不安になったので、控えめな拍手とそれを取り返したいがための大きめの礼をした。
小さなお社の屋根には、確かに秋が残っていた。
昼ご飯は行きの電車で決めていた。

喜楽屋食堂。
店名よりも先に目に入る「パートさん募集」ののぼりが面白い。
そんなに熱心に募集をしているのだろうか。
親戚に玄関が引き戸の家はないが、親戚の家のような扉。
開けると店主が何名ですかと確認。
1人です、奥にお進みください、という飲食店の定石をきちんと踏んで席に座る。
エアコンが直接当たる席に座ってしまった。
最初は暖かくていいなと思っていたが、ものの2分くらいで暑すぎるに変わった。
エアコン本体にうっすら「27.5」と表示されているのに気づく。
そりゃ暑いわ。
腕まくり腕まくり。
業務用の調味料やのりが入っていたであろう段ボールが積んであったり、レシピ本と大事そうな書類が乱雑においてあったり、こういうのでいいんだよ要素が詰まっていた。
ZIMAが三本乗った棚の板が驚くくらいひん曲がっていて苦しそう。
全く背伸びしていない雰囲気が大好きだ。
頼んだのは、エビフライ定食。

メニューに書いてなかったクリームコロッケも二つ付いてきてすごく得した気分。
予想を裏切らない温かくてシンプルに上手いごはん。
こういうのでいいんだよ、こういうので。
近くの川の駅は一つ大きな楽しみだった。
筑後船小屋駅から大きな公園の中を歩いた先にある「川の駅船小屋 恋ぼたる」には、地元の作物や特産品が並ぶ物産館と足湯、温泉が併設されている。
川の駅に向かう道中の公園の広場で、素敵な夫婦と遊ぶ小型犬のターゲットになり追い掛け回されたため、少し疲れての到着になった。
中はよくある道の駅のような感じ。
野菜コーナー、地元のコーヒー屋さんのブレンドした豆や一風変わったおつまみ類が並ぶコーナー、特産品コーナー、お酒コーナー。
特産品のコーナーに畳べりがあったのが面白かった。
お酒コーナーは「繁桝」という福岡で有名な日本酒が棚の大半を占領。
横の冷蔵庫には八女のクラフトビールがおいてあり、気になったのでそちらを購入。
ついでに八女抹茶コーラもイチかバチか。
おいしいのかなぁ…。
物産館の灰色のスピーカーからは藤井フミヤが流れていたが、マイナーな曲だったので藤井フミヤであることしか分からなかった。
せっかくなので足湯にも寄ってみる。

美肌の湯が足湯なの勿体ない。せっかくなら全身美肌にしたい。
余裕持って12人くらい座れそうな足湯だった。
小さな建物ながらに憩いの場として確約しているのは中に入ったときの周りの表情で分かった。地元のおじいちゃんおばあちゃん、親子連れ、女子旅、皆楽しそう。かくゆう自分も
ああぁ~
最高だ。
温度はぬるあったかいくらい。
きもちいぃ~
向かいのおばあちゃんがボソッと
「今日はあったかいね」
そうだね。今日あったかいね。
俺コート脱いだもん。
隣のおじいちゃんが
「冬時期は湯も冷めるからな」
足湯が!?
あ、足湯って冷たくなるんだ。
ダメじゃない?
寒い日こそ頑張ってよ。
足湯の欠陥を知ってしまったので足を拭いて出ることにした。


広い広い

青空

広い広い青空
すてきっ!
あら~
こんなにあったかい落書き初めて見た!
目的地。

船小屋鉱泉場はレトロで可愛い建物だ。
中には温泉が出る蛇口があり、「持ち帰りは1.8Lまで」と書いてあった。
温泉の持ち帰りという知らない文化があった。
繁桝がなんとなく忘れられなかったため、近くの酒屋で購入した。
今日飲み物しか買ってないな…。

夕方に差し掛かりはじめ、最後に行きたかった場所へ向かう。
駅の横にある、独特の建築物。

九州芸文館。
常設展示は無く、ゆかりのあるアーティストを始めとする作品で構成された特別展が2つ行われていた。
1つ目は「くろくも舎」主催、切り絵アーティスト松原真紀さんの作品展。
八女の伝統工芸である「手すき和紙」を用いた切り絵作品はどれも美しいものばかりだった。

平面だけでなく立体的な切り絵作品も多かった。
その中でも強く印象に残った作品がある。

この展覧会の最初にあった絵の解説文に「このくもは私です。」とあり、作者は自身を強く「くも」に重ねているのだろう。
蝶を犠牲に生きているくもに、作者の自己嫌悪の念が写し出されているように感じて苦しくなった。
名前のない作品にどこか寂しさを感じて止まなかった。

もう1つは「ツナガル」。
地元の子供たちや障がい者施設、プロの作家や農家の方まで、100点以上の作品が並んでいた。
どれもすばらしい作品だったが、この作品「こうずい」があまりにも忘れられない。

障がい者支援施設「わかたけ作業所」に所属する中島一斗さんの作品。
作品の説明文には、
【これは何?と聞くと「こうずい」だという。黒い渦のようなものについて尋ねると「たいふう」と答える。台風がくるとどうなるのと尋ねると「こわい」とのこと。
未来も安泰であってほしい。】
とあった。
自然災害に対するどうしようもないあまりに大きな恐怖や不安を絵画で表す中島さんに、これまでの自分が感じていた苦しみを代弁してもらえたような気がして、涙が出そうになった。そして説明文の最後には、その感情を肯定も否定もせずに優しく囲んであげる人の温かさが確かに存在している。
この作品にあまりに大きな感情が乗っかっていて、そのパワーに圧倒された。
忘れられない作品にまた一つ出会ってしまった。
PM9:00。
博多駅に着いた電車は、静かに私を都会に放出した。
ひきかえに今日を全うしたスーツマン達がぞろぞろと電車に乗りこむ。
体が重くなった電車は深呼吸をした後、力を振り絞るように走り出した。
遠くに見えるあのホームには朝に乗った電車が見えた。
またあの電車に乗って、広い広い青空を見たいと思った。
多分このために生きている。
追記 01/26
今回購入したお土産3点の感想。
1 八女抹茶コーラ

気付いたら飲み終わっていたため、空瓶の写真。
気になるお味は…
めちゃうま!!
しっかり王道のコーラで、お茶の上品で華やかな香りが後から追いかけてくる。個人的にはおいしいのか疑問に思いながらの賭けの購入だったので、当たりで嬉しい。
2 FUKAMUSHI IPA

生産しているのは、福岡県八女市にあるクラフトビール醸造所「八女ブルワリー」さん。
八女やその周辺で取れたお茶やフルーツを取り入れたクラフトビールを作っている。
その中の「FUKAMUSHI IPA」をチョイス。
めちゃくちゃおいしい。
味濃い!!
輪郭がはっきりした苦味と淡い甘味のバランスが癖になる。
そして後味めっちゃお茶!!
強いが嫌じゃない緑茶の香り。
全体的にブラッドオレンジのような甘味の芳醇な柑橘がギュッと味をまとめあげていて、爽やかさまで一級品だ。
ちなみに「JAPAN CRAFT BEER AWARD 2022」にて銀賞を受賞している。
そりゃおいしいわけだよー。
全種類買っておけばよかった…。
ちなみに楽天市場から購入もできるので是非検討して頂きたい。
3 繁桝 吟のさと 純米大吟醸 生々

うわ~!
うんま!
華やか!!
大吟醸ならではの華やかな香りとイチゴっぽい(?)芳醇な香り。
それでいてフレッシュで癖がなく、二口目以降も新鮮に楽しめる。
驚くほどに雑味が少ない。
あっさりとしながらも華やかで深い味わいが完璧な一本だった。
12月に流通を始めた「繁桝」は、この吟のさと以外にも種類が3つほどあるみたい。お取り寄せできるものもあるので気になる方は是非チェックして頂きたい。
そして是非筑後に足を運んでいただきたいと思います!
創作活動に関して、普段はもつ鍋youとして福岡を拠点に音楽活動中。福々亭十として福岡大学落語研究会で落語、漫才、コント。趣味では戯曲の執筆をしています。
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