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多分このために生きている。 #1「電車と虫」
人間の欲望なんてだいたい5000円くらいで満ち足りる、という自論があった。
なんて言ってもそれはシャバ僧だった中学生の頃の意見で、今は柄シャツにかける金額に際限がなくなってきている。
手元には、青色の切符。
博多広島間片道切符、5330円。
特急券ではなく、普通乗車券。
9:40、下関の海はしやしやと凪いでおり、ホームから望む海と空は、手元の切符の色を移したように鮮やかだ。古っぽく小さい駅だが乗り換えのためか人が多く、その人々の足取りの迷いの無さからは生活感が香っていた。
アップルポッドキャストがNOSEknowsの最新話を再生し終え、長府駅を過ぎた時、電車の通路を挟んだ横の席に地元の女子高生が座っていることに気が付いた。電車の中にしては何か慌ただしい様子。
気になって横目で見てみる。
どうやら窓枠の隅に虫がいるらしい。虫が苦手な様子、飛ばれたらまずいため気づかれないようにゆーっくりと窓を開けようとしている。
ただ電車の窓は力をこめないとなかなか開かない。
ぐっと力を入れると窓は空気を読まずに思ったよりいいスピードで大きく開いてしまった。
残念ながら、虫は気づいてしまう。
ビーっと音を立てて跳ね上がる。
すると女の子が呼応するかのように、ギャアー!っと言って跳ね上がる。
見ている分には面白かったが、流石に助けた方が言いかと思い、手ぬぐいを持ち声をかける。
自分「あの。大丈夫ですか。追い出しましょうか。」
女子「いいですか!ありがとうございます!」
手ぬぐいで虫の尻を払い、叩き出す
自分「よかった。出ていきましたね。」
女子「ありがとうございます。すっごい苦手なので。」
自分「大きかったですもんね。」
その電車は2人を乗せて岩国まで向かう。
ただの虫が苦手な地元民と観光客の一コマでしかなくこれ以上は何も起こらなかった。
ただこのやり取りが、旅行の一番の思い出になった。
自分が人生でしたいことってこんな他愛もないことに過ぎないのだろう。
でも思う。
多分このために生きている。
創作活動に関して、普段はもつ鍋youとして福岡を拠点に音楽活動中。福々亭十として福岡大学落語研究会で落語、漫才、コント。趣味では戯曲の執筆をしています。少しでも気になる方は是非SNS等覗いてください。
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