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「赤い疑惑」とピエール・カルダン[プロローグ]2020年03月


例の感染症が流行り始めた2020年。
仕事の流れが止まった。怖くて外にも出られない。
情報も錯綜していて、何が何だか分からぬまま、ただただ自粛するだけの窮屈な日々。
そんなある日、やる事なしにだらだらとネットを見ていたら、昭和のTVドラマ『赤い疑惑』の情報に流れ着く。

『赤い疑惑』とは、1975~76年にかけてTBS系列で放送されたドラマ。
山口百恵演ずる幸子が不治の病や悲しい恋に翻弄される物語。
当時、私は小5くらいだったが、まったく関心がなく、母と姉が夢中で見ていたので何となく記憶の片隅にある程度。

「幸子を死なせないで!」という投書がTBSに山ほど届いたという逸話を思い出した。
そんなに面白いのか?当時の視聴者は何にそんなにハマったのか?
急に見たくなった。
何かで配信されてないかと調べてみるも、ヒットせず。
見られないと思うと、余計に見たくなるのが人の常。

そこで最後の手段、渋谷のTSUTAYAにDVDを借りに行くことを決心した。
当時はまだ例の感染症についての知識はほとんどなく、「家から出る」と「感染する」はほとんど同義だった。大袈裟じゃなしに命懸けの行為である。
まぁこれこそ不要不急の外出というやつだが。

さすがに店内はガラガラ。
日本のテレビドラマの棚なんて、平時でもこんなものかもしれないが。
それにしても映画と違ってドラマの棚は1作品の占める面積がハンパない。
長編になると一段まるまる1タイトルなんてこともある。
そもそもあんな古いドラマがあるのかしら?(調べてから行けよ。)
でも、心配をよそに、あっさり見つかった。「あ」行だったからだ。
けれども全29話、DVDにして全7巻もあるというのは予想外!(調べてから行けよ。)
1週間レンタルでどのくらい見れるのか。もしかしたら第1話でギブアップするかもしれないから、とりあえず1〜2巻でいいや。1巻に4話収録されているから、2巻で8話分。
まずは充分と思われた。

帰宅して、入念なうがいと手洗いをした後、早速DVDプレイヤーの電源を入れ、ディスクをドライブに挿入する。
ジャーン!「赤い疑惑 第一話 愛は突然に⋯」

当時のTVドラマの傾向か、アヴァンタイトルはなくて、いきなりタイトル&主題歌。
タイトル映像が古臭いのに軽く驚く。フォントじゃなくて手書きの筆文字みたいな縦書き。どっちかというと、大河ドラマのそれに近いシブさだ。
主題歌『ありがとう、あなた』はなんとなく覚えていて、一緒に口ずさむ。
そこで、ふと、オープニングタイトルの中の一行に目を奪われる。

<衣装提供 ピエール・カルダン>

え?マジで?ていうか、なんで?
ピエール・カルダンといえば、パリのオートクチュールの重鎮。
なのに、宇宙ルック(Cosmo Corp)というシリーズでは、一体誰がどこで着るんだ?とツッコミたくなるような奇妙奇天烈なデザインも発表していたりして、親戚のおばさんちの雑誌のグラビアで見た時の驚きは鮮明に憶えている。
お笑い番組じゃあるまいし山口百恵や三浦友和が宇宙ファッションを着るわけはないだろうが、では一体どんな服を提供したんだろう、と、俄然興味が湧く。

後で調べたところによると、当時、カルダンは日本でのプレタポルテ(既製服)の販路を開拓中だった。プレタポルテは主婦やOLといった普通の層が顧客となるから、TVドラマの人気シリーズに白羽の矢が当たったらしい。出演者全員の衣装を提供したというから、相当気合が入っている。

第一話本編が始まる。
自転車で土手を走る幸子(山口百恵)は、当時とても流行っていたブラウスにミニマムなニットとジーンズ。宇宙ルックじゃなくて、ひと安心。朝食の支度をする母親役の八千草薫もカジュアルなジーンズ姿(新鮮で萌える)。そこへ出勤前のワイシャツネクタイ姿の父親(宇津井健)登場。
ま、なんというか、予想に反し、みんなぜんぜんフツーの服だ。肩透かしを食う。

肝心のドラマの内容は、良くも悪くも昭和あるあるの連続。どうでもよい細かい部分がツボに入って、ストーリーに集中できないのが困るが、笑えるネタ拾いとカルダン服のチェックで、8話分なんて1日半で見終わってしまった。あっという間だった。
こんな事なら全部借りとけばよかったとさっそく後悔。

そしてまた命懸けで渋谷へ向かう。今度は不要不急ではない(じぶん比)。
そして残り5巻を全部借りた。

全7巻、全29話。
まぁこれから見る人がいないとも限らないので詳しくは書かないが、病と戦う少女、出生の秘密、運命のいたずら、行ったり来たりのすれ違い、終わった恋とどろどろの人間関係、そして美しくも悲しい恋⋯といった大映テレビ制作の昭和TVドラマの常套モチーフが、特に伏線も仕掛けもないままに、時々必然なく誇張されつつも平坦に綴られていくといった印象。
大映テレビ制作の王道である。
要は、ビッグアイドル山口百恵主演の人気シリーズのひとつ。
頑張らなくても視聴率は取れるという「油断」がダダ漏れしている。

なのに、何が、私の心を捉えたのか。
まずはピエール・カルダンの衣装だが、それを着こなす岸惠子、そして彼女が振りまくパリの香り。それに尽きる。

お気に入りは第3巻。幸子がパリのおばさまを訪ねる内容で、当然のことながらオールパリロケ。

フランス好きの私としては、オープニングタイトルの
<撮影協力 ジョルジュ・サンク フランス大使館 日本航空>
という文字を見るだけで血が騒いだ。
ジョルジュ・サンクとは、言わずと知れたパリの老舗五つ星ホテル。
ホテル内でもふんだんにロケが行われていた。おお、なんと贅沢な。

第3巻の第9話は、旅番組のような要素も盛り込んだ作りで、パリの名所をそぞろ歩く幸子とパリのおばさま(岸惠子)のシーンでのBGMは『パリの空の下』⋯今の時代に見るとかなりかなりレトロ&ベタで思わず頬が緩む。

でも、60〜70年代のパリが大好物である私にとって、それがたまらないのだ。
第3巻はツボの宝庫。この巻だけ単独で購入する価値があると思う。
(ちなみに2年経つがまだ買ってない。高いからだ。)

それにしても、全編を通して、ピエール・カルダンのファッションは楽しかった。

幸子や光夫(三浦友和)ら若者が着るカジュアル服は手が届きそうな印象。(実際はそこそこ高かったんだろうと思うが。)

幸子の父親役(宇津井健)や光夫の父親役(長門裕之)ら、大人の男性陣が着るスーツは、いかにも仕立てが良さそうだ。ただ、病院での白衣は、今どきのストレッチ素材とは違って分厚いゴツゴツした綿、袖口はゴムで絞られていて、あまりのレトロさに思わず画面を一時停止してしまったほどだ。
さすがにこれはカルダン製ではないと思うが。(たぶん。)

パリのおばさま(岸惠子)や光夫の母親(原知佐子)の衣装はモード感ハンパない。
原知佐子が個性的なデザインをサラリとこなしているのはちょっと驚きだった。当時の女優には珍しい塩系のクールな顔立ちと痩せぎすな体躯と細くて長い首、そして何よりエキセントリックな役柄のおかげであろう。
真打ちの岸惠子は、さすがのパリ在住(当時)、着こなしも所作も完璧。主役の山口百恵をも軽く凌駕する圧倒的なオーラを放つ。彼女のシーンだけ映画を見ているようだった。

岸惠子のあまりの素敵さに、彼女のファッションだけつぶさにスケッチしていたのだが、それだけでは飽き足らなくなり、ついには主要キャスト全員のファッションをスケッチしてしまった。

当然、1週間のレンタル期間では足りず、2回延長した。7枚を計3回だ。
来店じゃないと手続きできないので、最後の返却も含めると計5回TSUTAYAに足を運んだことになる。
しつこいようだが、命懸けで。(当然だが、無駄に金もかかった。)

まぁそんなこんなの「赤い疑惑」鑑賞記、別名『ピエール・カルダン ファッションチェック』をしばらく綴っていこうと思う。

では、次回[山口百恵]編をお楽しみに。

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