数についてもう一度考えてみる
私と数のエピソード
数は間違いなく私たちの内部にあるものだ。私たちはそれを使って世界を計測しているが、決して物理的現実の中に存在しているものではない。しかし、その数字という像を思い浮かべる発端となるような出来事は境界という形でとめどなく現れている。私と数字の出会いに、あなたのエピソードを重ねて共鳴していただけたらうれしいな!!
一つは小さなころに初めて数に触れたときのエピソード。1から200まで数えたら、もっと上の数は?千よりも大きな数は?0よりも小さい数は?端から端まで一体何歩あるのかな?帰るまでにↂ(←一万と読むらしい!びっくりした。)まで数えられるかな?大きな紙をめいっぱいに広げて1から順に書き始める。120くらいで結構疲れてくる。BB弾、全部で645個!電卓でいちたすいちたすいちたす、、、ずっと繰り返して1000まで行く前に「お風呂の時間ですよ!」戻ってきたら「電卓消えてる!!!」すごく悲しくて残念だった。
いろんな色がついて数字がどこまでも広がっていた。
ある時、数字はもしかしてどこまで行ってもきりがない???とお父さんに聞いてみた。「よく気が付いたね!数字はどっこまでも続くよ!!」
果てしなく広がってるって、めちゃくちゃわくわくした。
お父さんは阪大の工学部で機械工学を勉強した後、丸紅という商社でいろんな機械を業者さんに紹介する仕事をしていたらしい。ブラジルのエンブラエル社に日本の飛行機を導入するプロジェクトをしていた時は大好きだった紙飛行機を作る専用紙を持って帰ってきてくれた。しかも尾翼付近にJALのプリント入りだ。
紙飛行機づくりでも、数は大活躍。何分の一に等分して、何センチ残して折って、何メートル、何秒飛んだ。どこまでも飛ぶやつから面白い形なのに飛んでしまうやつ、飛ばないけど面白いやつ、亀やカモメの形をしたやつ。不可説不可説転。華厳経に出てくる大数をノートに書き連ねて、隣にリンゴのデッサンをして提出していた自主学習ノート。名前がついている中で一番大きい数は書こうとすると宇宙の歴史よりも長い時間ががかるの??友達とそんなことを話しながら歩くヤシの木並んだ学校の坂道。近くの茂みに隠れたストレリッチアの葉が折り重なってできた小部屋には、大河ドラマごっこの秘密基地(楽屋)がある。数字の世界は秘密の世界。知らないところで数え続ける。世界を計測し続ける。ポケモンバトルの計算。身長や体重が増えた!!世界で一番大きなイカがもう一種類見つかった!!!数字で立ち現れてくる世界の生き生きとした感触!!ただのデータなんかじゃない。秘密の歌が、どこまでも、どこまでも!!具体的な想像世界は、なんて輝いていて美しいんだろう!!
さて、数ってどこからやってくるんだろう?と考え出したのは中学3年の頃。今まで物理に親しんでもそれ自体にはあまり興味を持ったことがなかったけれど、「重力は時空のゆがみだ!」とか表紙にある本を学校をサボって行っていた図書館で見つけてめっちゃ面白くない??ってなって卒業までには特殊相対性理論を式を追って日本語で説明できるようになった。
宇宙って数式で説明できるのか。中二病真っ盛りの僕はニュートンで読んだだけの「超ひも理論」についての概要と、世界を認知している我々の背後にある存在についてつづったSFを卒業文集に書いた。でもその時、同時にあることを思う。「あれっ?宇宙の中にいる僕たちがなんで数式で宇宙を説明できるの?宇宙は僕たちの外にあるの?それとも中にあるの?」この手の関心を持つ少年少女なら一度は取りつかれたことのある亡霊に僕ももれなく取りつかれてニヒリストというか、何か達観したように思って暮らしていたことがある。「そっかあ。自分の人生なんて、宇宙の一部だし、ちっぽけな物語だよね。そんなことよりももっと宇宙と一体化して暮らしたい」そういうことを思って、まあ僕のことだからそういう考えをいたるところで吹聴して布教活動をしていた。神出鬼没で「習っていないピアノが急にそれっぽく弾けた」とか「急に学校にきて平均点30点の物理で80点を取った」とか「歌がうまいと言われていた」というのもあったから高校生だったしちょっとしたカルトみたいなのができた。「すべては宇宙の混沌」なのです!!と言わんばかりに何でもありだと言って好き放題していた。ピタゴラスと言ってることは逆っぽく見えて物理だけは半分特別視してあらゆるルールや習慣を無視していたから不良宇宙人だ。でもその背後にある心の働きとのかかわりにも深い興味があってその関係性をいつも気にかけていたから問題をゴリゴリ解いて前に進んでいくことはしなかった。まるで歌詞を考えるみたいに、数式や作者の現象の解釈の仕方を想像しながら色々連想して「宇宙って愛だな」とか一人涙を流していた。修学旅行で同室になった友2人がその手の感覚を分かってくれる奴らで、寝る前にそういう話をして自分が北海道の広い夜空に溶けていくような幸せな時間を過ごした。まあ、寝不足でなんか知らんがめっちゃくしゃみしてたけどな。サッカーもしていた。サッカーってしている方からしたらめっちゃ秩序からは程遠く感じる。僕は戦略的な思考が激よわなのでそう感じるだけかもしれないが、中学の陸上に比べたらカオス度が半端ない。だからその状態でピアノを弾いたら頭真っ白になる。というか高校時代は特に毎日頭真っ白で暮らしていた。0点に近い点数や0点も何回かとった。「反対で1番になるやつは、その反対でも1番になるんや」と本気で思っていた。それは宇宙の法則だからだ!!
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