2023年6月半ばから7月頭まで、英国ロンドンを訪れていました。
現在通っている大学院、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(以下LSE)の集中授業の最終回に参加するためです。
自分が何歳になっても今の気持ちをいつでも鮮明に覚えておけるように、記録を残しておくためにこのnoteを書いています。少し長いですが、ほぼ個人の記録のために書いているので、ご了承ください。
4億7000万秒の翼の向かう先
大学院への入学を決めるまで、私のなかにあったのは静かな絶望でした。
COVID-19のパンデミックで社会的弱者やケアの責任を担う人から順番に困難に陥っていく様子や、日々報じられる気候変動や人権や不平等、分断の問題。更にはインターネット、ことSNS上にオーバーロードするネガティブな情報や誰かを一方的に糾弾する激しい言葉。
そういった情報に触れざるを得ないなかで、私はいつしか自分の力不足を嘆くようになりました。このままでは、平和で持続的な地球社会を子どもたちやその孫、あるいはその先につないでいくことは出来ないのではないかと。この世界の行末を憂うあまり、自分の心に重いなまりというか、増幅された重力がのしかかるような恐れを抱くようになりました。
そんななかで2022年9月、人生の後半戦にむけて自分を鍛え直すべく、30代なかばの一大投資として、LSEのエグゼクティブ修士課程、Executive MSc Social Business and Entrepreneurship(EMSBE)で学び直しをする決断をしました。
テーマは、「将来世代に平和で持続的な社会と地球をつなぐための社会経済システムの構築にむけ、ソーシャルインパクトを切り口に、いかに株主至上主義型資本主義を止揚できるか」。
※また、今回の決断は奇しくも自分の大学生時代からの伏線を回収する形でのチャレンジとなりました。英国大学院進学を決めた経緯等は前回のnoteにまとめています。
2児のワーキングファザーのロンドン「通学」
そんなこんなで、ロンドンと日本を年に4回往復する生活がスタートしました。仕事をし2児(4歳男子と1歳女子)を育てつつ、2022年9月と11月、2023年2月、そして今回の6月の集中授業(合計6週間)のために留学ならぬ「超長距離通学」する日々のはじまりです。
そこで出会ったのは、34人の仲間たち。私も含めると35人の同級生は26の国籍を持ち、多種多様な領域で確かな実績を残してきたチェンジメーカーたちでした。
「・・・全員、超人やぞ。」
2022年9月の集中授業の初日、全員の自己紹介を聴いて、そう確信しました。「どうやら、とんでもないところに来てしまったようだ」、とも。
正直授業の初日は少し圧倒され、時差ボケと中東経由のフライトの疲れも手伝って授業の全体の場で発言することはなかった(*1)のですが、ここはフルタイムの修士ではなく、濃縮型のエグゼクティブコース。引け目を感じている時間はないので、ロンドン滞在中は、ひたすら自分の立ち位置で頭と心をフル回転させて、学びに貢献できる問いや知恵を編み出して場に出していくことを心がけて行動していきました。
*1: 全体の自己紹介の場を除く。時差ボケに苛まれていることを活かして一発目の笑いを取りました。
大学院のコース全体の流れとしては、全4回の集中授業モジュールにむけて事前課題(基本的には論文、レポート等のリーディングでのインプット)をこなし、ロンドンでは朝9:30から17:30までみっちり授業(&日によっては実務家ゲストのセッション)があり、ひとつの科目を完走するとその科目の試験課題をアウトプットしまくる毎日が続く形です。
イメージとしては、授業前のインプット、授業時は超インタラクティブで濃密なディスカッション、授業後はそれらの学びをひとつのペーパーに落とし込んでいく「知の仕上げ」をするような流れです。
毎回時差ボケの影響を受けながら英語圏&大陸欧州の文脈や前提を基本的な中心とするディスカッションに参加し、日本に帰ったら帰ったで親業と仕事に加えて各試験課題の締め切りにむけて質の高いアウトプットを作っていく修行の日々。これは正直なかなか大変です。
ですが今振り返れば、この大変さのおかげで世界の知見を踏まえつつ知的な生産をする技術や、難度が極めて高い課題に向き合う上でのセルフマネジメントを磨くことが出来たと思っています。
世界の知見、未来への手応え、心のつながり
今回のチャレンジを経て得られたことは本当に数えきれないほどありますが、そのなかでも最もありがたいと感じているのは「世界の知見」「未来への手応え」「心のつながり」の3つです。
世界の知見
私が在籍しているLSEのEMSBEは、7つのコア科目で形成されています。
こうやって書くとややシンプルに見えますが、エグゼクティブを対象に設計されたコースなので、各科目とものっけから高度で突っ込んだ内容が展開されます。また、その展開方法も、例えば「ソーシャルインパクトとは何か?」を論じる前に「公共善とは何か?」といったより根源的な問いを古今東西の政治哲学の潮流を参照しながら論じるアカデミックな時間もあれば、理論的な枠組みを前提としながらもケーススタディとディスカッションをとにかく反復する実務的にも強度の高い時間もあります。とにかく、カリキュラム全体が「科学と実践の交錯点」になるように設計されており、ちょうど高度な研究コースと良質なプロフェッショナル向けトレーニングのハイブリッドのようで、私だけでなく同級生全員がとても満足しています。
私は、この全4回の対面授業と付随するプロセスで、個人・事業・社会の変化とそれを評価・促進する科学的技術やアプローチ(インパクト評価と行動経済学)、根底にある政治哲学が、連綿とつながる経験をしました。
全7科目のつながりを一文で表してみると、以下のイメージです。
少しおおげさかも知れませんが、QS世界大学ランキング3位(*2)のLSEに集積された知見(のごく一部)が、自分のなかにどばどば流れ込んでくる感覚がありました。
*2: 社会科学とマネジメント部門のランキング。
未来への手応え
さて、そんなチャレンジングな環境に実際身をおいてみてどうだったかというと、いい意味で凄く刺激的で競争的な経験をさせてもらっているなと思います。
私は日本でしか学校教育を受けたことがなく、生まれ育ちはずっと日本です(だいたい何故か意外に思われがちなのですが笑)。そのため、英語で学術essayを書くのはほぼ初めての経験でした。正直最初はおっかなびっくりで、2022年10月に初めて提出した練習課題(成績評価に入らないFormative essay)へのフィードバックも、そのおっかなびっくりさと手探りさを見透かしていただいたかのような内容でした(苦笑)
ですが、そのフィードバックから学習し戦略を立てなおした結果、現在全7科目のうち4科目の試験終了時点の評価として、Distinctionを2つ(最上位)、High Merit(最上位に近い良)を2ついただきました。
これはGPAで換算すると3.5/4となり、人生ではじめて日本の外で第二言語を使って学生になり、かつ子育ても仕事もしながらの修士だと思うとかなり健闘出来ているのではないかと思っています。
(ちなみに、大学生時代のGPAは2.44でございます・・・。苦笑)
特に、自分の専門領域であるソーシャルインパクト評価、戦略&イノベーションの試験課題ではDistinctionをもブチ抜いてHigh Distinctionの評価(Exceptional piece of work)をいただくことができました。これまで日本で磨き上げてきた技術と知見を、もっと広い世界で役立てていけるかも知れない。そんな自信と手応えをいただけた経験でした。
心のつながり
2022〜2023年、LSEのEMSBEに集まった35人。みんなの集まってお互いの意見を交わしたり、人生やキャリアについて語ったり、しょうもないことを言って笑い合ったりする時間が最高に幸せです。(あえて過去形にはしません。)
私たちの学び舎はLSEのなかにあるMarshall Instituteという研究科なのですが、その建物を出てすぐのところに学内パブ「George Ⅳ」(通称ジョージ)があり、授業が終わったらそこでいろんなことを話し合ったり、流れで夜ごはんを食べに行く時間を通して、心のつながりが育まれていきました。平均37歳のクラスなので公私ともに酸いも甘いも経験してきているし、ソーシャルビジネスが万能薬でもなければ、ソーシャルインパクトには功罪と不完全さがあることはみんなわかっています。
そんな世界中の仲間たちと、世界の真実とどう向き合い、少しでも良くしていけるかといった真面目な話から公私のよもやま話まで出来てしまうのはこの上なく豊かな時間です。
更には、このコースの目玉プログラムであるAltruistic Entrepreneurship Projectでは、35人が5人1チームに分かれてソーシャルビジネスをつくるプロジェクトワークを行いました。これだけ多様で夢のようなメンバーと一緒に、ただ授業を受けたりパブで話をするだけではなく、経験豊富な投資家・フィランソロピスト・アカデミアがパネルを務める模擬投資委員会にむけて事業案を作り込んでプレゼンをする起業家的チャレンジを出来たのは、めちゃくちゃ刺激になる時間でした。
ちなみに、2023年6月の集中授業モジュールのなかで行われたプレゼンテーションでは、アルゼンチン出身のFintech起業家、アイスランド出身の国連職員、サウジアラビア出身のAI博士、アメリカ出身の騎手&ソーシャルワーカーという多様性の塊みたいなチームで、金融包摂領域の事業案をプレゼンしました。
「AIを活用して金融リテラシーが低い債務者のリスク行動を特定し、早期にファイナンスコーチによる行動変容支援を行って完済率をあげ、金融機関の社会性と個人債務者の金融信用&ウェルビーイングを向上させる」事業だったのですが、私はChief Impact Officerとして、ソーシャルインパクト戦略・評価、財務モデル策定を軸足に、いつものボランチ業務全般(組織戦略、プロマネ等)を担当しました。
超ピークに忙しい時は、行動経済学の授業でおもっきりケースディスカッションやってるのにがっつり参加しながら必死にスプレッドシート開いて収支計画や財務ロジック組んだりしており、脳がはち切れるかと思いましたが(笑)、多分野の世界的なプロたちの力をひとつの方向に束ねる役割をしっかり担えたことは、間違いなく今後のキャリアに向けた大きな自信になりました。
(余談ですが、サッカー大好きアルゼンチン人チームメイトから「自分まじでセルヒオ・ブスケツやん!まさにボランチの鏡やわ!」と言われたことは、サッカー大好き職業人としてはこの上ない喜びとして、セルヒオ・ブスケツを尊敬する遠藤保仁選手に勝手に脳内変換して、しっかりと思い出の金庫にしまっておきます。笑)
それでも、いつかは
「この仲間たちの心と力、そしてLSEに集う知見やネットワークと一緒なら、まだ自分たちはこの世界の役に立てるかも知れない」
これらの濃密な学びとつながりの時間を経て、そう信じられるようになりました。
少し話が変わりますが、私は、実はLSEなど特に欧米系エリート大学が持つ箔付けや信用供与の社会的機能について少し複雑な気持ちも持っていました。エリート教育機関を卒業した事実が、一定の能力のベースラインとして記号化され、ある個人の資質への盲目的な評価が行き過ぎた文化資本の再生産や社会的機会のエリートへの過集中につながり、「強すぎる力」になっているかも知れない、と。それ故に、今回世界でも名が通る大学院で修士を取ることで、自分も力に溺れてしまったり、功罪の罪を助長してしまうのではないか、とよぎることもありました。
ですが少し前に述べた通り、私が在籍するLSEのコースでは、ある程度人生と仕事の経験を積んで酸いも甘いも味わってきた仲間たちと、ソーシャルインパクトを生み出す方法を考える以前に公共善について向き合う得難い経験が出来ました。
今ならば、その「強すぎる力」(前回のnoteでいうなれば「ガンダム」)さえも、「正しいこととは何か?」を探究しながら社会を前進させるためにきっと使える。使ってみせる。ガンダムの力さえも、乗りこなしてみせる。そう、心に刻んでいます。
今回の集中授業モジュールの最後に、同級生、教授陣、事務局スタッフが集うクラスディナーが開催されました。そこで、EMSBEのプログラムディレクターのStephan Chambers教授(元オックスフォード大学MBAプログラムのトップ、Skoll World Forumファウンダー)の挨拶のあとに、同級生を代表して答辞スピーチを担わせていただきました。
クラスディナーの会場に入って何杯かワインを頂いたあとに打診を受け、「なぜ、私?!」と思いつつ引き受けさせていただいたのでほぼ即興に近いスピーチだったのですが、概ね以下の内容を話させていただきました。
会のテンポを悪くさせないようにかなり簡潔に話したのですが、みんなから本当に大絶賛してもらえて非常に嬉しかったですし(日本語にすると普通っぽいのですが、ちょいちょい各教授陣のコア理論や名言を織り込んだスピーチにしました)、フォーマルな形で皆さんへの感謝を伝えることが出来て、自分としてもいい区切りの宣言が出来る機会になりました。
本当に長くなってしまいましたが、この世界にどれだけの複雑な課題がうごめいていようとも、そこに向き合っていくための知見と手応えとつながりを得られたことが、今回の冒険の最大の財産です。
「それでも、いつかは・・・!」
そう信じて、未来に向けて歩んで行きたいと思います。
まずは9月まで残り3科目の試験をクリアして12月の卒業式にいけるようにすることと、7月からはじまる仕事上の新しい役割をしっかり楽しんで貢献すること、そして何より、今回とんでもないサポートをしてくれた家族への感謝を絶やさず、子どもたちに背中を見せ続けていくことが当面の目標です。
大学院の最後の仕上げ、頑張ります。
余談:卒業式ですが、今回の集中授業の最後の打ち上げのカラオケ@Shoreditchで大号泣してしまったため、かなりの高確率でいじられることになるかと思っています。また、同級生のなかでこれからも誰かの結婚式等にかこつけたり、自分たちで学びとつながりのモジュールを組んで定期的に世界のどこかで集まろう!と話しており、そういう集まりにパートナーや子どもたち連れて行くのもめっちゃ楽しみだなあ、と思っております!