見出し画像

トマス・モア著『ユートピア』感想。ちょっとドン引く"理想郷"に見えるが、確実に『メタファー:リファンタジオ』のタネ本

 中公文庫トマス・モア著、澤田昭夫訳『ユートピア(改版)』を読みました。こちらは英語からの翻訳ではなく、ラテン語版からの翻訳だそうです。

 読んだ理由はシンプルです。アトラスのRPG『メタファー:リファンタジオ』に触発されました。同作プロデューサーの橋野桂氏やリードプランナーの木戸梓氏はこういう古典や神話をモチーフに作品を作るので、読んでおくと理解が幾重にも深まるのですよね。


『ユートピア』あらすじ

 英国の法律家モアは友人の紹介により、ラファエル・ヒュトロダエウスという男と知り合う。遠国ユートピアから帰ってきたばかりのヒュトロダエウスは同国の政治を絶賛してイギリスを批判し、モアは反論しつつもユートピア国の政体に興味を持ち、詳細を聞きたがる。ヒュトロダエウスはそれに応え、ユートピアの身分や政治、文化、技術、信仰、職業について語り始める……。

▲まさにこれ

『ユートピア』と『メタファー:リファンタジオ』

びっくりするほどユートピア!

 いや、思ってた以上に寄せてあってびっくりです。
 『メタファー:リファンタジオ』(以下『メタファー』)がびっくりするほどユートピアというよりも、『ユートピア』がびっくりするほど『メタファー』のタネ本になっています。
 たとえば本書中でヒュトロダエウスが職業や政治について熱弁を振るうくだりは、カタチを変えて『メタファー』に登場していますね。はい、登場人物が主人公の持っている幻想小説を読む場面です。

▲『メタファー』のモチーフは21世紀民主主義ですが

そもそも「モア」と「ヒュトロダエウス」という時点でプレイ済みの人間はニヤリと笑ってしまいます。ヒュトロダエウスというファミリーネーム自体、ギリシア語の複数単語を合成した造語で、以下の意味があるそうです。

「馬鹿者(専制君主)に対する批判者」「馬鹿話の達人」「馬鹿話の売り手」を意味し、エラスムスの痴愚神に対応。

中公文庫『ユートピア』P.264

 いずれの名前の意味も、ゲームを終盤までやっていればうなずけるはず。『メタファー』の「ユトロダイウス」という発音は Hythlodaeus の由来とされるギリシア語由来でしょうかね。
 また「ユートピア」という名前自体が「どこにもない島」を意味するのに対し、『メタファー』の舞台となるユークロニア連合王国は「時のない(国)」を意味します。以下の記事で指摘されているように『ユートピア』のユートピア国地図と『メタファー』も相似しています。

こんな理想郷はイヤだ、が、しかし

 さて、21世紀の民主主義や都市部での生活に親しんだ人間からすると、このユートピアはいろいろドン引きするポイントがあります。いくつか挙げてみましょう。まずは家や衣服について。

通りに面して長い一列に並んだ家並みは、向い側の家々の玄関から一望できます(中略)さらに扉は二枚戸で、手でちょっと触れるだけで開くようになっており、それから自然にまたしまり、だれでもはいれるようになっています。これほどにまで、どこへいってもプライバシーというものがないのです。

中公文庫『ユートピア』P.127

衣服の一様さ
(製服職もありません)というのも、衣服は、性別や、既婚未婚の別がわかるようになっているほか、全島を通じ、あらゆる年齢層にわたり同じ形をしているからです。

中公文庫『ユートピア』P.133

 結婚前に男女とも全裸になって互いを品定めする習慣とかもあるけど、特に強烈な箇所いきましょう。みんな集中してしっかり働きよく学ぶのですが、その理由はコチラ。

ああ聖なる社会よ、キリスト教徒の真似ぶべき社会よ
さて、これで、どこにいっても無為に過す自由とか怠慢の口実とかいうものがいかにないかおわかりでしょう。居酒屋もビヤホールもなく、どこにいっても売春宿はなく、堕落する機会も、隠れ場所も、密会所もなく、かえってみんなの目がどこでも見ているので、人々はどうしても平生の労働に携わるか、または不名誉ではない閑暇を楽しむか、そのどちらかを選ばざるをえません。

中公文庫『ユートピア』P.152
▲キリスト教徒の真似ぶべき=キリスト教徒もやらんわ、と解釈できる

 いっぽうで、「このユートピア怖い」って思う箇所の前後に「16世紀としてはずいぶん先進的だな」という発想が飛び出すのも本書の特徴です。たとえば宗教について。

だれでも自分の好む宗教を信奉してもかまわないこと。他人を自分の(宗教)に引き入れてもかまわないが、そのような努力は、自分の(宗教的確信)を温和に慎み深く合理的根拠をもって論証し、他の(宗教)を手荒に攻撃せず、説得で納得させられないからといってもいかなる暴力も講師せず、悪口暴言をひかえる限り許されること。

中公文庫『ユートピア』PP.221-222

  ここだけ読むと『メタファー』の幻想小説みたいですよね。ま、この直後に「魂は肉体とともに滅びるとか、世界は神の摂理なしで動いていると考える者はこの国では人間扱いされず、役職も与えられず、生まれつき怠慢のろくでなし扱いされる」という一節がついてくるのが『ユートピア』です!

▲この像は『真・女神転生2』のニャルラトホテプに似てる

トマス・モアのホントの思想とは

 読んでて「トマス・モアとは友達になれなさそう」って思うパートも多いのですが、同時に500年前の人とは思えないほど先進的・人道的なパートもたくさんあります。
 たとえばP.240の「鍛冶屋や百姓など、この者たちがいないと社会が1年も持続しないような人たちが骨身を削り、しかも乏しい生計しかたてられず苦しんでいる」という一節は、まるで2020年代のエッセンシャルワーカーの待遇の悪さを指摘しているかのようです。

 いっぽう、ヒュトロダエウスは著者トマス・モア自身の意見を代弁しているのかと思いきや、作中のモアはヒュトロダエウスに反論しようとして黙っていますし(P245)、どんな哲学者にでも何らかの難点は見いだせると語っています(PP248-249)。
 また、訳者あとがきで澤田昭夫は以下のように書いています。

『ユートピア』と俗称される書物を平板的に(「詩と書簡」を熟読せずに)読むと、ユートピアといわれる島国の社会秩序がモアの考えていた理想的社会秩序に他ならないと誤解する。モアの理想とした労働条件は一日六時間労働だったと断定したりする。

中公文庫『ユートピア』P.304

 澤田は以下のようにも書いています。

ヒューマニスト的古典教養のある読者には初めから解っているのは、ユートピアは「ないところ」であり、その島の実在の証人、この社会秩序の目撃者ヒュトロダエウスは「うそ博士」だということである。しかし、オルターナティヴの虚構社会、哲学的な無の世界に託して人間的社会実現のために道徳哲学の根本問題を提起し、(中略)私利私欲で凝り固まった社会をみんながみんなのことを考える公共社会にどうしたら転換できるか、そういう久遠の問題について読者に考えさせること、これがモアの執筆意図であったと思われる。

中公文庫『ユートピア』P.308

 この部分は、ゲーム冒頭のモアの問いかけのようでもあるし、政治を語る人々を見て元騎士ヒュルケンベルグが語っていたメッセージのようでもあるし、ゲームを終盤までやった人なら納得いくフレーズも潜んでいますね。
 書籍の著者が嘘をついてることも考えて、我々は本を読む必要がある。

ゲームを読み解くための本はたくさんある

 ちょうど2月5日に筑摩書房から出た「RPGのつくりかた 橋野桂と『メタファー:リファンタジオ』」という本があります。数年かけて橋野桂氏に直接インタビューすることで構成した肉厚の書籍ですね。

 そちらが『メタファー』のRPG制作段階・チーム管理・ストーリーの盛り上げ方といった実際的なメソッドを語っていたのに対し、『ユートピア』は『メタファー』のストーリーにおける思想や段階の骨子になっているといえるでしょう。
 そして古典の名作には時代を超えた普遍性があります。16世紀の人間が書いた思想にここまで賛同したくなったり、逆に反論したくなるとは思いませんでした。アトラスファンとして、読んでおく価値はあります。

 ちなみに『ホビットの冒険』『指輪物語』も原作で読んでおくとさらに『メタファー』の理解が深まるんですけど、関係なくなるのでこの話はここまでだ!

いいなと思ったら応援しよう!

モト田中
ゲーム代とサッカー観戦費に役立てます