[小説]人肉食が当たり前のどこかの世界
「あのー、すいません、アカチの漬物ってまだあります?」
がやがやとした店内で背筋を伸ばして店員に声をかけると、白くてなまめかしい首をぐりんと回して、つやっとした黄色の猫目が振り返った。
「ごめんなさい、もう今日は無いんですよ」
申し訳なさそうに3つ目の腕をうねうねさせて、店員が謝る。あらら、と私は残念な心持ちで席に向き直ると、友人に「アカチって何なの?」と聞かれた。
「知らない?人間の幼児を漬けたやつ。大人の肉より断然柔らかくて美味しいんだよ。ちょっと珍しいから見かけたら絶対頼んじゃうんだよね」
「えー、知らなーい」と友人のピピはヒゲをピクピクさせて笑った。
「それってさ、私たちだったら自分らの赤ちゃんを漬物にされてるってことでしょ?怖くない?グロすぎるじゃん、無理」
ピピが楽しそうに無粋な質問をする。この友人はこうやってただの思考実験として、ちょっと捻った問いかけをよくしてくるのだ。
別に巷のヒューマニストのように「人肉食反対!」などと横断幕をかかげて街を練り歩くような"うさんくさい"やつではない。集団で生活をする生き物で、懐っこく管理しやすく生産しやすいし、人間だってこっちのおかげで種の繁栄が保たれている。
「まあそう考えるとグロいけどさ、生きていくことって究極、種の繁栄でしょ?人間がここまで繁殖してるのってある意味勝ちだと思うよね…。あ、待ってお前"子持ち昆布"食べてるじゃん!」
グラスを持っているので余った6本目の指でピピが口に運んでいるものを指摘すると。ぐふ、とピピが笑って子持ち昆布を吹き出した。
「おい、汚ねえな。あ、植物食反対!!植物の合意を尊重せずに勝手に食べている!!」
よく聞くヒューマニストたちの言い分を咄嗟にトレースすると、ピピは「やめろよ」と言ってさらにゲラゲラ笑って、普段は収納されているツメとキバを剥き出しにして笑った。鈍く光るそれを見ていると本当におかしくて笑ってくれてるというのがわかって、いつも嬉しい。
いつの間にか時刻は深夜の37時を超えていて、明日も仕事があるというのに離れがたい。ピピとはずっと腐れ縁で、あと何百年もずっとこうしていられたらなと思う。