見出し画像

「女だけどゲイアプリ入れてるよ〜」



 ゲイバーでしっぽり飲んでいた時のこと。
 
 あたいの隣に座っていたお客の女性がスマホを見ながら、

「あっ、〇〇も近くにいる! 今日飲みに来てるのかなぁ、どこで飲んでるんだろう〜」

 と楽しそうに独りごちっていた。


 その女性とは初対面だったものの、なぜかいきなりあたいに「お兄さんゲイですかー?!」ってちょっとダル絡みしてきて(ゲイバーで一人でキープボトルで飲んでたらゲイなのよそれは。察してよネッ❗️)、あたいも「あらあら酔っ払いさんめ……☺️」と思ってテキトーにお返事しようとしたけれど、話しているうちに互いに共通のゲイ友がいることが分かったので奇跡的に打ち解けたちょっとおもしれー女だった。あとそいつ全然シラフだった。すげぇよシラフで知らんゲイに絡む胆力。つよいね。

 まぁ平日の夜に一人でゲイバーに来るような場慣れのある女性なので、彼女は昔風の言い方でいわゆる《おこげ》ってやつなのだった。あたいの働いていたゲイバーにも同性やノンケよりもゲイの友達の方が多いって女性客は多く訪れていた。そういう人は別段珍しくもない。いつの時代でもオカマにはおこげがつきものなのだ。

 この彼女の年齢は知らんけど多分同年代で、そして「ホストよりゲイバーの方が面白い」と言っていたので、飲み歴も長い人なんだと思う。色恋のないゲイとの関係の楽さや、ゲイバーの方がホストクラブより良心的価格ってのも、彼女にとっての居心地の良さに繋がったんだろうね。

 余談で、なおかついらないお節介なんだけど、ホスト遊びも楽しいんだろうけどさ、若くして借金こさえて、メンタルも体も人生設計もぶち壊してまで誰かに入れ込むよりさ、場末のゲイバーでオカマと一緒に安酒飲んで共に肝臓と脳みそぶっ壊した方が気楽なんじゃないかなって、あたいは思う時があるの。

 だから女性歓迎のゲイバーに来ている女性に対して、あたいは場違いだとは感じないし、ここに流れ着いた彼女たちの話を聞いて色々共感と同情をしたり、しなかったり、どうでもよかったり、面白かったりするの。


 まぁとにかく、スマホを見ながらゲイ友らしき人の名前を出して「近くにいるのかなぁ」と呟く彼女に対し、あたいは「なに?お友達のゲイ?その子がこの街に飲みに来てるってストーリー(Instagramのリアルタイム投稿のようなもの)でもあげてたん?」と問い返した。

 すると彼女は首を横に振って、スマホの画面をこちらに見せてきた。

「いや、〇〇〇〇(大手ゲイアプリ)でその子の位置情報がこの近くにあるから、ここら辺にいるのかなと思って」


 それは、ゲイだけが登録し、顔写真や位置情報を載せて近所のタイプの男とリアル(出会い)するゲイ専用マッチングアプリのロケーション画面(地図上から近くのゲイの写真とメートル距離がわかる画面)だった。


「えぇ!? あんた〇〇〇〇登録してんの? なんで?」

 あたいはバチくそビビり散らかして、狼狽えながらそう問い返した。

「だって近所や職場にもゲイがいるのかなーとか見るの楽しいし、ゲイバーに飲みに来た時に友達が近くにいるのわかったら誘いやすいじゃん」

 素っ頓狂に、悪びれもなく彼女はそう話した。

「そんな天然記念物探しみたいなノリで……。だからって女性が登録するようなもんじゃないでしょ」

「そうかなぁ」

「そうよ。みんな普段はカミングアウトせずにこっそり生きてるゲイが、お互いに秘密厳守で出会うためのゲイ専用アプリなのに……ていうかどうやって登録してんのよ」

 彼女のスマホの画面を見せてもらうと、アイコンにはめちゃくちゃ綺麗な腹筋の写真が載せられていて、プロフ(身長体重年齢)はテキトーにそれらしく書かれたものだった。

「これ友達のゲイの太る前の写真。カラダだけだしアプリで使っていいって言われたから、プロフ画像はこれにしてるー」

「あらぁ〜……ってことは、友達もみんなあんたが〇〇〇〇(ゲイアプリ)に登録してること知ってんの?」

「うん、そうそうー」と彼女は答える。

 周りのゲイ友達も咎めなかったんだ、とあたいはびっくりパンナコッタした。

  
 この彼女の行動の肝心なところは、なんの悪気もないということだ。

 
 そして彼女自身、ゲイ当事者とまったく関わりを持たない人間でも、内情をまったく知らないというわけでもない、むしろゲイ当事者と距離の近い仲間内の人間側であることも、この問題の根深い要因になっている。

 つまりこれは昨今のーー日陰に隠れていたゲイ文化やLGBT当事者にスポットライトを当てた際の弊害と、悪意がなくともマイノリティの実態を知ろうとする興味関心の無邪気さがどういう脅威になるか、という危険性を示唆している。



 あたいは以前Twitterにも書いたし、出版社やメディアのインタビューでも何度も触れて、コミックエッセイ単行本では書き下ろしで詳らかにしたけれど、職場でゲイであることがバレて、さらにはそれを上司に報告され糾弾されたことで会社を辞めている。

ここから先は

3,675字

ここはあなたの宿であり、別荘であり、療養地。 あたいが毎月4本以上の文章を温泉のようにドバドバと湧かせて、かけながす。 内容はさまざまな思…

今ならあたいの投げキッス付きよ👄