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射精恐怖症の男性と、発作的にくる性的倒錯。

 タイトルに書いてあるので分かるとは思うけれど、性的な話になりますわ。

 彼自身は笑い話として語っていた記憶があるけれど、今思うとこれは切迫した思春期の経験だとあたいには感じられます。内容もすけべで面白いというより、男性特有の悩みや男性機能にまつわる苦しみを取り上げていくので、きんたまのある人もそうでない人もぜひ読んでちょうだい。



 あたいがゲイ風俗で働いていた時、現役大学生同士で仲良くなったボーイがいる。年は四つか五つ違いだった気がする。忘れた。けど学年は二つ先輩だった。

 彼をここでは執筆の便宜上、エスと呼ぶ。

 あたいが執筆してきた連載noteおよびコミックエッセイ「ゲイ風俗のもちぎさん(KADOKAWA)」シリーズでは、彼は登場していない。

 けれど、あたいが大学に入学してすぐの時期に、右も左も分からない学生生活について話ができた限られた同僚だったので、強く記憶に残っている。

 彼とは学校は違った。彼が通っていたのは語学系の大学だったので、学びの様式も変わるし、あたいの専攻とは共通点が一切なかった。けど不安だった履修の取り方とか、就活に向けて何をしているかなどの話はとても参考になった。

 たとえば、彼が「あたしみたいに英語と中国語がペラペラに話せても就活は厳しい。今や語学力なんてスタンダードでしかないから」とか話していたので、身が引き締まる思いをした覚えがある。

 あたいらの時代の大学生は、入学してすぐに就活のための準備をする。今もそういう子が多いかもしれないけれど、とにかく資格の勉強や、効率のいい単位取得(楽単)とGPAの高め方、希望業界の研究、就活に向けてガクチカのエピソードを固めるために課外活動に奔走したり、二年時からインターンやOB訪問してる子もいた。

 勉強しに行っているはずなのに、社会人準備としての色が強い学生生活。なんだか玩物喪志な思いがするけれど、当時のあたいももれなくその傾向の最中にあった。とにかく大企業を希望し、安定を望み、上昇志向を募らせ、一生結婚もしないゲイ一人なので地盤の固い定職を求めていた。

 ま、今やその時のあり方に後悔のあまりもう一度学生してるし、なんならドがつくほど不安定な作家業にありつかせてもらってるんだけど、そういう紆余曲折を経て大人になった現在がまぁまぁ楽しい。

 それはあたいが大人になって視野が広がったからだろうか。それとも「何者かにならなければならない」という上昇志向を脱却することで(もしくはそのレースから脱落することで)足るを知ったからだろうか。あるいは自分の歩むべき道が明確になったからか。

 とにかく、そんな時代の学生だったので、学歴を得たからには大企業への就職意欲のある若者が、少なくともあたいの周りには多かった。

 エスも上昇志向に溢れていて、「いつかバリバリ稼げるようになったら、あたしがオトコを侍らす側になってやるの。今はアタシが売って奉仕してる側だけど」とか言っていた。


 その発言の内容はともかく、彼は努力家で、さまざまな準備を虎視眈々としている子だったし、クレバーだった。

 たとえば、ゲイ風俗の報酬で得ているものが、若さやリスクを還元して得ているものだということにうっすらと危機感を持っていたし、自覚をしていた(といってもそれでも性風俗に従事する時点で、そこで働く選択をとらない人にはおバカには映るかもしれないけれど)

 だからこそ、ゲイ風俗は自由な出勤形式で学生バイト以上の収入を得られる代わりに、何もかもが一時的で、一過性でしかないことを彼は知っていた。収入も、肯定感もだ。そして行く末には定職で稼げるようになることをゴールに置いていたので、その姿勢があたいにも共感できた。

 あたいら学生ボーイには、もちろん不確定で、努力や景気という時流を要するものの、そういう具体的な方向性が見えていたので、流れ着くままに入店して、アテもなく専業で働いていると話す子よりも精神的に安定できて、恵まれた立場にあったと思う。

 当時のあたいはそこに無頓着で、あまり実感を持って気づけていなかった節もあると自省している。(コミックエッセイ・ゲイ風俗のもちぎさん一巻で“専業ボーイを怒らせた話“を参照)

 そしてその上昇志向のせいで、入社してすぐに鬱になって退職するのだけれど、それは別の話。


 
 話をエスに戻すと、エスは勉強だけじゃなく自分磨き全般に如才なく、お泊まり明けだろうと、すっぴんでほつれた私服を着ているところも見たことがなかった。彼は今で言う《美容系男子》だった。

 なので常にキラキラしていた。
 物理的にも、そのあり方にも。

 ファッションは百貨店のメンズ館に入っているようなハイブランドを好んでいて、メンズラインのデパコスをいくつも持ち、海外セレブがやっているような美容法を取り入れたり、高級なボディーソープとか石鹸を使ったりしていた。いつも美意識が高かった。

 美容を意識していない同年代に比べると、彼の様相は一線を画していてしていて、まるで歩く宮殿。頭の先からつま先までベルサイユ。あたいの密かな憧れでもあった。

「きのうのロング(お泊まり指名)で行ったシティホテル、すっごい綺麗だったわ。アメニティもロクシタンで最高よ。ほらこれもちぎにあげる」

 そういって彼はあたいに化粧水かなんかが3本入っているセットや、アメニティの封がついたままのボディーソープをあたいにくれることがあった。あたいはそれを「キリシタン? ブランド? なんかよく分からんけどありがとー」つって家でジャバジャバ使ってた。

 彼は「あたしにはこだわり(いつも使ってる化粧品など)があるから使わないけど、もったいないからもちぎにあげるの」なんて言ってたけど、多分アメニティを見かけた時から(誰かゲイ風俗の後輩たちにあげよう)と考えていたのだろう。そういう先輩気質の人だった。


 そんな彼が唯一文句や不満を漏らすと言えば、肌トラブルになりそうなイベントや行いについてだった。

 たとえば、ゲイ風俗のお泊まり(ロング指名)では、お客様と夜から翌朝まで過ごすので、開始時間が遅くない場合、夜ご飯も供にさせていただく。

 ホテルや小料理屋でいただくこともあれば、居酒屋や焼肉屋でお客様と一緒に食べ呑みすることもあるし、その足でゲイタウンに出てゲイバーに出ることもあるだろう(店によってはボーイのゲイバー同伴を禁じているところもある)

 すると、夜更かし・脂っこい食べ物・お酒という肌トラブルの要因がてんこ盛りの1日になる。

「あんたらはまだ若いから平気だろうけど、あたしくらい年増になったらもう焼肉で一気にダメよ。ホテルの部屋は乾燥するし、油で胃が荒れるしで、次の日はボロボロ」

 エスが二十代半ばでそんな風に人生の先輩風吹かせていたのは、彼なりの10代や20歳くらいのボーイの前での謙遜や自虐だったのだろうけれど、実際あたいも数年ゲイ風俗で勤めていると、お泊まり指名の連発などが若い頃に比べてできなくなってくるのに気づいた。

 あと、これも店によるけど、「お客様の夢を壊してはならないから」という理由で、初回のお泊まり指名の際には髪を洗ったりすることを控えることもあった。髪のセット(化粧しているボーイの場合は化粧も含める)が取れてしまうと、お客さまが幻滅する、というかまぁクレームがあったりするのだ。

 常連の方の場合はあたいもガシガシ頭を洗うし、ぶっちゃけ初回の人の前でも全然「ワックスしたまま寝たら肌荒れるんでシャンプーしてきまーす」とか言うようにしてたけど、律儀に守れば普通にハゲる。


 あとはまぁ毎日シャワーを何度もお客様と一緒に浴びたり、ラブホの安いボディーソープや、肌に合わないベッドシーツと何度も擦れるような動作をする業務内容なので、肌はとにかく痛めつけられる。


 綺麗にあらなければならないけれど、美容を乱す要因に囲まれる仕事。
   それがゲイ風俗含む、性風俗の常だとあたいは思う。


 エスは、そのせいか、しょっちゅう肌トラブルへの不安を愚痴っていたように思う。

 そしてある時、こういうことも呟いた。

「あたし、イキたくない(射精したくない)のよね〜」


 あまり射精したくないというボーイはわりと多い。

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ここはあなたの宿であり、別荘であり、療養地。 あたいが毎月4本以上の文章を温泉のようにドバドバと湧かせて、かけながす。 内容はさまざまな思…

今ならあたいの投げキッス付きよ👄