求めるモノ
最近、自分の身体の調整のために、とある施術院に通うようになった。
コーヒー好きな私は、新しい街へ行くことになるといつも、その街の美味しいコーヒー専門店を探して行くことを楽しみにしている。
その施術院がある街はかなりの都会だったので、方向音痴な私は、あまり目的地から遠くないところにあるチェーン展開のコーヒー店をネットで調べておいた。
が、実際に行ってみると、ナビゲーションマップ上ではあるはずのところにお店がない。
施術院を紹介してくれた方が、よくそのコーヒー店で予約時間までの時間調整をしていたと話していたのでないはずはないのだが、辺りをぐるぐる回っても看板すらない。
店内でゆっくりコーヒーを飲みつつ読みかけの小説を読もうかともくろんでいたのに、探し回っているうちにコーヒーを味わう時間すら危うい感じになって、気持ちは焦る。
その時、ふと、「Roast Coffee」の文字が書かれた看板が目に入った。
行こうと思っていたところとは違う、コーヒー専門店だった。
あ、そうか。
夢から覚めた気分だった。
よくよく辺りを見回せば、そこだけでなく道の向かいにもコーヒー店があり、そういえばさっき通り過ぎた道沿いにも、コーヒー店があったことを思い出した。
私は美味しいコーヒーを飲むことが目的であって、べつにそれは、当初行く予定だったコーヒーチェーン店にいかなくても目的は果たせるのだ。
店の外に出ているメニュー表でコーヒーのバリエーションを確認すると、私は偶然見つけたその店に入った。
店内には木々の植え込みがあり、シンプルな内装と高い天井が心地良い。小さな子ども連れの親子がいたり、書き物をしたり本を読んでいる女性がちらほらいたりして、くつろいだ雰囲気があった。
メニューはコーヒーだけでなく、ソフトドリンクや小さな焼き菓子やサンドイッチなどもあって、思わず目移りしてしまう。
コーヒーも、同じ豆でも煎り方を選べて味の違いが楽しめるようになっているようで、店員さんとの会話にもわくわくした。
そして、ハンドドリップで淹れられた浅煎りのコーヒーは、香りもさわやかで酸味がたつ私好みの味だった。
親子連れが帰り際、店員さんとあいさつをしていく。
ばいばい、また来るね!
自然と笑顔になる。すると、ちょっと離れた真向かいに座っている女性客も、ふっと笑っていた。
ずっと難しい顔で本を読んでいたけれど、笑顔になると優しげで柔らかい感じになった。
私は、むしろ行こうとしていた店が見つからなくてよかったのかも知れない、と思った。
ただまっすぐに目的のところをめざすのもいいけれど、それでは見えないモノもある。
目的の本質をきちんととらえて、もっと広い視野で見回せば、もっともっといろいろなモノが見えてくる。
迷子になるのもいいもんだ。
不慣れなこの街が、少しだけ身近に感じられた。
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