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事故は風化しても、消えないもの

救急隊は予想を超える場面に遭遇することがよくるが、経験を重ねるにつれて耐性ができる。

良くも悪くも人間は慣れるのである。

仕事柄、悲惨な現場を見ることが多いからこそ、自分の子供のが発熱や痙攣を起こしても動じることはない。


僕が不在のときに長女が痙攣を起こし、嫁さんが救急車を呼んだことがあった。

事後の報告を受けた僕が「慌てることは無かったと思うよ。」と言ったことに対して、冷徹人間のような扱いをされたことがあった。(今もされている可能性大)


話を元に戻そう。

僕が消防士になって4年目、初めて後輩Bと同じ隊になった。

一番下っ端を卒業することができて嬉しかったが、その後輩Bは長身でイケメン、さらに体格も良く悠々とした歩き方にかなり特徴がある、なんとも後輩らしくない後輩なのだ。(ただのヤキモチ)

ある日の日課訓練を終えたころ、出動指令が鳴った。

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出動指令 「10代女性、交通事故。顔面から出血」

出動先 ○市〇町123△大学前道路


私立大学前に出動ポイントが落ちている。

付近は混雑していた。

運転する救急車が一般車両をかき分けるうちに状況が見えてきた。

車の後部ガラスが割れ、小型のバイクが転倒している。警察官の誘導のもと、近くの駐車場に停車した。



警察官が指をさす方にタオルで顔を押さえた女性が立っている。

後輩Bが急ぐ様子もなく、いつも通り悠々と歩いていった。あいかわらずだ。

僕は担架を準備してから後輩の後を追った。



ちょうど、Bがケガの程度を確認していた。顔面を押さえるタオルに血が付いているが、命に関わるような大量出血ではないようだ。

女性は傷を見せるため、顔を押さえていたタオルを外した。

すると、、、

少し遅れて、顔面の左半分の皮がベローンと垂れ下がった。

僕はプロとして驚きの感情を押し殺したが、Bはそんな技術もなく飛び跳ねた。リアル黒ひげ危機一髪みたいな、コメディ的な跳ねだった。


バタン。

救急車のバックドアが閉まった。

ガタイのいい救急隊員が飛び上がったのを見たからだろう、本人はとても不安そうにしている。

顔面の傷を被覆しているとき、女性が「どれくらいの傷なのか知りたい。」と言い始めた。

「左耳から、左目、鼻、口の辺りまで切れて傷があります。前歯も折れていますよ。。。」

女性は無言だった。



近くの救急病院へ向かう途中、Bと女性の会話が聞こえてきた。

女子「傷見せてもらえませんか。」

後輩B「救急車には鏡がありませんので...」

女子「スマホで撮って下さい。」

まだ気持ちの整理がついていないだろう女性に、現実を見せることが正解なのか...

なんとも言えない雰囲気が伝わってきたが、ちょうどそのタイミングで救急車は病院の敷地に入り、そのまま医師へ引き継ぎとなった。


帰り道。

Bは初めて見た外傷にびっくりしたと言ってたけど、記憶も風化されるし、次第に耐性もできていくんだろう。


しかし、これから人生を迎える10代の女性にとって現実は余りにも厳しいと思ったり。


事故の傷はその記憶を風化させてくれないだろう。

僕も交通事故を見ると、あの時飛び跳ねた後輩Bの姿を思い出してしまう。

今でも。




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