スズメバチと戦う隊長
消防署にハチ防護服という宇宙服のような服がある。
その名のとおり、ハチに刺されないように防護するための服なのだが、出番は滅多にない。
というのも、ハチ駆除は本来は消防の仕事ではないのだ。
普段は役所の担当課が駆除を行うのだが、土日祝など担当課が休みの時に我々が行くことがある。
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出動指令 「ハチ駆除、スズメバチ」
出動先 ○市〇町456
僕は使い慣れていない防護服を消防車に乗せて、現場に向かった。
助手席には年度内で退職を控えた "せっかち" な隊長がいる。
現場は管轄の外れにある小屋だった。
サラリーマン農家をしてる方の通報で、久しぶりに畑にきたら小屋の軒下にハチの巣ができていると言うのだ。
駆除の流れは、ハチ防護服を来てハチにスプレーを噴射、その後ハチが弱ったところで巣を根本からカマ等で切断しビニール袋に入れる。
隊長の指示でハチ防護服の着装を始めたが、背中越しに隊長の''せっかち''オーラが伝わってくる。
僕が防護服を着装してる最中、隊長はカマとビニール袋を手にしてスタスタと歩き始めた。
「え?」
せっかちにも程がある。僕は手袋を着けながら後を追いかける。
完全防備の僕と、無防備な隊長がハチの巣の前に到着、巣は30cmくらいの大きさである。
飛び回るハチ。
改めて、スズメバチってデカイ。
しかし、隊長は躊躇することなくハチの巣にカマを振りかざした。
抵抗するスズメバチを振り払うのに手こずっている。当然だ。
そりゃそうだ!
と心の中で言いながらも僕は後ろから隙を見てハチノック(ハチ駆除専用スプレー)を噴射して援護した。
数分後、数10匹ハチと丸いハチの巣がビニール袋の中に納められた。付近にはハチの死骸が散らばってる。
隊長は数カ所を刺されたようだが平静を装って通報者に作業終了の報告をしていた。
署に戻り片付けを終えた頃、隊長の手の甲を見るとミカンが乗っているかのようだった。それぐらい腫れ上がっていたのだ。
その他に背中も刺されたらしく、仕事を終えてから病院受診になった。
戦いに勝って負傷したのか。ただの怠慢なのかよく分からないかったけど、消防隊が負傷するのは良くない。ハチと必死に戦う姿にも、なぜか男気を感じない出来事だった。