ゴミ屋敷の壁に
出動指令「50代男性、動けけない。」
出動先 ○市〇町1-2-3
「おいおい、またアイツだよ。」という後輩隊員の心の声が聞こえた。
そこには管内で有名なAという男が住んでいる。
僕がこの管内に異動してきた3年前から、Aは119番をするようになった。
Aは足が悪くて生活保護を受けているのだが、その足で酒を買いに行くこともできる、何とも不思議な生活を送っている。
そして、酒を飲んでは体調不良を訴えて救急車を呼ぶ、いわゆる常連さんなのである。
さらに、Aはタクシー代わりとも呼べる救急車利用をするするだけでなく、受け入れた病院でも暴言を繰り返しブラックリストに載るような、やっかいな常連さんなのである。
Aはとんでもないゴミ屋敷に一人で暮らしている。
室内は少しの生活スペース以外はゴミが高く積まれて、ビール缶やペットボトル、酒瓶が所狭しと転がっているのだが、蓋つきの容器の中には何やら茶色い液体が入っているのだ。本人に聞いたことはないが、その生活様式から推測すると、Aはトイレに行くのが面倒なのだろう。
ある日の救急現場でAは怒っていた。
「動けないから病院に連れていってくれ。」
病院に行きたいと言われても、症状がないと救急業務ではない。
一通り血圧測定など観察をしても異常がないので、病院の診察時間内に受診してください。と対応するしかない。
それに納得いかなかったのだろう。
いろんな暴言を吐き散らしていたが、最後に「クソ公務員が!」と言っていたこと以外内容は覚えていない。
暴言を吐かれるこは度々あるし、大したダメージもないのだが、経験の浅い後輩隊員がイラついているのは分かった。
Aは何回もこのようなこと繰り返してきた。
生活状況から推測するに、入院することが快適なのだろう。食事も、お風呂も、日常の面倒を見てくれる場所はパラダイスなのだろうか。
そんなAには絶縁した(された)家族がいる。
救急搬送する際に、本人の家族に連絡するのは至って普通のことなのだが、その家族にすら怒鳴られたことがある。
「何度も電話してくるな、縁をきったと言ってるだろ」
我々も暗い気持ちになりそうである。
さて、そんなこんなで3年が経つのだが、Aからの119番は今も途絶えていない。
つい先日も、A宅に出動した。
何か様子がおかしい、Aの室内が少しだけ片付いている。
室内に高く積まれがゴミの山が半分くらいになって、始めて壁をみることができた。
壁には昔の写真やギターが飾られている。
真ん中には茶色く汚れた紙が。
一部めくれたり、破れたりして年季を感じたが、そこに書かれている文字はハッキリ読めた。
「己に打ち勝て」
そこには、手書きの熱いメッセージが書かれていた。
おそらく、何年も何年も前に自分へ書いたメッセージなのだろう。
これを見て心を奮い立たせたのか?
一瞬だけAの努力する姿が頭に過ったが、Aが歩く際にかき分けた空缶の音が僕を現実に引き戻した。
それから、Aはいつもと変わらず酒の匂いをプンプンさせながら救急車に乗りこむ。
人は簡単には変わらないという言葉を思い出した出来事だった。
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