冗談抜き
○みなと回転寿司・店内(夜)
カウンター・テーブルどちらも埋まっている店内。
鮫島、カウンター内で寿司を握り、客に提供。
鮫島「へいお待ち!寒ブリでーすどうぞ」
客「今日、生牡蠣あんの?」
鮫島「ごめんなさい、生牡蠣終わっちゃったんですよ」
客「あぁ、そっか、じゃあ、真鯛ちょうだい」
鮫島「真鯛ね、あいよ!」
カウンターでメニューを見ながら寿司を選んでいる飯島蓮斗(7)とその母。
母「蓮斗、マグロ食べる?」
頷く蓮斗。
母「すいませ〜ん」
カウンター内の鮫島が対応する
鮫島「あいよ!」
母「あ、あの、マグロを、サビ抜きでいただけますか?」
鮫島「サ、サビ抜き!?」
母「はい、サビ抜きで」
鮫島「冗談いっちゃいけないですよ、奥さん。私たちはね、寿司だけじゃなく、わさびまで丹念込めて握ってるわけですよ、しかもこのワサビ、小さいお子さんも食べやすいように、ツンとくる辛さを控えて控えて何度も試行錯誤重ねてできた辛さと甘さのバランスが整ったこの世でたった1つのワサビなんですよ。他では味わえないこの味、お子さんもぜひ召し上がったら、病みつき間違いなし、ね?どうです奥さん、わさびありで、握って良いですか?」
母、蓮斗の方を見て
母「どうする?」
れんと、首を横に振る
母「すいません、やっぱ抜きで」
鮫島「いや、いやいや、あの説明聞いて、いやいや、それは、おい坊主、俺の話ちゃんと聞いてたか?」
母「ちょっと、人の子に坊主ってなんなんですか」
鮫島「これは失礼、だがね、俺の話、奥さんも聞いてたでしょ?ね?あの話聞いて、奥さんもちょっとはワサビ、食べてみたいなと、そう思ったでしょ?」
母「……」
鮫島「ね?そうでしょ?奥さんが思ってるならお隣のご子息様もそう思っているに違いない、そうでしょ?坊っちゃま、さっきは冗談ですよね?」
蓮斗、首を振る。
母「本心です」
鮫島「ふざけんじゃないよ!俺がこんな熱持って説明してんのに、このガキ、まだ冗談言うか!」
母「ガキ!?」
鮫島「あぁ、ガキだよ!生牡蠣よりガキだよ!」
客「え?生牡蠣あんの?」
鮫島「すいません生牡蠣終わっちゃったんですよ〜」
母「帰ります、行くよ蓮斗」
と、席を立ち上がる。
鮫島「ちょっと!いやいや、冗談よしてください」
母「冗談抜きです。サビも抜けないあなたには分からないですよね」
鮫島「あぁ?」
奥の方から、他の職人たちが近寄って来る。
職人「(母に向かって)お客様、どうされました?」
母「この人、サビ抜きで寿司握ってくれって言っても握ってくれないんです」
職人「お前、無駄なこだわりはよせって言っただろ!(母に向かって)すいません、今、サビ抜きのネタ、僕が握りますんで、何を頼まれましたか?」
母「もう結構です」
職人「いやでも」
母「周り見てください、みんなこっち見てる。こんな注目された中、食事なんかできたもんじゃないです!私はただ、蓮斗のサビ抜きお願いしただけなのに、サビ抜きお願いしただけで、こんな見られると思わなかったです!」
蓮斗、怒っている母を見て、怖くなり泣き出す。
母「蓮斗、蓮斗!……ちょっと、蓮斗泣かせるって、どういうつもりですか?」
職人「いや、私たちは、泣かせたつもりは」
母「はぁ?あんたらが最初から素直にサビ抜き出してれば、蓮斗が泣く事なかったんだよ?ねえ?そうじゃない?」
職人「……はい」
母「あんたらのくだらないプライドが、一人の未来ある少年を泣かせてんだよ!もっと自覚しろよ!」
周りの客、引いた目で母を見ている。
母「てかさ、いつの間にか私がヤバい奴になってない?」
職人「なってます」
母、疲れて再び席に座り込む。
そこに、そっとマグロを出す鮫島。
職人「お前、何してんだよ」
鮫島「せっかく来たんですよ。奥さん、いいですよ、これ僕の奢りで。なんでどうか1口、1口というか、そのまま一気に食べてみてください」
母「……」
職人「すいません、今下げますね」
と、マグロを下げようとすると、
母「食べれないんです、マグロ……」
職人「え?」
母「私、マグロ、食べれないんです……子供の頃、家族で行ったお寿司屋さんで食べた時に、じんましん出ちゃって、それ以来口にする事はなく。ただ、その時食べた味が本当に美味しくて、今でも忘れられないんです、あ、冗談抜きで。だからこうやってお寿司屋さん来た時は食べたくなるんですけど、息子に代わりに食べてもらうって決めてて」
鮫島、マグロの皿を、蓮斗の前にずらす。
鮫島「食べてみ」
目の前に置かれた皿を見つめる蓮斗。
職人「おい、サビは?」
鮫島「入ってないです」
蓮斗、恐る恐るマグロを手に取って、醤油をつけ、口に運ぶ。
緊張の面持ちの鮫島と職人。
蓮斗「……」
蓮斗、もう一つ勢いよく食べて、皿を鮫島に突き出し
蓮斗「……おかわり!」
鮫島「バカ!白飯じゃねーんだよ!」
鮫島、すぐに新しいマグロを握り始める。
鮫島がわさびをつけているのが目に入った職人
職人「おい」
鮫島「大丈夫ですよ、さっきも食えたんだから」
職人「お前、入れてたのか」
鮫島「へいお待ち!」
蓮斗に寿司を出す鮫島。
蓮斗「(食べて)美味し〜!」
客「なんか見てたら俺も食いたくなっちゃった、大将!俺もマグロ!」
鮫島「ごめんなさい今ので終わっちゃったんですよー」
客「マグロ終わる事あんの!?」
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