弄ばれる女たち チョロいアラサー女3
私が佐藤さんのお店にも行かなくなり自店舗で落ち着いて仕事するようになって1ヶ月ほどだった。
佐藤さんとは電話で業務連絡を話す程度になっていた。
そんなある日、遅番で11時に出勤すると、例の先輩スタッフが待ってましたとばかりに駆け寄ってきた。
その日は平日で二人体制だった。
「待ってたよ!事件だよ事件!!」
先輩はそう言いながら私のタイムカードを押してくれた。
「どうしたんですか、そんな慌てて。」と私は笑いながら言った。
「三宅さん、会社のお金横領して消えたって!今本部大騒ぎだよ!!」
「えええ!?横領ですか!?」
21才の私にとって横領なんてドラマでしか聞いたことないし、どういう事なのかさっぱりわからなかった。
詳しく聞くとこういう事だった。
三宅さんが担当しているある路面店は、あまり客入りがなく、営業時間も10時から18時と短くしていたが、それでもスタッフは足りておらず、スタッフがいない日やパートさんが早く帰る日の終わりの数時間など、三宅さんが行くことが毎日のようにあったそうだ。
そしてレジ閉め作業をし、その日の入金分を決められた口座に入れるのだが、おそらくレジで返金作業をし、その浮いた分を懐に入れていたという事らしい。
また、店の商品も無くなっていたらしいが、売れたけど売り上げを上げていないのか、三宅さんが盗んだのかは不明だった。
ただでさえ売り上げの少ないその店舗の売り上げを、さらに少なくしていたので毎日売り上げが1万円とか数千円ばかりだったのだろう。
そして昨日、本部スタッフの誰かが入金帳を見て気づき、社長に報告した。三宅さんが横領し始めて一年も経っていた。
毎日1万円盗んでも1年で約350万…いったいいくら横領したのだろうか。
報告を聞いた社長が昨日の夜、「入金額がおかしいんだけど、明日説明してくれる?」などと電話をしたせいで三宅さんは飛んだということだった。
まあ会社も会社でそんな単純なやり口で横領されていたのに、一年も気づかないというのも情けない話である。
本部はすぐにスタッフへの聞き取りから始めた。私も一度だけその店舗へ応援に行ったことがあったため、町田さんから電話がかかってきた。
締め作業を一緒にしたか、何かあやしい動きをしていなかったか、など聞かれた。
私は入れ替わりで退勤しているし、挨拶ぐらいしかしていないので何も話すことはなかったが、電話口の町田さんはイラついている様子だった。
結局誰も三宅さんと連絡が取れなかったため、その後社長と副社長が三宅さんの自宅へ行ったらしいという噂だけ入ってきて、どうなったのかその時はわからなかった。
だが、家族がいれば急に夜逃げなどできるはずもなく、まあ何かしら決着は付いたのだろうと思っていた。
佐藤さんには連絡しようかと思ったがなんて言っていいかもわからず連絡しなかった。
数日後、久しぶりに佐藤さんのいる店舗へ応援に行くことになった。
朝、車で行き、駐車場から店舗まで歩いている途中にある喫煙所に佐藤さんは座っていた。
「あ、おはようございます。」
「おはよう…」
元々細かった佐藤さんは更に細くなっていて、もうあからさまにやつれていた。
「佐藤さん…大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないよ。もうほんと最悪。最悪だよ。」
投げやりな口調だった。
「なんかさ、私ほんと騙されてた。」
何も返す言葉がなかった。
「なんか…三宅さん結婚していたみたいですけど知っていたんですか?」
私は傷を抉るだろうなとは思ったが聞いてしまった。
「結婚してるって聞いたことあったけど、嘘だと思ってた。」
佐藤さんの店舗にはもう一人、この会社に来て5年ほどの近藤さんという女性スタッフがいる。佐藤さんの前に店長をしていて、結婚して店長の座は退き、パートとして働いていたが、もうすぐ出産ということで来月には退職する予定だった。
佐藤さんは三宅さんと付き合いだしてすぐくらいに近藤さんには打ち明けたのだという。その時近藤さんに
「え、ヤバイっすよそれ。三宅さん結婚してますよ。ちゃんと聞いた方がいいっすよ。」
と忠告されていたのだ。
「え、近藤さんに聞いていたんですか?」
私は驚いた。
「そう。でも信じられなくて、三宅さんに聞いたら「結婚なんてしてないよ」っていうからそれ信じて、近藤さんには何回か忠告されたけど信じないもん!って思ってたから無視してたらそのうちなにも言われなくなって…」
信じないもん!て…
この女はアホなのか
あいた口が塞がらないとはこのことである。
佐藤さんは三宅さんの家にもよく行っていたらしい。泊まったりしたこともあったが、まったく女の影も感じなかったそうだ。子供の物はちょこっとあったが、姪っ子が来た時に使う物と説明されていたらしい。
こんな馬鹿女の言うことなので、どの程度注意深く見ていたのかは知らないが、もしかすると理由があって別居中だったのか、奥さんがよく実家に帰る人だったのか…この女ひとり騙すことぐらい簡単だったのだろう。
そしてやはりお金も貸していたらしい。もう恐ろしくていくら貸したのかは聞けなかった。
しかも、あれだけ会社には内緒と言っていたのだがやはりどこからかバレて、社長にも
「あんた、あいつが横領していたの知ってたんじゃないの!?今どこにいるか知っているんじゃないの!?」と問い詰められたらしい。
佐藤さんは本当にあの日以来三宅さんと連絡が取れないらしい。
佐藤さんは本当に三宅さんを信じ切っていたのだ。おそらく、事件後も何かの間違いとでも思っているのだろう。
アラサーで焦りを感じている女に近づいて、テキトーな嘘をついて優しい言葉をかけていればお金も簡単に出てきて、さぞやチョロかっただろう。
もちろん佐藤さんはアパレルショップ店員で店長と言っても安月給だったので大した金額は貸していないだろうが、もしももっと日が経っていれば結婚をチラつかせ大金を借金させる手口だったのかもしれない。
被害が大きくなる前に、向こうが消えてくれたのは不幸中の幸だったのかもしれない。
しかし29才でここまでピュアなのも問題だなと思った。好きになってしまうと、同僚の忠告も、「私の幸せを邪魔しようとしている!」とでも思うのだろうか。
その後また風の噂で、三宅さんは横領した分を毎月決められた額会社に返済することで決着がついたそうだ。
会社も警察沙汰にしなかったのは愛情か、会社の名誉のためなのか。
後日佐藤さんは駅で三宅さんらしき人を見かけたらしい。奥さんと子供と一緒に歩いていたそうだ。
佐藤さんはその後、社長たちのあたりがキツくなり、会社にも居辛くなって辞めてしまった。入社して一年も経っていなかった。
横領が起きたのは佐藤さんのせいではないのに、社長たちはおそらく三宅さんは佐藤さんにお金を使っていたとでも思っていたのだろうか。完全なパワハラで退職に追い込んだのだ。そんな腐っている会社にいる必要もないのでまあよかったのだろう。
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