#2 一瞬でもそのレールに乗ってそれらしく生きようと思ってた
普通の就活とは多分少し違った形での入社だということは、経験がなくてもなんとなくわかった。なので出勤初日、なんだか落ち着かなくて居心地が悪くて緊張していたのをぼんやりと覚えている。
ドアを開けてすぐの受付の女性に「今日からお世話になります、よろしくお願いします」と挨拶をして、ここで待つようにと案内をされた。
すると別の女性がにこやかに声をかけてくれ、「よろしくね!」と言ってくれた。少し緊張が和らぐ。
そのあとすぐに統括という役職の人がやってきて、この会社について、社訓や社内での目標や社名の由来などを説明される。
この度は契約社員ということでの採用だが、半年経つ頃に正社員になるかどうかの話をしようということも説明された。
内容はぼんやりとしか思い出せない。私はまだ社会人になった実感が湧いていなかったのかもしれない。
これから私がここでやる仕事についての説明だけは、取りこぼさないように集中して聞いた。スーツは動きにくいし、慣れないパンプスでつま先に痛みを感じながら、なんとなくこれからの日々に不安を感じていた。
社訓やその他のテーマが書かれた本が配布され、朝礼が始まった。
社員全員が輪になり社訓を全て読み上げる時間。新入社員以外は全員暗記しているようだった。私たちもいつまでに覚えるようにと言われた。
そして、本の中に書かれているテーマについて全員一言ずつ話さなければならない。そのあと社長、副社長から何かしらのお話がある。
この一連の流れを週一でしていたと思う。
また、それぞれの部署で朝のミーティング。仕事のミーティング前には週一の朝礼のような順番にテーマを持ち寄って全員がそれについて話すという時間もあった。これは毎日。ずっとこの時間が疑問だったし、苦手だった。
毎週の朝礼が始まるたび、これを疑問に思っているのは私だけなんだろうかと、なんだか宗教みたいだなと、ずっと別の世界を窓から見ている気分だった。
ただただ嫌な予感がずっとしていて、この時何がそんなに不安だったのかよくわかっていなかった。
私の仕事は、他の部署の事務を手伝いながら、広報の仕事をしながら、電話対応や来客時のお茶出し。慣れるまで時間がかかったが淡々とこなせていたと思う。でも、電話対応は本当に苦手で辛かった。
その他の仕事は、というか仕事ではない、給料のでない強制出勤のような物があった。これがサービス残業か。
ある部署ではその部署内と、取引先や派遣社員と親睦を深めようということで週末サッカーやバーベキューをしていた。私はその部署所属ではなかったが新入社員ということで数回駆り出された。当然のように給料は出ない。
それに加えて社内で年2回、勉強会というような形で一泊二日(土日)プレゼン大会があった。このプレゼンのための勉強や準備は基本業務外でするようにという暗黙ルール。いつからあるのかこのプレゼン旅行、企画やテーマ決めは基本新入社員が中心でするもので、年々レベルが上がってきていた。
私が最初に見学した時は、自分の好きなテーマで仕事に役立つことならなんでもOKという自由なものだったが、プレゼンの質が良くなっているということで次はかなり難しいテーマでのプレゼンが決まってしまった。
まぁこれも、当然のように給料はでないし、代休もない。
これらの準備で当時の私はいろんな物が溜まっていったのだと思う。
割と最初、入社したての頃からぼんやり辞めてしまいたい、仕事するの向いてないなぁと思っていた。周りの人が当然だと思っていることや、当たり前にできることが自分にはとてもしんどかった。同期や先輩たちはいい人たちばかりでそこだけは救いだったけど、業務外のことや社員の距離の近さで疲れていた。
でも、自分で生きていくためになんとか踏ん張らないとと思っていた。
そのうち人生で初めて胃に痛みを感じ、体調を崩すようになった。
気がつくと時は半年を過ぎ、入社時に上司とした話を思い出した。正社員になれるかどうかの話だ。
なかなか声をかけてもらえないので勇気をだして話をしてみた。
すると上司からの答えはざっくりと言えば「この話はまた今度、様子を見ながらしよう」ということだった。仕事はこなせているが、私の仕事ぶりは社訓や理念に添えていないというような話だった。
正直意味がわからなかった。今でもわからない。
「あなたはこの会社で何をしたいの?何をして会社に貢献してくれるのか?あなたは芸術の分野の大学出身でおそらくいろんなことができるでしょう。でもそれらはこの会社でなくてもできることだ。家族を養うため、生きて行くため、それもこの会社でなくてもいいこと。この会社でしかできないことが必要なんだよ。」ということを言われた。ぼんやりとした記憶だが。やはりわからなかった。明確に答えることができなかったので、今の時点では正社員の話はないとやんわり言われた。
確かにそうかもしれない。だけど今在籍する社員のうち何人、あなたが満足できるような回答ができるんだろう。家族のためでも自分のためでもなく、ただ純粋に会社のためだけに働いている人がどれだけいるんだろう。
私は全く、同意できなかった。
私の中にまたよくわからない何かが蓄積されていく。相変わらず意味のない朝礼があり、業務外の仕事もあり、それでも、今より待遇が良くなれば少しはマシになるんじゃないか。みんなが当たり前にしていることを、そう思っていることを、疑問なくできるようになれるんじゃないか。
生きるためにそういうふりをすればいいんじゃないか。
一瞬覚悟したけど、一瞬で崩れていった。
ぼんやりとした退職という文字がくっきりとしだした瞬間だった。
時は過ぎてクリスマス。ここでもまた会社同士で付き合いのあるお偉いさんを招いてパーティーを開いた。
普段の業務と合わせて企画や準備など、その期間かなり動き回っていた。
パーティー中もバタバタと走り回り、記録係だったので写真を撮りまくっていた。体調に嫌な予感がしていたけど、気が張っていたからごまかせた。
その日はなんとか無事に何事もなく終えることができた。
ただ緊張が解けて体調が一気に悪くなり、その日から寝込むことになる。
また胃に痛みがあり、身体が動かない。なんとか病院に行きストレス性の胃炎だと言われる。ふらふら適当に食べ物を調達して戻った。
基本寝ることしかできず筋肉が落ちているのか、足とお尻が尋常じゃないくらいに痛くて、立つのが辛かった。
体調がなかなか戻らず、クリスマスパーティーからずっと年末休みに入るまで出社できなくなった。
純粋に何をやってるんだろう?って悲しくなった。
入社してからずっとぼんやり、ここにずっと居たくないなぁと思っていて、
ここにずっと勤めている自分が想像できなかった。
私が感じていた不安は間違いではなかったらしい。
「会社やめよう」ベットにぐったりしながら決意した。
辞めたあとのことをゆっくり考え出した。
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