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コシヒカリが5kgで1300円台の理由 福島への風評のいま

なぜ格別に等級が低いわけでもないコシヒカリ5kgが1,300円台で販売されて、しかも更に3%引きなのか。卸売と小売と消費者の関係について。

加藤文宏

福島産12年後の現実


販売されていた福島県産コシヒカリ・精米日23.05.19とプリントされている

 首都圏でスーパーマーケットをチェーン展開するオーケー(本社/横浜市西区。以後文中ではOKストア)が、福島県産コシヒカリを5月末から取り扱っている。店頭価格は5kg袋1,300円台で、他県産コシヒカリだけでなく他の銘柄と比較しても店頭最安値であった。しかも販売早々であるにもかかわらず3%分の値引きシールが貼られていた。

 各地でさまざまなスーパーマーケットを視察した経験から、原発事故以後のOKストアは福島県産食品の扱いに慎重な印象が強い。これは「オネストカード」と呼ぶ商品説明を採用していて、“天候不順で品質が落ちているので他の商品を買うほうがよい”等とネガティブな情報さえ積極的に伝えているためかもしれない。震災後「要望に応えて関西産乳製品の取り扱いをはじめる」旨を掲示して、取り扱い品目の産地比率を大幅に変えたのが同社である。

 OKストアの1,300円台は業界最安値と言えそうだが、他の大手スーパーマーケットでも福島県産米の価格は低く抑えられてきた。だが、福島県産米と全銘柄平均との相場価格の差は2014年に底を打って2015年から回復期に入り、2018年には-2.5%安まで回復して震災前の水準まで戻しつつある(Fig.1)。つまり、ひときわ安価な福島県産米は、卸売から小売までの流通段階で利益率を下げて低価格で販売されているのだ。

(Fig.1)

相場価格の変化


はじまりはほうれん草と牛乳だった

 福島県産米が苦戦した12年間を振り返る。

 震災当日の大規模停電で首都圏は機能不全を起こした。原発事故の1週間後に茨城県産のほうれん草、福島県産の原乳から基準値を上回るヨウ素が検出された。自らの生活を支えているものについて無関心だった首都圏住民は、この二つのできごとではじめて福島県を強く意識したと言ってよいだろう。

 基準値を上回るヨウ素が検出された翌日、スーパーマーケットの棚から北関東産と東北産の食品が撤去されている。福島県から出荷される米は全て検査が行われ、他の産品もモニタリング体制が整えられて結果が公表されたが、食べると被曝する、福島の生産者は人殺しと悪しき風評が立てられ、小売店には「福島産以外の食品を売ってほしい」「西日本の食品を買いたい」と要望が相次いだ。

 このようして首都圏の小売店から福島県産品が次々と消え、いまだに2010年以前の状態には戻らず、再び販売されるようになっても他県品と比べて格段に安く値付けされている。


萎縮型の風評被害

 悪い評判を信じて福島産品を不安視したり毛嫌いする風潮は、2012年から2014年にかけて大幅に解消された。この傾向は2015年から福島県産米の相場価格が上向いていることのほか、被曝を不安視してネット検索された件数の減少や、福島県産の桃への興味の増大(Fig.2)にもあらわれている。

(Fig.2)

Googleでの各検索クエリの検索数推移

 では福島県産の桃は順風満帆かといえば、米以上に全銘柄平均との価格差が開いたままだ(Fig.3)。世の中の興味と、卸売や小売の思惑と、消費の実態がまったく噛み合っていないのである。

(Fig.3)

相場価格の変化

 福島県産の桃の取扱量は原発事故前同様の水準に回復しつつあるが、果物専門店の高額贈答品としての需要が低迷している。農林水産省のヒアリング調査によれば、贈答用として「福島県産品を贈ることに抵抗がある」消費者が多く、専門店が消費者の問い合わせリスクやクレームを恐れて他の産地品に切り替えたことで福島産の需要が減っていた。これが最大で-42.8%、持ち直したあとも20%程度の安値が続いた原因だ。

 ところが、同省が消費者を対象にして行ったアンケート調査では、福島県産の桃の「安全性に不安がある」のは15%で、「福島県産のみしか取り扱いがなければ購入しない」人は8.6%と1割以下であった。自分は気にしないが、贈答品を受け取った人が嫌な気持ちになるのではないかと懸念されて、「贈ることに抵抗がある」と福島県産の桃が忌避されたことになる。

 風評被害とは、悪しき評判が立てられ、評判を信じた人がサービスや商品などを不安視したり毛嫌いすることだと思われてきた。たしかにこうして福島産の品々に対する風評被害ははじまったが、その後は事情がだいぶ変わった。卸売業者は小売が福島産を嫌っていると予測し、小売店もまた消費者は買わないと考え、消費者は周囲の意向を気にしたり、長年にわたって市場から消えていた福島産の品々を忘れてしまった。

 このため流通側が萎縮して、品物が店頭に並ばなかったり、品質にふさわしくない安価すぎる価格で販売されることになる。しかも福島産が抜けた穴を他県の産品が埋め、この状態に消費者が慣れてしまい、時間の経過とともにシェアの回復が難しくなっているのだ。

 ある米穀店の店主は「お客さんに勧めることはできても説得はできない。品質がよくても他県の米と同じ値段をつけられないので、今の価格設定になる。値段より味で買ってと言えたら上出来」と匿名を条件に福島産の米の現状を語った。「福島県でも会津産のコシヒカリは北陸産と値段が逆転して最高級品だ。だから他の福島産コシヒカリに安売り専用品のイメージはつけたくない」とも言う。

 福島県産米について、消費者にも話を聞いた。40代の女性は「放射能は別に大丈夫と思っているし、地震の前は福島県産を買ったこともあったと思う。でもずっと秋田のあきたこまちをスーパーで買っているので、いま福島産に買い換える理由がない」と言う。米は食味の慣れ、炊飯の慣れが優先されて特定の銘柄を買い続ける傾向が強い。

 30代の男性は「福島の米と言われてもぴんとこない」と言った。福島県産米は小売2.5割、外食1割、中食(惣菜、弁当、テイクアウト等)6.5割の比率で出荷されているので、どこかで食べたことがあるはずだと伝えると、「そう言われても、自分で米を買うようになってから、売り場で一度も福島県産の袋を見たことがない」のだそうだ。

 このように萎縮と忘却が循環して、福島県産米は他の銘柄とは異なる扱いを受けている。


汚染水、汚染土の連呼がもたらしたもの

 google.comに「福島産 米」と検索クエリを入力したとき放射能、安全性、危険、食べないといったネガティブなクエリがサジェストされる(Fig.4)。さらにGoogle でよく検索される質問が「他の人はこちらも質問」と表示され、安全性を問う例がサジェストされた(Fig.5)。サジェストされた「福島産 米 放射能」と「福島産 米」の検索数を比較すると前者はあまりにも少ないが、長期にわたって検索が継続しているためこれらが表示されていると考えられる。なおこのような検索候補の提案は他の県ではあり得ないもので、「新潟産 米」と入力しても安全性を疑うサジェストはまったく表示されなかった(Fig.6)。

(Fig.4)

検索クエリ「福島産 米」を入力した場合/サジェスト/2023年5月30、31日確認

(Fig.5)

検索クエリ「福島産 米」を入力した場合/他の人はこちらも質問/2023年5月30、31日確認

(Fig.6)

検索クエリ「新潟産 米」を入力した場合/2023年5月30、31日確認

 検索サイト上のできごとは、ほんのわずかな人々の懸念や悪意が「萎縮と忘却の循環」に作用して風評加害と風評被害が続く状態を象徴している。農林水産省の調査で「安全性に不安がある」とした15%、または「福島県産のみしか取り扱いがなければ購入しない」8.6%の人が、「萎縮と忘却の循環」に影響を与える層といってよいだろう。

 前出の店主は「汚染水、汚染水といつまでも言っていてほんとうに嫌になるし、日本人にとって福島が面倒くさいものになった。悪気があって福島を面倒くさく感じているのではないが、これで米まで避けられているところがある」と自論を述べた。福島県産品を贈ることに抵抗を感じる人がいるのも、この面倒くささと関係があるかもしれない。

 処理水を汚染水と、除去土壌を汚染土と連呼しているのは活動家や政治家と報道である。もし放射線への懸念を過剰に刺激する運動や報道が絶え、正確な情報が広く伝えられていたら、原発事故から12年後に福馬産のコシヒカリ5キログラムが1,300円台で販売されることはなかったのではないか。桃は高級贈答品として使われていたのではないか。繰り返しになるが、被曝への憂慮は2012年から2014年以降は大幅に解消されていたのだ。私たちは10年近い年月を無駄にしてしまったことになる。

 

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加藤文宏
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