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放射線デマから外苑再開発デマへ この日本で何が行われたのか

加藤文宏

原発事故が発生した直後から、被災地は二度と人が暮らせない土地、鼻血、奇形児出産、がん発症と次から次へ嘘が事実のように語られ、デマが当事者を苦しめただけでなく、原発の全停止から再稼働を拒む心理的な要因になるなど日本中を混乱の渦に陥れた。

事故から10余年経過した2023年、日本イコモス国内委員会は神宮外苑に『17 世紀から続く東京における「庭園都市 パークシステム」の中核』と事実と異なる定義づけをしたうえで、ヘリテージ・アラートを発して外苑再開発にクレームをつけた。ここから銀杏並木が伐採される、樹木が減る、ららぽーとのような商業施設がつくられる、100年の森が消滅するなどのデマが活動家によって流布され、都知事選で蓮舫が再開発の見直しを公約の一つに掲げるまでになった。

イコモスのヘリテージ・アラートによってはじまった事実の歪曲とデマの酷さに、私は放射線デマによって発生した風評被害を重ね合わせずにはいられなかった。両者は、あまりにも似ていた。

 まず、ヘリテージ・アラートが煽った危機を確認しておこう。

ヘリテージ・アラート和訳より 文中の赤い強調表示は筆者が行った

 ヘリテージ・アラートの全容を語るリード部分に書かれた、3.4ヘクタールとは神宮外苑のどの部分かこの文書では説明されていないうえに、約3,000本の樹木しかも文化的資産が失われるとされているのは嘘である。
 続いて『17 世紀から続く東京における「庭園都市 パークシステム」の中核』と神宮外苑を定義しているが、これも嘘だ。この地は武家屋敷などがある江戸の郊外だったが、明治時代に兵士の訓練施設である練兵場に作り替えられ、明治天皇御大葬の青山葬場殿の造営を経て、葬場の構造を生かした神宮外苑になり現在に至っている。神宮外苑は西洋風の平面幾何学式庭園に見えるが、明治天皇大喪儀葬場殿址が本殿を意味し、聖徳記念絵画館を拝殿、銀杏並木を参道とし、南を正面にした神社形式の空間なのだ。

練兵場の様子
明治天皇大喪儀 葬場殿
青山葬場殿平面図
神宮外苑 計画図

 また神宮外苑化によって植樹された木々は、1945(昭和20)年の山の手空襲で焼かれたため戦後に植え直されたものが多いうえに、もともと人為的に管理されているため「100年の森」と呼ぶようなものではない。仮に植栽を森と強引に呼んだとしても再開発で「完全に破壊」しない。
 「都民や関係者との適切な対話もない」とされているが、これまでに行われた都民や関係者の対話をイコモスが「適切」と認めないというにすぎない。計画について資料が公開されているだけでなく検討の過程も公開されている。
 「市民の寄付と奉仕活動によってつくられた」(注参照)と書かれているが、これは神宮内苑の成り立ちであり、内苑と外苑を混同させようとしている。資金を出し合い管理してきたのは、明治神宮と施設運営者らである。
 ここに挙げた嘘や意図的に誤解を招くように書かれた文言が、銀杏並木が伐採されららぽーとのような商業施設が作られるといったデマの発端になった。
 しかも事業者や都から説明されているにもかかわらず「説明がない」とし、「説明しろ」と求めている。説明がないから「合意」されていないのであって、計画を白紙に返せというのだ。

(注/山の手空襲で痛手を負った外苑を復旧するため、市民が動員または自発的に作業に参加したとする証言がある。しかしイコモスは創建時について主張しているので戦後の復旧作業は関係ない)

 前提となる事実を歪曲して、勝手な定義を行う。
 勝手な定義を元に、次々と嘘が語られる。
 これらに対する説明を無視して、説明しろ、合意されていないと主張する。
 人々は不安感や不満が高まり続け、不信感も強くなる。
 こうした経緯で社会運動が行われたのは、神宮外苑再開発反対運動だけではない。反原発運動もまったく同じだった。

度重なる説明を無視して危機が捏造される状態

 反原発運動では、活動家や政治家が福島は二度と人が暮らせない土地と嘘を吹聴し、目に見えない放射線を可視化して脅すために鼻血、奇形児出産、がん発症といったデマを流した。活動家らは嘘を否定する「説明」を無視して、危機を捏造し続けて「説明がない」「合意されていない」と言い続け、人々は不安感と不満が高じるだけでなく、国や自治体や東電などへ不信感を募らせた。
 神宮外苑再開発反対運動では、前述したように有名な銀杏並木がなくなると脅され、人々が思い出や憧れを踏み躙られたと感じ、環境が破壊されるという言葉に正義心をたぎらせた。「銀杏並木は残る」と説明されても、活動家から嘘を訂正する発言はなく、商業施設が建設される等の嘘が新たに語られ、人々の再開発への不信感が強化された。
 マスメディアが反原発運動にも神宮外苑再開発反対運動にも加勢して、勝手な定義、次々と語られる嘘、「説明がない」「合意されていない」という強弁を、そのまま報道した。

 「説明がない」「合意されていない」──この論法が延々と繰り返されるなか、不安感や不満や不信感が高められた人々へ、活動家たちは負の感情をぶつけるべき対象を示唆した。「度重なる説明を無視して危機が捏造される状態」と、大衆を扇動する構造との関係を図示すると以下のようになる。

 双方が循環構造であるため、終わりがない。
 反原発運動は原発の全停止を目標にして展開されたが、停止後は被災地の除染問題、出荷される産品の問題、瓦礫の広域処理問題、東北からの避難者問題、処理水問題と事実が歪曲されながら、それぞれに怒りの対象が示されていった。
 扇動構造に人々が囲い込まれると、追随しない層との間に分断が生じ、やがて追随しない層が怒りの対象に含まれるようになる。蓮舫が都知事選に惨敗したあと、非支持者をオピニオンリーダーや活動家だけでなく追随層までが「愚民」「ミソジニー」「ネトウヨ」などと蔑称で呼んだのは記憶に新しい。
 自派と対立する人々を愚民呼ばわりするのは、追随層ですら自らを「愚かな大衆を善導する前衛」と思い込んでいるからだ。

 神宮外苑再開発反対運動のオピニオンリーダーには新顔がいたものの、反原発運動で見慣れた人々や政党が運動を推進させていた。そして反原発運動が生じさせた永遠に解決されない負の感情が、神宮外苑再開発反対運動へ付け替えられて利用された。しかも蓮舫が再開発の見直しを都知事選の公約にしたことで、権力や権威への不信感と不満を持つ人々が政治利用されたのだ。
 「説明しろ」と「合意がない」という言い掛かりは、いつまでも終わらない。
 過日、政府が全国35の国立公園にリゾートホテルを誘致する方針を発表すると、神宮外苑再開発反対の旗手ロッシェル・カップや森山高至が、早速事実を踏まえず反対の声をあげている。
 原発事故は未曾有の災害であったため、かなり多くの人々が負の感情を抱いたはずだ。だが2014年に漫画『美味しんぼ』が被曝によって鼻血が出るとしたとき、大半の人々が冷静さを取り戻していたため、批判が殺到して人気漫画は事実上連載が打ち切られた。
 このとき不信感と不満を抱えたままだった人の多くが、その後の大衆扇動へ移動した。この層は、直近の世論調査で立憲民主党、日本共産党、社会民主党、れいわ新選組を支持する10%を切る程度の規模を成していると見てよいだろう。これが、蓮舫の都知事選惨敗と彼女への批判を受けて、非支持者を「愚民」「ネトウヨ」「ミソジニー」と呼んだ層の基礎を形作っている人たちである。

 反原発運動、神宮外苑再開発反対運動と大衆扇動の例を挙げたが、同じようなメンバーによって不信感と不満を抱く人々が刺激されたできごとは枚挙のいとまがない。
 反原発運動の勢いが衰えると、過激な反差別団体のしばき隊(後の対レイシスト行動集団/C.R.A.C.)が勃興し、SEALDs現象が生み出され、いわゆる「モリカケ桜」があり、安倍晋三元首相暗殺からの自民党・統一教会追及も同類の運動だった。
 自民党・統一教会(世界平和統一家庭連合)追及では、「いったい何が悪いのか」「何らかの関係があったとして、それでどうなったのか」がまったく示されないまま「ズブズブ」などと批判された。しかも議員や統一教会が「説明」をしても、まるでなかったことにされた。信者家庭の子弟問題では、証言に誇張や偽りが多いことへの反証が黙殺された。統一教会が2009年に実行した教団改革「コンプライアンス宣言」で訴訟数と賠償額が激減していたが、むしろ隠蔽されたなどと不信感を煽る表現で伝えられた。
 あらためて言うまでもなく、「アベ政治を許さない」をスローガンにした政治運動も、安倍の何がどのように影響したから悪いのかが明確にされないまま、説明や反証が無視され「モリカケ桜」追及と呼ばれるほど延々と続けられた。
 森友学園問題が取り沙汰されていた2014年、赤旗まつりで安倍晋三は顔写真にヒトラー髭のいたずら書きをされたうえでドラムに貼られて叩かれた。なぜ、ここまでされなくてはならなかったのか。共産党は安倍をヒトラーと同一視したのを「表現の自由」「首相のネオナチ的な言動から、なぞらえる人がいるのは当然では」と語ったと報道されたが、志位和夫でさえ安倍が独裁者である理由を説明できないのだった(詳しくは、noteの記事「私は黙らない。おまえは黙らせる。 蓮舫さんから考えるファシズム」を読んでいただきたい)。
 だが漠然とした不信感と不満を抱えた「アベ政治を許さない」人々は、口々に「あべしね」と言い、暗殺事件が発生すると拍手喝采したのである。これこそ洗脳による扇動ではないか。

2014年第41回赤旗まつり「若者広場」にて11月1日 午後2時30分から行われた
[ドラム・レクチャーbyイルコモンズ]

 ここで紹介した原発事故以来の社会運動や政治運動は、情報を操作して社会を停滞させたり誰かを苦しめ、人々を分断する災害を引き起こした。
 ところが、不信感と不満を人々に呼び起こしたオピニオンリーダーや活動家は、メディアや政党から価値のある存在として重んじられた。いつの間にか彼らはジャーナリストや識者と呼ばれ、繰り返し表舞台に登場して、次々と新たなできごとに不信感と不満を付け替えていった。また新顔のトリックスターが、それぞれの思惑を抱えて登場した。そしてトリックスターたちは、メディアや政党が期待する通りの活躍をして、常連ジャーナリストや識者に成り上がろうとした。
 オピニオンリーダーや活動家を重視した共産党をはじめとする政党の真意は、大衆運動によって権力や権威といったものを不安定にさせるところにある。このため「説明がない」から「合意されていない」へ続く論法や、大衆を扇動する構造に落とし所がなく延々と循環するのは好都合だった。
 これが彼らにとっての政治であり、彼らは「ズブズブ」な繋がりで一大産業を形作っている。なお、「産業」と書いたのは比喩やからかいではない。生活していくための仕事であり職業で生業なりわいが、正義や信念の名の下で大衆の不信感と不満を膨らませ続けているのだ。

(当記事は、メンバー限定記事で9ヶ月間にわたり論考してきた内容の一部をまとめた)

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