見出し画像

猫活 4

mosoyaro

 「俺に何を期待したのかな」
四杯目のジョッキを眺めながら呟く
「うーんまあ一つはリンタロウの世話、それと猫に前を向いて生きてほしかったからかな。
目標を見失いその日暮らしの生活をして毎日が楽しくなさそうに生きる猫を見て、ちゃんと生きてるって思える何かを見つけてほしかった。
俺もお前にそうしてほしい。美容師の夢はかなわなかったけど、元々頭が良いんだし、、、そうだ良い事思いついた。猫お前その金もらって医学部受験ってどうだ、整形外科の医者になる。そしたらまた美容にかかわれる、髪から顔になるけどそんなに違いはないだろ、まだ25歳今からでも遅くない、どうだこのアイデア」
「なっ、お前酔っ払って滅茶苦茶だな、何が良い事思いついただ。違うだろ全然、髪から顔になるだけって」
「そうだ、、、、医者になればいい、、、」
そう言った後テーブルにうつ伏せになってゆっくり目を閉じた。
「おい風馬、風馬、起きろ」
風馬は酔い潰れ寝てしまった。何度呼びかけて揺さぶっても起きない。
仕方ない、急いで会計を済ませタクシーを手配し俺の部屋に連れて帰って寝かせた。

 次の日、昼過ぎに目が覚めた。
風馬はまだ寝ている、飲み過ぎで頭が痛い。
シャワーを浴びた後コーヒーを淹れる為台所でガサガサしていたらその音で目が覚めたらしく
「おはよう、俺何で猫のベッドに寝てるんだ、あー何か俺臭い シャワーも浴びずに寝たんだ、ごめんごめんちょいシャワー浴びてくる、悪いけど着替えかしてくれ」
寝ぼけ気味の風馬にジャージと新しい下着を投げて渡した。

 「気持ちよかったーありがと、昨日は久しぶりに飲んで楽しかったなー」
「やっと目が覚めたか お前何も覚えてないやろ、店で寝て連れて帰ってくるの大変やったぞ」
「全く覚えてない。出張帰りで疲れとって、、時差ボケもあるし。ごめん迷惑かけたな、リンタロウもごめんな酒臭くて、猫水くれ」
近くにいたリンタロウを撫でながらソファに寝転んだ風馬に冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して渡す。
人に懐かないリンタロウは風馬に撫でられてもそれ以上は寄っていかない。すぐに部屋の隅に隠れた。
リンタロウの年齢ははっきりわからないが子猫の時に保護されて音さんが引き取り3年一緒にいたので、推定4歳位。
見た目は子供の時読んだ絵本「100万回生きたねこ」の表紙に描かれているイラストにそっくりだった。
白でも黒でも茶色でもない。ボーダーの服を着ているような変な柄模様、顔つきも決して可愛いわけではない。だけどその可愛くない見た目も、なつかない性格にも何故か愛着がわいた。
いつもは部屋の隅っこに隠れているのに俺がへこんでいる時は近寄ってくる。話しかけると
「うん、うん」
と聞こえる声で人間のように返事をしてくれる。

「迷惑はかけてない、むしろ良い事を俺に教えてくれた。とても参考になった」
「俺何か言ったか」
「覚えてないのか、本当に」
「うん、お前がおばさんの相続人に指名されてるって所までは覚えてるけど、その後は」
「お前はこう言ったんだ。遺産を受け取ってその金で医学部を受験して美容外科の医者になれって」
風馬はキョトンとした顔をして
「えっ俺そんな事言ったのか、だけどさすが俺酔っ払っててもアドバイスは間違っていない。元々お前は頭が良いんだ、冗談じゃなく今からでも遅くない医学部受験してみろよ。
おばさんの金は俺に預けろ、俺は金融のプロだから投資で増やしてやる。お金の心配がなかったら勉強に集中できる。
専門学校の学費を返す為に派遣で働いてたけど金があれば解決する。
放棄はしちゃダメだ絶対に。善は急げ、これからその弁護士に会おう。付き合うから連絡とれ」

 風馬は本当にいい奴。
中学の入学式の日、朝からずっと母親からの命令口調に嫌気がさしていた。
不機嫌そうな顔をして門に立っていた時声をかけられた。
その日は桜が満開で皆門の前で写真撮影。幸せそうな人達の中で不機嫌そうに立っている俺に母親との写真を頼んできた。
身長は俺と同じくらいで低く細い体に制服がブカブカだったけど、母親とのツーショット写真が嬉しそうでその顔が印象に残った。
たまたま同じクラスになって部活も同じテニス部。色々あったが10年以上友達でいる。ありがたい存在。
俺の心が折れそうになった時はいつも風馬がいてくれたしこれからもそうだと思う。
そんな風馬のアドバイスなら例え酒に酔ってでたアイデアでもやってみる価値があるのではないかと思った。
簡単な事じゃない事はわかっていても。

 青山弁護士に連絡した。
家から10分位の場所にあるカフェで待ち合わせした。
コーヒーを注文して本題に入る前に風馬を紹介。お互いの名刺交換が終わり本題に入る。

「忙しい所急に呼び出してすみません。
昨日の話ですが隣にいる風馬に相談した所相続放棄はしない事に決めました。
昨日はびっくりしてそんな話受けられるはずないと思ったんですが、よくよく考えたら音さんが俺にくれたチャンスなんじゃないかと思います。俺その金で医学部受験して医者になろうと思います」
青山は飲んでいたコーヒーを吹き出し、慌てておしぼりで汚れた所を拭きながらこっちを見た。
「今なんと言われましたか、医学部受験と聞こえましたが、聞き間違いではないですよね」
風馬が俺より先に反応した。
「聞き間違いではないですよ、医学部受験。この男見た目はロン毛のイケメンでチャラチャラしてるように見えますが、見た目と違い元々はとっても優秀で真面目な奴なんです。ホストと勘違いしていたと聞きましたが違います。
自分と同じ九州大学経済学部を卒業してます。調べたらすぐにわかる嘘は言いません。夢が美容師だったから大学を卒業したあと専門学校に入って美容師の資格を取ったけど、薬剤アレルギーで続けられなくなり今は借金を返さなくてはいけないのでとりあえず派遣の仕事をしています。
中学の頃から友達なんでどれくらい頭が良いのかも知っている。
今まだ25歳なので本気で勉強したら医学部入れると思うんですよ、冗談じゃなく。
おばさんの遺言書の話を聞いて自分がアドバイスしました。
だってそうでしょ姪の方がお金を何に使いたいのかは知らないけど猫に渡した方が絶対に有意義に使いますって、だから青山さんはこれから姪の所に行って、猫目さんは遺産を放棄しないって言ってますって伝えてください。くれぐれも誤解の無いように言いますが、この男はおばさんをだましたりしたことは一回もないし、お金を無心した事もありません。
友達の俺が保証します。俺もおばさんのこと知っているけど、騙されて遺言書を書き直したとか言うの亡くなった人に失礼です。猫の友達だからって俺にも優しくしてくれて、猫の事を本当の息子のように可愛がっていました」
青山は黙って聞いていた、そして真っ直ぐに俺たちを見た後

「わかりました、ご遺族の方に話をしてまたご連絡します」
そう言って店を出ていった。

 2日後の朝早く夏美がやってきた。押しかけてきたの方が正しい。青山に遺産は放棄しないと話をしてから知らない番号から電話が一日に何回もかかってきているのは知っていたが、誰かもわからない電話には出ないようにしていたので無視していた。
夏美からのものだったのだろう。
インターホンとドアを何度も叩く音で目が覚めた。朝が早いので隣近所迷惑。画面で確認すると細身で背が高い派手なピンクのTシャツにデニム姿の若い女がいた。
「猫目さんいるんでしょ、開けてください。話をしましょうよ無視すんな」

インターホン越しに
「朝からやめてください、近所迷惑です警察呼びますよ」
「警察は困る」
静かになった。
「こんな朝早くどちら様ですか」
わかってはいたけど聞いてみた。
「隣に住んでいた音おばさんの姪の夏美です。話があります中に入れてください」
覚悟はしていたが急だったので焦った。急いで風馬に電話し事情を話す。
「部屋には入れるな外で話せ。嫌だと言っても2人きりになるな」
部屋には入れない。外で話をするから時間を改めてほしいと伝え場所を指定。30分後に先日青山と話をしたカフェで待ち合わせした。
職場には休むと連絡をして急いで準備し向かう。

 約束のカフェに行くと夏美は奥の窓際の席に座っていた。落ち着きが無い様子で携帯の画面をずっと見てる。カウンターでコーヒーを注文して夏美の座る席に向かった。
「お待たせしました猫目です。先程は失礼しました急な事で驚いて」
同じ席に腰掛けすぐに話を切り出した。夏美は携帯から顔をあげ黙って俺を睨んでる。気まずい、、

「早速ですが本題に入ります。
遺言書の事ですが自分も読んでびっくりしました。どうするか悩みましたがせっかくのお申し出なんで頂きたいと思いました」
夏美は怒って
「あんな話納得できるわけない誰だってそうでしょ。逆の立場だったらどうかな、はいそうですかって引き下がれますか、大体弁護士も弁護士、黙って引き下がって。放棄して 放棄しないのならあんたを訴えるからね」
予想通りの反応、夏美は怒りで震えてるのがわかる。こんな時はあえて冷静に対応
「訴えてもどうにもならないですよ。あれは正式な物ですから。音さんの意思を無駄にするんですか、自分でも調べてみましたがあなたが文句を言っても法律では自分の方が有利です無駄な戦いはやめませんか」
「何言ってるのよ、叔母さんと私の事知らないくせに。私はね叔母さんにとっても可愛がられていたし、叔母さんの老後もみていく覚悟もしていた。ずっとそう思って生きてきた。娘みたいに生きてきたの。最近現れたあんたとは年数が違うの。それなのに弱ってきた叔母さんの人の良さにつけ込んで、、、恥ずかしくないの」
声が大きい、この店のオーナーは早起きで朝早くから店を開けている。朝は1人なのでメニューは飲み物だけだが、客も早起きの年配者が多い。
そんな場所で夏美の声が反響している。
音さんが言っていたな、夏美は心根は優しいけど、怒ると自分を止められない性格だって。
「興奮するのやめてもらえませんか。怒っても怖くありませんよ。何も恥じる事なとしてませんから、音さんを騙したりしてませんから」
その後黙っていると
「叔母さんのお金もらえないと計画が狂うんだけど、借金があって」
「何の借金ですか」 
「あんたに言う必要ある。関係ないでしょ」
声が大きい。
その時、店の入り口近くの席に座っていた年配の女性が黙って夏美の隣に座ってきた。
一瞬驚いたけど帽子をとったその人をよく見たら音さんと仲が良かった小雪さんだった。夏美はすごく驚いている。
「どうしてここに」
小雪さんは
「お父さんに聞いて夏ちゃんをつけてきた。良かった、やっぱり思った通りだった。夏ちゃん良い加減にしなさい恥ずかしいよ、今の会話音ちゃん聞いて泣いてるよ。遺言書の事あなたのお父さんから事情を聞かれたから説明したよ本当の事。そして今日夏ちゃんが猫君に会いに行くって聞いたから後をつけてきた。猫君に酷い事言い出したら出て行こうと思って。やっぱり言い出した」
「小雪さんこの事知ってたんだ。何で叔母さんは何も言わなかったの、こんなの酷くない」
「夏ちゃんの気持ちわからなくはない。音ちゃんもこうなる事心配してたから。
だけど、落ち着いて聞いてほしいけど、猫君は何も悪くないんだよ。勝手に音ちゃんがした事だから。
自分が死んでしまうってわかっていたのかもしれない。入院の時口では帰ってくるって言ってたけど。
遺言書を書き換えたのは最後に入院する1ヶ月前、私が証人になった。
ガンが転移してからも通院で治療していたけど、段々普段の生活が辛くなってきてた。なのに病院の先生はこのままの生活で薬で治療すれば大丈夫って言うし、不安だったんだと思う私に泊まりにきてって頻繁に言うようになってた頃。元々綺麗好きだったから部屋は片付いていたのに、さらに荷物を捨てだして、そんな時相談されたのよ夏ちゃんの事。
音ちゃんの言う事全然聞かないって心配してた。
ほらあなたが本気で信用している健康食品の会社の事。3年以上前から怪しいってネットでも相当叩かれていたかけどその事言うと夏ちゃん怒り出してたでしょ。それでもずっと夏ちゃんの事応援して、健康食品の売り上げに相当貢献してあげてたよね、だからあなたはその会社で上のランクに上がることができた。
でもそれはずっとは続かなくて、挙句に友達も居なくなってしまった。最近売り上げ行き詰まってたでしょ。だからってやめられないから、自分で商品を購入して借金が出来てお父さんにも知られて怒られていた。音ちゃんその事知ってたんだよ。
もし自分に何かあったら相続のお金で借金は精算できる。でもそしたらまた残りのお金で商品を購入するはずって。そうなったら全部すぐになくなってしまうから、保険の500万だけ夏ちゃんに残して後は息子のように思っている猫くんに残したいって」
「だから、何で、何で猫君にあげるのどうかしてる。私に残したくないなら自分の兄妹とかでしょ、何で赤の他人の猫君なの」
2人の会話を聞いていて自分も疑問に思う。何故俺なのか。
コーヒーが冷めてしまったのでもう一度3人分注文した。
「落ち着きなさい。音ちゃんもバカじゃないよ。色ボケで猫君を指名したんじゃない。猫君の事悪いけど調べたらしい。そしたら酔っ払って話をした事が全部嘘じゃないってわかって。
猫君だったらお金を有意義に使ってくれるって思ってみたい。新しい夢を見つけてほしいって。
リンタロウを可愛がり、韓国ドラマが大好きでパク ソジュンが大好きだったけど、最近は病気と戦う日々。そんな音ちゃんに希望が出来た。猫君を応援したいって気持ち。長生きが出来るならお金は大事だけど死んだら持っていけないから無意味でしょ。だから意味があるものにしたかったんだと思う。
それに夏ちゃん知らないだろうけど、音ちゃんは一度妊娠した事があるのよ。その子は妊娠6ヶ月でお腹の中で死んでしまった。後で先生に聞いたら男の子だったらしくてね、もしかしたら猫君にその子を重ねたのかもしれない。まあ本当の気持ちは今となってはわからないけど。
一生懸命貯めたお金と親兄妹の残したお金を猫君なら有意義に使ってくれると信じたいって。
元旦那さんに浮気された時、何で血のつながらない赤の他人の子供を可愛がるのか理解ができなかったけど、猫君と会って可愛いって気持ちが理解できたって。血のつながりなんてどうでもいい、可愛くて応援したくなる気持ちがわかりやっと吹っ切れたって。死ぬかもしれない状況になってようやくわかったって笑ってた。
だからそんな気持ちを大事にしてあげてほしい、わかるよね夏ちゃん」
「そんな事、、わかってって言われても嫌。大好きな叔母ちゃんが居なくなって落ち込んでいる時に、こんな事理解しろって出来ない。酷い」
夏美はそう言って泣きながら店を出て行ってしまった。
小雪さんは続けた。
「少し夏ちゃんに考えさせてあげて。
今ショックでパニック起こしてるから、そのうち嫌でもこの事を理解するからさせるから待ってて。嫌な思いをさせたね、猫君の事を息子のように思ってたのよ音ちゃん。だから許してくださいゴタゴタに巻き込んで」
「いや、そんな小雪さんが謝る事じゃないです。自分はとても驚いたけどチャンスもらえて何というか光栄です。実の親でもこんなに思ってくれてない」
「そんな事ないと思うよ親は親だから、きっと猫君の事大事だよ。まあ私から言わせたら今回のことは音ちゃんが元旦那さんに復讐の意味もあると思うよ。裏切られたけど私は貴方より好きな人ができたよってアピールみたいな、そう思わない」
小雪さんは子供みたいにクスクス笑っていた。

 数日後青山が訪ねてきた。相続の話を進めるからと。結局夏美や親族は音さんの意思を尊重する事でまとまったらしく、後の事は青山に一任した。音さんの身内は本来皆とても穏やかな優しい人達だった。小雪さんが説得してくれたらしい。

 2ヶ月後音さんからのお金が振り込まれた。
相続税を引いた金額を風馬に預けて投資で増やしてもらいながら俺は猛勉強を始めた。
さすがに次の年は無理だったがその翌年には医学部に合格した。そして研修も終えて無事に医者になった。
この間風馬は投資に一度も失敗する事がなかったので、借金返済も生活費も授業料も心配する事がなかった。
 数年後念願の美容クリニックを開業した。髪型とメークである程度は綺麗になる。どうしても誤魔化す事が出来ない状態のものは手術で治す。自信を持って生きていってもらうために手助けする事が目的の手術だから、やりすぎないようにメンタルもサポートする

 リンタロウは18歳を過ぎた秋の朝静かに息を引き取った。晩年は人見知りがなくなり、俺の周りの人間に可愛がられた。一緒に撮った写真が病院の看板になった。医者になる前もなってからもずっと側にいて見守ってくれた。時々音さんが乗り移ってるのかと聞いてみた事があった。
「うん」
とその度に返事をしてくれた。

 音さんが入院してから、たったの2週間で亡くなった事で気持ちの整理がつかなくて、荼毘に付される時の煙を見ながら泣きじゃくったあの日から10年以上がたった。
その後に音さんからもらった遺言書というラブレター。
今もずっと感謝しながら生きている。
俺はまんまとあなたの用意した餌を食べました。猫活は成功です。

#猫好き
#福岡すき
#保護猫リンタロウ





いいなと思ったら応援しよう!