見出し画像

猫活 3

           mosoyaro

 美容師になる夢を叶えられたのに1年もしないうちに薬品アレルギーを発症し続ける事が出来なくなってから、もうどうでもよくなり毎日ヤケ酒を飲んでいた時があった。
資格をとっても何らかの理由でその職につかない人は沢山いると思う。ついても人間関係や自分の環境変化で続ける事が出来なくなる人も多い。
辞める、諦めるなんて珍しい話ではないが俺は美容師という職業が好きだった、辞めたくなかった、続けたかったが続けられなかった。
悔いが残って諦めきれずに苦しかった。

 そんなある夏の日の夜 酔っ払ってアパートに帰りつきはしたが鍵が見つけられず部屋のドアの前でそのまま寝てしまった事があった。
目が覚めたら隣の部屋の音さんの部屋の中にいて、体の上には広げられた新聞紙が数枚かけられていた。
アパートに越してきて2年、これまで挨拶くらいしかした事がなかったのに酔っ払っていたからよく覚えてないけど、泣きながら辛い気持ちを話して寝てしまったらしく、自分の身の上を知られてしまった。
布団に寝かそうと思ったけど汚れた洋服のままだと布団が汚れるからそのまま上に新聞紙をかけたらしい。夏だから寒くなかったでしょ、外で蚊に刺されるよりマシだしねと笑っていた。
 それ以来お互い悩みや愚痴を聞いたり話したりするようになった。
多めに作ったからとおかずを持ってきてくれたり、ゴミの出し方が間違えていると教えてくれたり、アイスを沢山買ったからとお裾分けくれたり。
母親より気にかけてくれる存在になった。
やりたい事がみつからないと言うと
「あんた本当に頭もよくてカッコイイのにもったいないね、私の好きなソジュンみたいなのに」
と残念そうに言われた。
音さんは韓国ドラマのスター、パクソジュンの大ファンで、いつでも見ていたいからと言って携帯の待ち受け画面にしていた。

 俺には本当の父親はいるらしいが会った事はない。俺が生まれた時に離婚した。3歳の時母が再婚して弟が生まれた。
新しい父親は優しくて温和な性格だったので俺にも優しくしてくれたが、連れ子の自分より弟を優先する様子が感じとれてしまい心から懐く事が出来なかった。
母親からは、
「あんたは顔とスタイルが良いから、モデルで稼げるねと言われたけど、人前に自分から出る事が苦手だったし、顔目当てに近づいてくる大人も苦手だった。
勉強は嫌いじゃなかったので成績は良かった。だから母親はモデルの次はバリバリのビジネスマンになる事を勝手に期待していたらしいが、九州大学を卒業後美容師の専門学校に行くと言うと呆れられて反対され挙句に勘当された。
今度は弟に夢を託すつもりなのだろう、勘当されてこっちは好都合だった。
音さんに、何で美容師になりたかったのか聞かれたけど、本当にシンプルに綺麗にスタイリングしてその人が喜ぶ顔が見れたら幸せだからと答えた。
夢は叶えたけど続けられなかったと言うと
「もったいないねーでもまだ若いからやりたい事見つけられるきっと」
フラフラ生きている俺の話を聞いてそう言った。
音さんが仕事やプライベートで着飾る時は何度か髪を綺麗にスタイリングしてあげたけどそんなに感謝されるような事ではない。

 音さんは酔っ払うと自分の身の上話を俺に聞かせた。
何でこんな人生になってしまったのかを時には泣きながら、時には怒って説明した。
音さんは一度結婚していた。夫だった人は2歳年上の高校の先輩。
その人は剣道部で身長が高くカッコよく人気者だったので顔は知っていたが学年も違うしお互いに彼氏彼女がいたので話をした事はなかった。大学生になって偶然地域の運動会でペアを組んで走る事になった時、お互いに何だかとても話がはずみ気が合って付き合うようになった。
音さんが就職して2年後に結婚。
同時に仕事を辞めて専業主婦に。
彼は父親を早くに亡くしていて母親と2人で暮らしていたので結婚しても同居する事にした。
代々資産家の家庭だったので、父が亡くなった後も生活に困る事はなかった。
義母はとても良い人で音さんを本当の娘のように可愛がってくれた。
音さんは4人兄弟の3番目だったので親の愛を独り占めした事がなかったから本当の娘のように接してくれたのが嬉しかったと言っていた。

幸せだったか、10年たっても子供は出来なかった。
いや正確に言うと一回は妊娠したが6ヶ月で流産してしまっていた。何が悪いのかわからないままその後5年治療したけど結局子供を授かる事は出来なかった。
お金も気力も使って疲れ果て、話し合って治療をやめる事にして2人でこの先仲良く生きて行こうと約束した。
子供がいなくても幸せだったからそれで良かったと思おうと。

 治療を諦めてからしばらくしてから
夫の帰りが遅くなる日々が続いた。
公務員で県庁勤めの夫、今までそんなに何日も遅くまで残業が続く事がなかったのに、時には出張と言い帰ってこない日があるようになった。
こんな事は結婚して15年以上経つけど初めてで動揺。疑いたくない気持ちと疑う気持ちが揺れ動く。
浮気が頭をよぎり精神的に不安定になった。
決心し出張と言う夫の後をある日尾行。
不安は的中、女がいた。
その女は夫の部下で若くて綺麗で小さい子供を2人抱えるシングルマザーだった。
4人で仲良くファミレスで食事して笑う夫を見てとてもショックを受けた。
子供は要らないと言ったはず、なのに本心は子供が欲しかったのだろうと思うとやりきれない。私も子供が欲しかっただけど諦めた。
悔しくて情けない時間が過ぎた。
一時の気の迷いだと信じたい。だから知らなかった事にすれば良いと思ったがファミレスで楽しそうに笑う夫の顔が忘れられなくてまともに話す事が出来なくなった。

 そんな私を見ていた義母は夫を問い詰めて白状させた。私に死ぬほど謝れと。そして義母も息子のやらかした事を私に謝った。
「離婚はしないで、あなたにいてほしい何なら息子を追い出す」とまで。
正直私も義母とは離れたくなかった。だけど大事な一人息子と離れ離れにするのにも抵抗があった。
だからといって自分もこの先何もなかったかのように夫と暮らしていく自信もなかった。
別れよう
悩み始めてそう思うまで2年かかったが1人で生きていこうと決心した。40歳からの再スタートになった。

悲しい思いをさせてしまったからと慰謝料として2千万もらい家を出て行った。
そのお金を元に自立しようと決心。
結婚してからは4時間位のパートを少しした位しか働いてないので仕事をどうするか悩んだが、人当たりと笑顔には自信があったので接客業を選びアクセサリーの販売員になった。
そこから仕事一本でがむしゃらに働いた。
幸い売り上げを伸ばす事ができ正社員になれた。往復4時間かかる売り場に4年間通った事もあった。
会社の業績が悪くなり給料が減らされた時は休みの日に違う販売のバイトを掛け持ちしながら頑張った。
老後の生活の為に貯金もした。
なぜそんなに頑張れたのか聞いてみた。音さんは笑いながらこう答えた。
「夫と別れる時ね最後にキスして良いって聞いたら、まだ俺の事そんなに好きなのかって言ったのよ。
そんな事あるわけない、ただのお別れのキスなのに。ほら映画とかでよくあるやつ。なのに男ってバカだよねーこの女はずっと自分の事を好きでいるって思うなんて。
その時この男と別れたくないって悩んだ事がバカらしくなった。気持ちがスッキリしたのよね。これからは自分のために頑張って生きて行こう、好きな時に友達と旅行に行ったり、映画を見に行ったり美味しいもの食べたりして面白く自由に楽しみながら生きて行こうって」

3年前からは保護猫の(リンタロウ)という雄猫を飼い始めとても可愛がっていた。
そのリンタロウは音さんが最後に入院する日に俺が預かった。
「元ノラ猫だから警戒心強くて私以外にはなつかないけど、猫君には珍しく懐いてるから退院するまでお願いね帰ってくるから」と。
俺は苗字は猫だけどどちらかといえは犬派だった。
何故かわからないけどリンタロウに気に入られてしまったらしく、他の人には姿も見せないし追いかけると逃げ回るのに俺には逃げずに寄ってくるので音さんが驚いていた。
音さんからの頼み事なので預かってそのまま飼い続けている。
音さんは入院してそのまま帰らず2週間目に亡くなってしまった。

入院の前日は髪をカットしてシャンプーをさせてくれと申し出た。
抗がん剤の影響で髪はまばらになってるし、また病院で抜けてなくなってしまうかもしれないのに良いのかと言っていたが、自分も美容師を辞めてから久しぶりにハサミを持つから逆に良いですかと前置きして少し緊張しながらカットした。とても気持ちがよかったと喜んでくれた。
退院したらまたお願いねといたずらっ子のように笑っていた。

 音さんには子供はいなかったけど、兄弟がいて2番目の兄の娘夏美を1番可愛がっていた。
夏美は三人兄弟の真ん中で音さんに懐いていたので老後の面倒は自分が見るねと言ってくれたらしい。
夏美は生まれた時から右目の上に2センチ位の黒いアザがあって、綺麗な顔立ちだったけどそのアザのせいでいじめられて不登校になったり、家出したりと大変な時があった。
親にも心を開かない時が長くありその時は自分が面倒をみていたと言っていた。
夏美は結婚して子供も産まれて幸せに生活している。生活の為子育てしながら近くの会社で事務職をして働いているが、副業で健康食品の販売もしているらしく、音さんは随分と売り上げに貢献したと聞いている。
ガンの診断を受けてからその健康食品を飲んでよくなると信じていた事もあったらしいが、やっぱり無理でガンは進行して転移してしんでしまった。
乳がんは早期発見と治療で治る病気だったのに。
健康食品を信じて飲み続けた結果、ガンの治療が遅れて亡くなった可能性もある。
それなのに遺産の受け取り金額が少ないなんてよく言えたもんだ。
老後の面倒も見ていないのに。
#猫好き
#福岡好き
#保護猫リンタロウ

いいなと思ったら応援しよう!