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ハンドクリーム
「使ってごらん」
寒さで見てられないほど紫がかる爪と
散切り頭のようなささくれた指。
それを恥じて目を伏せた刹那にそう言われ
ハンドクリームを塗られた。
高そうな香りを開かせるそれは
他人様に塗られるという状況も相まってか
どこかの令嬢にでもなったような気分だった。
その恍惚を堪能していたら
ふと手を離され
じんわりと温められた手が名残る。
それすらも心地好くて
無造作にその人を見やった。
きっと顔も少しだらしなかったと思う。
が、蕩けた身体では
そこまで気を回せる余裕もなくて。
──だけど、
この手の貰い物は少し苦手でもあった。
美容と習慣癖に疎い人間が
こんなふうに己を気遣うような
自愛なんて持ち合わせているはずがなく。
どうやって使い切ろうかで
頭の中は占め、先程の官能とやらは
そんな思考にすっかり打ち消されて
なんだか湯冷めした気分だ。
憂鬱が
空気を支配していたのか
「僕と同じだね」
とその人からまた言葉が降る。
不意に襲ってくるこれは多分──
ふと湧き上がったものを
打ち消すように
今度ははっきりと目を合わせた。
微笑まれた。
どんなに身構えても死角は消えない。
ハンドクリーム-完-