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職人図鑑 ①何にも動じないタバタさん


『職人図鑑』として私が今までに一緒に働いてきた職人さんの中でも際立って印象的だった人を
ご紹介いたします。


今回はじめての『職人図鑑』として
選ばせて頂いたのは私が職人になった
ばかりの時期に一番お世話になった
タバタさん(仮名)です。

コーヒーブレイクのおともに読んでいただけたら
幸いです。


タバタさんは物腰が柔らかくとても優しいおじいちゃん職人さんです。

タバタさんにとって私は娘のような存在だったのか、毎朝現場に車で向かう際に立ち止まったコンビニでお菓子を買ってくれました。

見た目は普通のおじいちゃんですが
朝7時から12時間以上のこの仕事をさらっと
こなす強靭な体力を持っています。

タバタさんのように65歳以上82歳ぐらいまでの
元気なおじいちゃん職人さんが現場には
ちらほら見かけます。

タバタさんは過去に様々な仕事をした経験があり、人が嫌がるような汚れ作業も文句も言わず
淡々と進めます。


そんなタバタさん。
一度溶剤ばかり扱う仕事を一緒にした際に
私は具合が悪くなり後に回復したものの、
タバタさんは本当に大丈夫なのかと確認すると

「全然大丈夫だよ〜。」

そう言ってトイレに向かうタバタさん。
歩き方が斜めになってました。


また別の現場で私ははじめてのウインチを
扱う事になりました。

ウインチというのは滑車やドラムでワイヤーを
巻き取り重い荷物を上に運んだり、
下ろしたりするものです。

このウインチは足場の単管に取り付けられて
いましたが、
単管と足場が近いと吊り上げるものがあたる為
軍手をしている手でワイヤーを足場から
遠ざける必要がありました。

そして定位置にものがたどり着いたら、
ストップボタンを押して類い寄せ
荷物を足場に下ろして運ぶという
作業を行っていました。


当時会社から渡されていたウインチは
劣化が激しくワイヤー部分がスムーズでない
現場ではもう使うべきものでないものを
使っていました。

ウインチ作業初日の自分にとっては
このワイヤー部分がスムーズでない箇所に
差し掛かった時に吊り上げていた荷物の
揺れが激しくなり今にも単管に当たりそうで
ハラハラしていました。


そしてこの時運んでいたのはモルタル。

モルタルとはセメント系材料の
見た目はコンクリートと変わらないものですが、
固まる前はドロっとした砂とセメントを
混ぜたものになります。


今では厳禁ですが、(当時だって厳禁なはず)
丸缶バケツに大量のモルタル入れて
それを何度も上げて足場の上で受け取り、
施工してる場所まで運び、モルタルを流しこんで
空になったバケツを下ろしては
下でモルタルを練っている人がまた入れて
それを上げて運ぶという作業をしていました。

丸缶バケツに大量のモルタルだと
25kg〜30kgぐらいの重量になります。
私の体重は48kgです。
自分の体重の半分以上60パーセント以上になります。

労働基準法で重量物を運ぶ際、
作業をする労働者の体重の概ね40%以下と
決められていますが、
それを守っている現場がどれだけあるのか
知りたいものです。

現場ではそんなルールに沿って作業できる
環境は整ってませんし、
私がそんな事を言ったところで
それなら使いものにならないから辞めろと
言われるまでです。


そんな過酷な作業を続けている中に
事故はおこりました。


この重い丸缶バケツの並々に入ったモルタルを
ウインチで上げている最中、
ワイヤーのカクッとした箇所に差し掛かった
かと思ったと同時に缶バケツが
大きく揺れ、足場の単管にあたり、
勢いよく揺れた拍子にウインチのフックから外れ、
あろう事か真っ逆さまに落ちたのです。


凄まじい音と共に丸缶が大破し
モルタルが飛び散りました。

この時タバタさんは下でモルタルを練る作業を
していたのです。

私が「あっ!」と思って丸缶が落ちていくまで
何秒もなかったと思いますが、
この間スローモーションになり
タバタさんを殺してしまったと思いました。

30kgの丸缶モルタルが3階から落ちたら‥
そんな事考えるまでもない事です。


悲鳴に近い声で「タバタさん!!!!!!」と
叫びました。



そんな私に何もなかったかのように
私を見上げて


「大丈夫だよ〜。」と一言。


タバタさんの真横に大破した丸缶と
モルタルは飛び散っていて
タバタさんにも確実にモルタルが
跳ね返って当たったはずです。


何より一歩間違えば
どうなってもおかしくなかった状況に
恐怖と安堵が入り混じって
足場に立ちすくんでいる私に


「次の送るね〜。」と一言。


私は流れ作業の一員だったため
作業場を離れる訳にもいかず
心臓がバクバクしたまま細心の注意を払い
休憩までこの作業をひたすら続けました。

休憩になって急いで下に降りて行き
タバタさんに何度も謝っても


「全然大丈夫だよ〜。」と一言。


散らかっていたはずのモルタルも
いつのまにか掃除されていて
ペシャンコになった丸缶の残骸がゴミ捨て場に
当たり前のように置かれていました。


私にとっての一大事がタバタさんに
とっては何でもない事かのように。


それでもこの一歩間違えると大変な事に
なる経験を身を持って体験した事で、
あらゆるリスクを考える事になりました。

私はウインチの使い方というものを
その日の作業前に自分で確認してました。
それでも本来なら安全講習を受けてない人は
この作業に携われないという事を知ったのは
随分後の話しです。

そしてまたまだ使えるからと言って
この古いウインチを使うべきではないんです。


多忙な現場では毎日入れ替わり立ち替わり
新しい人が加わり、常に工期に追われながら
職人は対応しています。


理不尽な環境で日々作業する事に慣れると
危険なことに麻痺してきます。


そう、タバタさんは完全に麻痺した人でした。


温厚な雰囲気とは裏腹に
なぜかハンドルを握ると
レーサーになってしまいます。


スピードをどんどん出して
車線を変えまくり
毎日がアクション映画さながらの
ハラハラ感を与えてくれました。


ある日の現場帰り、
助手席にタバタさんを乗せて
私が運転している最中でした。

タバタさんがお茶を飲もうと
ペットボトルを手に取った後


「ぶわははっぶっっぶへっっっつ!!!」


すごい勢いで何か叫んだと思ったら
窓をあけてしきりに何か吐き出したんです。


「!?!?!?!!??」


私は何が起こったのか分からず
声もはじめは出ませんでした。


何度も何度も窓から吐くタバタさん。


運転中ですぐ停められる道ではなかったので
走りながら横目で見たタバタさんの手に
握られたお茶のペットボトル‥



まさか!?!!




2時間前…


タバタさんと私は今日の最終作業として
塗装した箇所に溶剤のトップコートを塗布、
乾き待ちをしている間に
ハケを洗うためシンナーを使いました。


その汚れたシンナーを空のペットボトルに
入れて持ち帰る際に

「タバタさん、ラベル剥がしておいた
ほうがいいですよ。」


そう言った私に
いつも通り

「そうだね〜。」

そう言ったのを思い出しました。


……。


「タバタさん!シンナー(しかも汚れ)飲んじゃったの?!?!!!!!」


驚きのあまりタメ口になる私に、


「ペっペぺっ!!!また飲んじゃったよ。」


また?!!!!


どうやら今回で3回目だそうです。



こんなおっちょこちょいのタバタさんですが
タバタさんにしかない技術がたくさんあって
タバタさんなくしては完成出来ない現場が
山ほどありました。


職人の仕事の中には
仕上がりの程度の違いがあれど
誰かが作業可能な事がほとんどです。

でもタバタさんの主な仕事は
会社内だけにとどまらず
代わりになれる人はほとんどいないと
断言できます。


雑用でも汚れ仕事も普通にこなし
全く偉ぶったり驕ることのない
タバタさん。

こういう人に紫綬褒章を与えて欲しいです。


そんなタバタさんから
私は直接たくさんのことを学べたのは
本当にラッキーだったと思います。

色んな現場で色んな仕事をする時
ところどころでタバタさんの知恵が
今私の引き出しとなって生かされて
いることに感謝しかありません。

職人さんの中には本当におもしろい人が
たくさんいます。
その中でもタバタさんは群を抜いて
印象的な職人さんのひとりです。


タバタさんは今は職人を引退し
昔からの夢だった船乗りの仕事をたまに
しているそうです。

タバタさんが今も温厚ながら
アグレッシブに挑戦し続けてることが
とてもステキだと思います。


『職人図鑑』の第一回目は
私の尊敬する職人さんタバタさんでした。






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