ネオンが光る街の中で。5話

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失態、そして堕落


『おい、流輝…ちょっと来い』

営業が終わり、店長に呼び出された。

まさか…美姫との一晩が…?


冷静に店長の座るテーブルに向き合い、目を合わせる。冷たい、氷のような雰囲気が背筋を伸ばさせる。

『最近のお前の売上げ、努力、目を見張るものがある。俺としても鼻が高いし、このまま続けてほしい。』

…心底、安堵した。どうやら、別件での呼び出しだったようだ。思わず表情が緩む。

『そこで、だ。実は俺もオーナーから、新店舗のマネージメントも頼まれてな。兼任になるんだ。店長代理は〇〇に頼むとして、〇〇が休みの日に売上げ金管理なんかを任せたいんだ、役職手当も付けられるだろうし、悪い話じゃねーだろ?』

「ま、マジすか?」


久しぶりに良い話だった。あの日から、正直言えば相当気が滅入っていたのだから…。



美姫の部屋で朝を迎えたあの日、俺は夕方からマンションカジノに赴いた。酔った勢いとは言え記憶を無くし、大言を吐き、美姫を抱いた挙げ句…まさか、知らぬ存ぜぬでは通らないだろう。

勿論、行くからには勝ちたかった。本音は行きたくないが強かったのだが…。


美姫の案内でマンションに付くと、想像を絶する光景が広がっていた。

フロアをブチ抜いて作った広々とした空間、現金とチップが飛び交う鉄火場がそこには有った。辺りを見渡すと、バカラ、ブラックジャック、ルーレットなどの各テーブルにお金を持っていそうな人種が目をギラギラさせて座っていた。


どう見てもカタギじゃないような人も中にはいたし、ライバル店のエースらしきホストも女性連れでバカラをプレイしていた。


ちなみに、最初に身分を証明出来るもの、免許証や名刺などをフロアスタッフに提示して、そこから初めてチップとの両替が可能になった。

最低10万円から。ココはいわゆるVIP向けのカジノのようだ。




まぁ…そこから後は思い出したくもない。そこまで運が無いと思った事はなかったが、3時間近い時間で400も溶かし…そこのお店のケツモチからの紹介で街金から更に100借りて、コレも溶かしてしまった。


美姫も最初は奮闘していたものの、俺の負債を聞いてアツくなりドボン。お互いに新しい借用書にサインをする羽目になった。

学生1年目にパチンコや麻雀を覚え、ギャンブルはひと通り勝てる、と思って大金を持っていったが、コレは…。


マンションを出る時、気丈に振る舞っていた美姫が俺の腕に捕まり泣いた。


何故だろう、それが一番悲しかった。



家に帰り、1人になると…

強烈に嫌悪感と焦燥、後悔がいっぺんに襲ってきた。


分かっている。当たり前だ。

女の話に唆され、酔った勢いで強気になり、本心は打ちたくない博打を打ち、1年かけて築いた400万が…


トイレに駆け込み、嘔吐した。


もう一度…。

美姫と連絡を取り、ホストとしての仕事をこなす。

分かっていたのだ、こうなる事は。


実直に、ホストとして働こう。真面目に。借金は増えたが、こればかりは仕方ない。美姫との関係を悪化させない為の…撒き餌だと思うしかなかった。


そこから1週間、頭を切り替えてホストを演じ切った週末に、ようやく降り立った朗報が役職手当と店長からの称賛だった。


美姫に連絡を取り、お褒めの言葉をいただき、更にやる気が出た。

そこからは急展開で自分に運が回ってきたと錯覚するような2週間だった。

同じ店舗内から、新店舗に移籍するキャストが増え、新規の指名も増えた。

店長が目をかけている、とオーナーに言ってくれたようで、オーナーから看板に使う、という話をされた。

店の売上げも上がって、給料明細も見た事ない金額のものが支給された!(勿論、美姫と松丘さんのお陰だが)


何となく浮かれていたのかもしれない。今の俺なら大丈夫、このまま行ける、そんな確信は木っ端微塵に吹き飛ばされる事になる。

カジノで作った新たな借金の返済日、ケータイが鳴り、返済額を聞いた時、頭が真っ白になった。


「ちょっと待ってください、100借りて3回で返す約束でしたよね?返済額が84万って何かの間違いじゃないですか?」



要するに、カジノでアツくなった所を優しく絡めとられ、無法の利息が記された契約書類にサインしていた訳だ。


完全にハメられた。


当たり前の話、こんな額の返済は出来るハズがない。ただ、断ればケツモチの怖いお兄さんが出てくるだろう。店や美姫にも迷惑がかかる、それどころか無事は保証出来ない。

俺は3ヶ月間の自転車操業をするハメになってしまった…。



そんなある日、店の売上げ金を数えている最中、15万ほどの金額が多い事に気付いた。恐らく1組分、売上げが多いのだ。

結論として、伝票がレジを通っておらずお金だけは受け取った上で未精算だっただけで、レジを通すと金額はピッタリ合ってくれた。

初めての経験だったので慌てたが、先輩に聞くと意外によくある事らしい。そりゃ周りも酒を飲み、冷静に会計を出来ない事も往々にしてある訳だから、こんな些細なミスは日常的に存在するのだろう。


だが。

俺の中で悪魔が囁いてしまった。


よく有る事…?

15万だぞ?そんな大金が合わない事が日常的に…?



次の売上げ管理の日、俺は6万3000円の会計を処理し損なった。お金はキチンと受け取った。ただ、何故かレジを打ち忘れたようだ。

閉店作業中、売上げ金を数えると…6万3000円の誤差が生じる。多いのだ。


その6万3000円は何故だか、俺のポケットの中に舞い込んだ。そして6万3000円の会計伝票も、コレも何故だか分からないが逆のポケットに舞い込んだ。


その日の営業が終わり、いつものカフェでコーヒーを飲もうと思った。ただ何故だか怖くなって真っ直ぐに家に帰り…ポケットの中の伝票をシュレッダーに掛けてから…布団に入って泣いた。分からなかった。自分のした事が分からなかった。

いや。分かっていたのだ。他にも会計をする機会はあった。6万以上の会計も存在した。ただ、何となく1番間違いが起きても大丈夫な額、そんな感覚が有った。


要するに…


俺は店の売上げに手をつけた事になる。れっきとした犯罪。それも、バレづらいように額が大きすぎない会計を選んで。確信犯として、店や信頼してくれた人を裏切ったのだ。

それが分かっているから…涙が出ている。




月日が経った。美姫も相変わらず使ってくれていた。松丘さんもたまに顔を出し、豪快にお金を使い酒を飲んだ。仕事は順調、他のキャストの信頼も勝ち取り、沢山の後輩も出来た。大学は留年してしまったが、店の中でのポジションを確立していき、売上げを管理する日も増えた。


売上げに手をつけ、泣いたあの日。

これっきりにしようと思った。


次の売上げ管理の日、コレで最後にしようと思った。


しばらく経って、額を上手く調整しようとした。

カジノの借金を清算した後、美姫の借金も清算させてあげたい、その一心でまた手をつけた。


俺の心には悪魔が居た。そして、俺に話かける。

『お前は頑張っているじゃないか。努力を重ねた人生の中、良い大学入ったんだぜ?それなのに、親の失敗の為にこんな苦界で心を切り売りして…。』


『そこでもお前は耐えたんだ。だからこういう機会が与えられた。良いじゃないか、バレなければ。お前の責任じゃない。』


『親の為、美姫の為、愛する2人の為にやった事、誰も責めやしねー。』


その度に、俺は伝票をシュレッダーに掛けた。

回数が増えると、バレないやり方も分かるようになった。

完全に汚れて、壊れてしまったのかもしれなかった…。


それでも俺はホストとしては優秀だった。売上げを伸ばし、頭角を表していった。美姫という客に育てられたのかもしれない。指名も増えて、場数をこなして、ススキノ界隈でも有名なホストになっていた。


預貯金が増え、ホストとしての風格が一層高まってきて、親の借金を返せるような額まで見えてきた頃。

美姫に対する感謝の念が、心からの愛に変わってしまった事に気付いてしまった頃。


ある噂が流れていた。

俺を面接し、目をかけ、育ててくれた元店長がオーナー直々の御指名で統括部長になる、というものだ。

したがって、店長というポジションが空席になる。

大学生ながら主任という地位に就いていた俺にも関係の有りそうな話だった。正直、大学はもうどうでも良くなっていた。

この世界にどっぷりハマっていたし、今更サラリーマンとしてネクタイ締めて頭を下げては出来ない気がしていたから。

行けるところまでホストをやったら、違う職種で独立したい気持ちも有った。だからこそ今回の人事に際して、俺は店長になれるなら大学を辞めてホストとして食っていこう、そんな気持ちを持っていた。


ある晩、ケータイが鳴った。オーナーからだった。

『流輝、お疲れさん。お前に確認したい事がある。明後日の20時、事務所まで来れるか?店の方はしっかり回るように調整付けて来てくれ。』


「分かりました、調整して20時にそちらに顔出します。」



ついに来たのだ、この時が。

ホストを初めて3年弱。今いるメンバーの中で、俺の売上げは店を支える太い柱となっていた。20歳になったばかりの、弱気なホストはもうどこにもいない。

大丈夫だろう…十中八九、店長になれるハズだ。

店長になって、このススキノの…業界のてっぺんに立つ…。




2日後、20時5分前、事務所のドアをノックする。

ドアを開けると、笑顔のオーナーと統括部長が待ち構えていた…。










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