ネオンが光る街の中で。2話
出逢い
大学生の俺にも春休みがやってきた。
いつもよりも長く寝ていられる…それだけの休み。そして、それはいつもよりも無茶なシフトを組める、言うなれば稼ぎどきの休みだった。
『一緒に東京行こうぜ!兄貴が就職してるし、宿代かかんねーぞ!』
なんて大学の奴に誘われたけど、そんな余裕はどこにもない。仲良く振る舞うだけのトモダチ。やんわりと断る。
「わりぃ、ばあちゃんの具合良くないみたいで、帰省する予定なんだ…」
大好きだった祖母は心労が原因か、心筋梗塞で半年前にこの世を去っている。夏休みの事だったし、コイツらは何も知らない。身内のことは一番断りを入れるのに使いやすい。
心は痛む、楽しい時間も過ごしたい、出来るなら俺も…普通の大学生をやっていたかった。
でも、今となってはそれも無理な話。心に鍵をかけて、夜の街で自分を切り売りしなければいけない…。
昼過ぎに起きた俺は、ケータイのメールをチェックする。職業病かもしれない。今すぐに使えそうな連絡は無いので、誘ってくれた友人に謝罪のメールを作り…そして止めた。
心の中で呟く。
「諦めよう…。」
そう、そんな余裕なんて…無い。売上げに直結させる事をしよう。何せ1億だ。何年かかるか分からない額。何も考えず、遮二無二やるしか道はない…。
14時を回っていた。一服したら、活動を開始しよう。世間は給料日前、フリーで飛び込む女も少ないだろう。タバコを加え、電子ケトルでお湯を沸かし、ストーブのスイッチを押した。
片っ端から営業メール送ったら…一軒くらいヒットしないかな…
そんな事を考えながら、メビウスに火をつけた…。
『おぉ、お疲れ。同伴なかった感じ?』
結局営業の甲斐も虚しく、路上に立つ俺。ススキノの象徴、ニッカの看板が見える交差点で先輩に会う。入店した時に教育係で着いてくれた優しい人。ただ、数字は俺の方が強くなってしまった。それでも、優しく声をかけてくれるってのはありがたい。
『給料日前だもんなー、外は寒みぃもん、早いとこ客見つけて店戻りてぇわ…』
先輩の思惑は残念な事に、2時間以上叶うことは無かった。世に言うリーマンショックのせいなのか、街を歩く女性の財布の紐は固かった。ツイてないのかもしれないが、こんな事してる場合ではない。
ある程度の経験を積むと、ホストは基本給が無くなる。どれだけ掃除しても、路上で声をかけても、客を引っ張って酒を飲ませ、売上げをあげなければ給料はゼロ。つまり、今この時間は全くの無駄な時間になる。
…ムカつく…
チンタラやってる暇はない。俺には売上げが必要なんだから…。
街行く女の子には片っ端から声をかける。水商売風、学生風、主婦層の数人…
どれも無視か、鼻で笑われて終わる。街角に立って3時間近く。そろそろ結果を手にしなければダメな時間になってきていた。ヤバイ…
『焦ってるの、見え見えよー?』
後ろから酒焼けした声をかけられる。自分ではないかもしれないが、自覚はあったので振り返る。誰だ、俺を揶揄う奴は…。
真っ赤なコートの小太り熟女と、その後ろにキャメルのダッフルを着たほっそりした若めの女の子。明らかに俺の方を見て言っているのが分かった。
『アンタ、ホスト?ダメじゃない、ガツガツしてたら。』
馬鹿にしたような嘲笑。
カチンと来たが、その真っ赤なコートは値が張りそうなのは容易に理解出来た。すぐに営業モードに切り替える。
「寒いし、人捕まらないんですよー。お姉さん達、これから予定あるんですか?」
『せっかくススキノ出たし、飲み会の後にまっすぐ旦那の待つ家に帰るのも…って話をしてたのよ、いくら?連れてきなさいよ』
一癖ありそうな客でも、ボウズで終えるよりはマシ。心の中で安堵した。
「初回90分3000円、飲み放題付きでTAXも込みです。お2人ご案内させていただきますが、よろしいでしょうか?」
『いいわよ、ミキも時間大丈夫よね?お金は私が持つから』
『私は…まぁ…マツオカさんが出してくれるなら…』
マツオカさんと、ミキちゃんね…
心の中で確認しながら、店に戻る。お茶挽きにならずに済んだことで、心に余裕も戻ってきた。後はこの2人はどういう層なのか、そして今後に如何に繋げていくか、それを知り、考えるだけだ…。
5分ほど歩き店内に戻ると、一頻り盛況を見せていたが、テーブルはまばらに空いている。スムーズに案内出来そうだ。
「初回の2名です、ノミホ・サンマルです、お願いします」
レジで待ち構えていた店長にコース設定を伝える。店長も髭を蓄えた口元から嬉しそうに、7番、と返してくれる。角から2番目の席に2人を通して、自分も席につく用意をする。
「さ、ここからが勝負だ…。」
席について、名刺を渡す。
「改めまして、流輝(リュウキ)です、今日はよろしくお願いしますね」
話をするにつれ、とんでもない人を捕まえた事に気付いてしまった。
どうも、マツオカさんの方はススキノでも有名な、松丘実業の専務の奥さんらしい。松丘実業と言えば、ススキノの風俗・キャバ・ニュークラで何店舗も出している老舗の会社。2代目の社長は1度見た事があるが、強面でイケイケ、完全に夜の世界の親分のような人だったのを覚えている…。
『ところで流ちゃん、飲み放題の酒なんか飲めないわよ、高いお酒出しなさい!』
棚からボタモチ、そう言っていただけるのはありがたい。
「ドンペリにしますか?ゴールドまで有りますけど…」
『レミー!私がドンペリなんか飲む訳ないでしょ!』
「レミーは…ルイがありますけど…よろしいですか?」
『松丘さん、大丈夫ですか…?』
価格も聞かず、ミキちゃんの制止も聴かず、松丘さんはレミーマルタン・ルイ13世をオーダーした。初めてのお酒なので不確かだったが、確か80万は超えたような気がする。コレ、下手をすると今月のナンバー入りまであるぞ…
『流ちゃん、あんた売上げはあるの?』
酒焼けした声が、更にしゃがれてきた。そりゃそうだ、こんな高いブランデーを恐ろしいペースで飲んでいる。
「まだまだヒヨッコですよ、これからの努力次第です」
『アンタ、優しい顔してるけど、そんな謙虚な姿勢じゃダメなのよ!客引きの時みたいに焦りなさい!私が声かけた男が、現状に満足してるようじゃダメよ!テッペン目指しなさい!』
ススキノでも5本の指に入る大箱のホストクラブだ、ナンバー入りだって2回しかない。いきなりテッペンは…
『ミキ!アンタ、時間作って通いなさい。お金は都合付けるから!売掛け効くの?私の名前で売掛け効くのか、流ちゃん聞いてみなさい!』
相当酔っているようで、店内に響いた声に店長が飛んでくる。眼は輝いている。
『松丘様なら喜んで、売掛けにさせていただきます、今後とも永いお付き合いを…』
その後、店長と松丘さんは支払日やら請求書やらの取り決めをしていた。こればっかりは俺の出る幕は無い。完全に自分の範疇の外だったが、どうやら今日の客引きは大成功だったようだった。
『無茶苦茶ですいません…』
松丘さんが俺に話すばかりだったので、サポートのホストと会話していたが、サポート外れた瞬間にミキちゃんが謝る。
色白で大人しめな彼女だったが、松丘さんの強引な性格が更にそれを引き立たせていた。
「すごく驚いてるよ、こんな凄い人に凄い提案されて。でも、何だかホントに売掛けで飲めそうだし…ミキちゃんまたお願いね?そうだ、メールだけ交換させてくれるかな?」
『家も近いですし…松丘さんの言う事なので、またお邪魔します。メール、赤外線で良いですか?』
他人の金、しかもある程度の額なら怒られない、という算段も彼女には有るのだろう。あっさり連絡先を交換してくれた。こんなにアッサリと打ち出の小槌が見つかるとは思わなかった。
「永井美姫、綺麗な名前だね!」
上手くやれば、しっかり数字になるお姫様だ、それにふさわしい名前は褒めるべきだろう。
『流ちゃん!店長さんに話は付けたわよ!ナンバーワンにさせます、って店長さんに言ったんだから、客引きの時のように!ガツガツ頑張りなさい!』
下品な大声で笑う女王、愛想笑いを浮かべながら頭の算盤を弾く店長。
初回の6000円が何十倍にも化け、これからの算段も付いたこの日。店長は締めの挨拶を終えた後、俺を呼び出しこう言った。
『最初に教えたこと、覚えてるな?枕だけはNG、それ以外であのババアを満足させろよ?連れの女、上手く使って引っ張りだせ。俺は誰がナンバーワンだろうが、構わない。売れる奴が偉い。』
店長は蛇のような目で俺を見た。分かっている、この人にとって俺は駒。替わりは効くし、いなくても構わない。ただ、金を産んでトラブルを起こさないなら重用する。当たり前の話だ。
「上手くやります。」
ニヤリと笑って、肩を叩かれた。それで良い、と言いたげな表情。
俺も満足だった。
しばらくは困らない太客、空いたルイ13世のボトル、今月の明細…。
店を出る。コーヒー飲んで帰ろう。今日もメンテナンスを欠かさずに。
今思えば、この出逢いがボタンの掛け違いだったのかもしれない。
そんな事はその時はまだ知らない。
まだ暗いススキノの空、雪が降ってきた1月末の夜…。
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