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祝・縦走成功
近所の山を探検し始めてそろそろ2カ月。
最近は、タケノコも鳴りを潜め、キクラゲもそこそこ降った雨の翌日にしか生えないとわかったので、一時期ほど足しげく通ってはいない。
しかし、この山塊の縦走はあきらめたわけではない。
自分の体力と、方向音痴っぷりを知っているので、なかなか決行の意思が固まらなかっただけである。
地図も読めないし。
国土地理院の地図で山塊を見ると、縦走路の記載こそないが、一帯がみかん山だったころの農道が尾根付近まで続いているのがわかる。
迷ったらそのうちのどれかのルートを選び西へ降り、ショートカットして帰ることだってできそうに見える。
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ところがどっこい、この地図上の山の道は、すでにわからなくなっているものが大半であり、あてにできるのは、送電線巡視路だけなのである。
しかもこの山は、低いのに傾斜が急で、崩れそうな崖が何か所もある。
竹やぶには、イノシシの掘り返した穴がボコボコと口を開けていて足を取られる。
藪蚊も多い。
見晴らしは期待できない。
なのに、何度も縦走路さがしにトライしているのは、もはや意地だ。
できると思ったことが、できないのがくやしいから行くのだ。
できなかった、といつまでも引っかかり続けるのが嫌だから行くのだ。
今日は、仕事に煮詰まり、ちょっとだけ運動するつもりで、午後遅くに山に登った。
縦走する予定は全くなかった。
なので、家の鍵とスマホしか持って出ていない。
近所の低山で遭難する、悪い見本のようないでたちだ。
しかし、何度目かの天神山山頂に立ってみると、なんだか今日は縦走路を見つけられそうな気がしてきた。
いつにも増して元気だし、スマホの充電もたくさんあるし、ルートログを残せるアプリも入ってるし。
時間は15時過ぎ。
夏至が近づくこの季節、まだまだ明るい。
完全に陽が落ちるまで4時間はあるだろう。
さすがに4時間あれば、なんとかなるんじゃないか。
直線で2㎞もない山塊だし。
そうして、私は無謀な縦走路探しを始めてしまったのであった。
天神山から南へ続く尾根の踏み跡は、アップダウンが続き、時々、獣道に騙されそうになる。
そんな時は親切な誰かが残してくれたテープが頼りだ。
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しかし、これは送電線が近くにある時だけ。
送電線から離れると、テープの間隔は疎になり、次のテープを探すのが大変になる。
一番困るのは竹やぶの中だ。
角度によっては、次の目標が隠れて見えない。
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立ち止まって、周囲を見回しテープを見つけようとしていると、顔の周りに蚊が集まる。
刺されても腫れないし、かゆくならないたちなので、気にしなくてもいいのだけれど、あの音はやっぱり不快だ。
牛が尻尾であぶを追い払うように、手ぬぐいを振り回しながら歩いた。
ログと地図アプリを交互に睨みながら、なんとか最初の目標、千秋寺山というところまでたどりつく。
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この時点で17時。
私はいつも見積もりが甘い。
予定では16時には、到着しているつもりだったのに。
ここから、もう一つ先の、美幸寺山まで行く道もあるはずだ。
しかし、道を探し迷いながら、予定の倍の2時間かかっている。
もう一つの山はあきらめて、降りた方がいいだろう。
うん、そうしよう。
下山は簡単そうに思えた。
山の下には、大学のグラウンドがあり、野球部が練習する声が響いている。
何を言っているのかわからなくても、人の声だというだけで安心する。
最悪の場合、この声を頼りに降りていけば、道がなくても何とかなるに違いない。
ところが、下山路のとっかかりがわからない。
テープが古くなって落ちてしまったのかと、下を見ながら10分ほどうろうろした後、目立つ枝に黒テープが巻かれていたことに気づいた。
そうか。
木の影になっているし、夕方で陽が薄いしで、黒に気づけなかったのだろう。
しかし、よりによって黒を選ぶとは。
そのうち、野球部が練習を終えてしまったようで、声が聞こえなくなってしまった。
やばい。
これは、本格的に急がねばならない。
私が今回、道を見つけるのに大変な苦労をしたのには、落ち葉が道を隠していたせいもある。
かつては整備された登山道だったらしく、よーーーく見ると石を運んで階段が作られているのだ。
そして、手入れされていないそれらの石段は、石が浮いていてトラップのように、乗った瞬間ガクッと傾くのである。
これが、落ち葉の下に埋もれている。
怖いったらない。
こんなところで、ケガをするわけにはいかない。
嫌でも慎重になる。
テープが見つからない時には、しかたがないので石段を探しながら歩いた。
けれど、これが良くなかったのだと思う。
人工物らしきものが続いている安心感で、これが正解の道だと思いこんでしまった。
それを辿っていくと、ぺちゃんこに潰れた廃屋に行きあたった。
廃屋の先には道がない。
つまり、私は、この家(?)に至るために、かなり前に作られたルートを歩いてきてしまったのだ。
どこで間違えた?
わからない。
焦る。
こういう時、山の素人である私の頭の中は忙しい。
「このまま、何となく下まで行けそうじゃない?傾斜も緩そうだし」
右側でささやく悪魔。
「ダメダメ!テープを最後に見たところまで戻って。このまま進んで崖に出ちゃったら、戻ってくるまでのロスもあるし、暗くてテープが探せないかもよ?」
左で悪魔を叱る天使。
そうだよね、こういうところで楽観に傾くと、痛い目に遭うんだよね。
悪魔よ去れ。
「もう嫌だ」
と思いながら来た道を戻る。
結構な急斜面で、息が上がる。
「もう、ほんとに嫌だ」
泣きそうになる。
幸い、テープは見つかり、そこからは無事に下まで戻れたが、あの潰れた廃屋のダメージはすごかった。
もう少しで帰れるはずだと思っている時の「道がない」状態は、本当にしんどい。
よく悪魔になびかなかったと思う。
偉いぞ、私。
下山したお寺の裏から、家までさらに歩いて帰ったのだが、
「道がある。道が見える。道が舗装されてる」
と幸せをかみしめながら歩いたのだった。
自宅到着18時。
怖かったけれど、めちゃくちゃ面白かった。
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最後に、帰宅後夫から聞いた「どんな低い山に行くときでも、持っていくといいもの」リスト。
①水とおやつ……本気で迷った時、これがあることで救われる。
②ヘッドライト……陽が落ちても帰れる可能性が上がる。
③アルミシート……もし山で一晩過ごすことになっても、保温できる。
④タオル……ケガをしたときの出血を抑えるなど、万能。
山登りは、計画的に。
**連続投稿846日目**
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