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野良柑橘の山
家の近所の里山が熱い、ということに気づいてしまった。
「熱い」というのは「面白い、夢中になれる」の方の意味である。
きっかけは、ウォーキングだった。
平地で長距離を歩くより、短くてもアップダウンがあった方がカロリー消費が進むという情報を読み、近所の低山を歩きに行ったのだ。
その山は、地図を見ても名前が出ていない。
キングダムの「黒羊(こくよう)の戦い」で陣取り合戦をしている丘の方が、もしかすると山と呼ぶのにふさわしいんじゃないか、と思えるくらいの低山だ。
市街地からすぐなのに、誰も登っていない。
マイナー中のマイナーな山である。
尾根に登るルートの入り口は、片側が耕作放棄地になっていて、荒れ放題の藪である。
その藪の中に、何か黄色い実がなっているのを先日発見した。
気になる。
あれは、なんだろう?
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今日は、探検する気満々で藪を歩ける格好をして行ったので近くに寄ってみた。
近づくと、こう。
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見ただけで口が酸っぱくなるこのフォルムは、どう見てもレモンだろう。
花粉症で鼻が利かないので、香りで判別できないのが残念だが、レモン以外にこんな形の柑橘は見たことがない。
山の中の荒れ地になっているレモン。
関東の里山でも敦賀の山でも、見たことがない。
これは、ぜひ食してみたい。
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しかし、山には、必ず持ち主がいる。
個人所有でなければ、国有だったり、町有だったりする。
なので、本当は、山にあるものは勝手に採ってはいけないのだ。
タケノコも、キノコも、山菜も、持ち主の方にひとこと断って採らせていただくのがマナーである。
とはいえ、この藪。
人の手が入らなくなって、どれくらいたっているのかわからないが、明らかに「誰かが育てているもの」ではなさそうだ。
申し訳ないが、たくさんあったのをいいことに2つばかりいただいてきた。
道からはわからなかったが、藪に入ってみるとレモンの木からさらに南へ10mほどのところに、何か別の柑橘類っぽい木がある。
こちらも相当放置されていたようで、周りには細い木も生えている。
柑橘類は、収穫を考えて横に枝を伸ばすよう剪定されるので、そんなに背が高くはならない。
この柑橘の木は4mくらいだろうか。
それにしても、周りの木はそれを軽く超えているわけだから、鳥が運んだ何かの種が、レモンの木を追い越す成長を遂げるまでは、放置されていたということは間違いない。
シイの実のどんぐりを育ててた時は、5年でこれくらい大きくなったので、おそらく5年、あるいはもう少し長い期間、放っておかれたものと思われる。
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近づくと、わずかに数個だけ実がなっている。
こんなところで、わずかとはいえ実がなっていることに驚いた。
農家さんが育てている柑橘類は、おいしい種類のものを接ぎ木で増やしたものだ。
種から育ったものはない。(そもそもみかんに種はないし、果肉の中に時々小さな種があることもあるけれど、それを植えても育たない)
よって、野生化した柑橘類は、自力で繁殖できず枯れるしかない。
そのうえ、
みかんの摘果を行わないと、「ジベレリン」というホルモンが枝に蓄積され、翌年の開花が妨げられます。その結果、次の年に果実が実らない枝が発生し、収量の減少につながるのです。
という事情で、放置された柑橘類は、花を咲かせることも無くなり、だんだんと結実しないただの木になっていくのである。
だから、藪の中で見つけたこの柑橘は、必死の力を振り絞ってやっといくつか実をつけたのだろうと思われる。
(本当のところはわからない。とても美味しくて鳥が食べてしまったのかもしれないし。花が咲くころ、また見に行って観察しようと思う)
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さてこちらの柑橘は、レモンではないことくらいしかわからない。
形が丸く、サイズもみかんと同等の小粒だ。
けれど、色はみかんより黄色みが強く、レモンに近い。
どうしても食べてみたくて、1つだけ頂いてきてしまった。
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持ち帰った、2個のレモンと1個の謎柑橘。
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謎柑橘の方は、食後のデザートにいただくことにした。
酸味と苦みが程よく混ざり合った、とてもおいしい八朔だった。
小ぶりだったのは、やはり肥料が足りてないとか、雨が少なくて水が足りてないとか、そういった理由だろうか。
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このあたりの山を歩くと、さび付いたモノレールが打ち捨てられているのをよく見る。
収穫したみかんを運び出していたトロッコの跡だ。
竹やぶに飲み込まれてしまっているが、昔はここもみかん畑だったのかもしれない。
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もしかすると、このレールを辿って山の上まで行けば、また別の野良柑橘に出会えたりするのだろうか。
柑橘は、新芽のうちに枝を切って持ち帰れば、挿し木で増やすことだってできそうだ。
それが叶えば、うちのベランダで、みかんが収穫できる未来も来るのかもしれない。
それはそれは、わくわくするじゃあないか。
そういう意味で、近所の山は熱いのである。
**連続投稿776日目**
(すみません、読んでくださった方の中で「このレモンと八朔は、うちの木です」と言われる方が、もしいらっしゃったら、ぜひご連絡ください。食べちゃった後で申し訳ないのですが、小売価格で買い取らせていただければと思います。事後承諾を了承していただく形になり、ごめんなさい。食べてみたくて抗えませんでした)
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