2024.2.11 新日本プロレス THE NEW BEGINNING in OSAKA 試合雑感
◼️第5試合
オカダ・カズチカ vs 棚橋弘至
12年。言葉にすれば単純ではあるのですが、小学校入学から高校卒業までの年月と考えれば重みがあり、その時期にファンになった人にとってはまさに一つの歴史の終わりでしたね。新日の歴史は連綿と続いてはいますが、一括りに語るにはブシロード以前と以後では新日本プロレスも様変わりしており、2012年以降、マット界の文脈という過去の遺産に頼らず、イチから新しく築き上げ、再構築された歴史の軸が棚橋とオカダの世代交代物語であったわけで、感覚としては2012年に旗揚げされた新団体が一つの節目を迎えたような感覚がありました。新日本プロレス自体はずっと見てはいるのですけどね。
棚橋vsオカダは名勝負数え歌ではあるものの、キャリア、肉体面でも全盛期を迎えつつあるオカダと、社長就任もあって一線を退きつつある棚橋ではやはり現段階の実力に明確に差は出ており、そこを隠さずに赤裸々に見せるのは新日本は凄いなと思いますよ。そうした意味では勝負論は薄かったものの、単なるメモリアルマッチというには試合の意味合いがかなり重く、棚橋が入場にチョイスした「HIGH ENERGY」はそうした過去の再演の意思表示であると同時に、名勝負の再演をやろうとすることは、それ即ち現在のコンディションであの死闘を再びやるという強烈な決意の表れでもあったわけです。
それが明確に伝わってきたのは王座戦モード限定技とでもいうべき棚橋の場外ハイフライ弾。肉体のキレが失われつつあり、体重の増えた今では逆に威力が増している気もしますが、相応に膝へのダメージも深いわけで、キャリアが晩年に差し掛かった選手の飛び技って本当に覚悟がいるものなのですよ。単なる惜別やメモリアルの意識で放てるようなものではなく、オカダを送り出すならそのキャリアの一部を差し出してもいいという、粋な計らいという言葉では片付けられないほどの全身全霊の餞。根底にはやはりエースと呼ばれた選手としての意地があり、海外移籍を控えた中でリスクのあるそうした一発をしっかり被弾したオカダもまた見事ではありました。
入場の段階ですでに感極まって号泣していたオカダではありましたが、試合が始まればそれを包み隠すようなストーンフェイス。繰り出す技は懐かしのヘビーレインが目立っていましたが、やはり棚橋vsオカダで特筆すべきはコーナートップへのドロップキックとツームストンパイルドライバー。1.4の凱旋でスベって低評価だったオカダが一気に掌を返させた技でもあり、この試合でもかなり意識的に繰り出していましたよね。
王座奪取となったレインメーカーとスリングブレイドの撃ち合いの再演。レインメーカーをドンピシャのタイミングで切り返した棚橋の首固め。必死に追い縋る棚橋でしたが、最後は1.4でも出したオカダのツームストンパイルドライバーの最新バージョンからのレインメーカーで轟沈。オカダの牙城を崩すには至らなかったまでも、最後に相応しい大熱戦となりました。
ネット上ではオカダの繰り出した技がランドスライドでは?という声が多く、僕自身も気になっており、改めて1.4のブライアン戦で出した新型ドライバーと合わせて再検証してみたのですが、ようやく謎が解けました。
先に言うと今回の技=ランドスライドではありません。ファイヤーマンキャリーという仕掛ける体勢は同じでも、技を放った後の着地の姿勢がランドスライドは開脚なのに対し、今回のドライバーはAAと同じ膝付き式になっているので放った後の体勢が違うんですよね。膝付きなのは今までのオカダのツームストンシリーズの派生と見て間違いないかもしれません。近年のオカダドライバーは開脚式→エメフロ式と変化を遂げていたわけですが、ここにきて原点回帰とも言える膝付き式に戻ったというのは色々と面白いですね。
そうすると体勢的にもジョン・シナのAAが最も近いわけでは?となりますが、これもまたほんの少し違っていて、ジョン・シナのAAはファイヤーマンキャリーの体勢から相手の首を支点に直接真横にホイップして自身もその方向に向き直って叩きつける形になっていますが、今回のオカダドライバーは抱えた相手の首を真正面に捻るようにスライドさせていて、真横に担いだ状態から自身の向きは変わらずに相手の身体だけ縦にスライドさせているんですよ。この捻るような落とし方はまさにランドスライドの落とし方であり、それはAAとは似て非なるものです。これを思うと実況がランドスライドと言っていたのも納得で、シナのAAと中邑のランドスライドを比較するとその微妙な差異は分かると思いますが、ようは真横に放り投げた際に相手の方向に自身の身体が向くのがAAで、自身の体軸は動かさずに相手の身体が前に落ちるよう捻って前方に落とすのがランドスライドなわけですね。
しかしながら落とし方で判別するというのも実のところ難しいラインにあり、たとえばメジャーな技としてファルコンアローを例に出しますが、あれも後方にブレーンバスターで放り投げてその勢いのまま自身の身体を反転して開脚して落とすバージョンと、自分は動かずに持ち上げた相手の身体の前後を反転させてそのまま落とすバージョンの2種類があり、その両方ともがファルコンアローという技になっているため、仕掛け方の差異より着地の姿勢で判別するというのも正しくはあるんですよね。そういった意味ではAAが一番近いというのも間違いないとは思います。
結論を言うと、落とし方はランドスライド、膝着地の体勢とスラムめいた落ち方はAAという風になっていて、当人はツームストンバリエーションとして使っているという非常にわかりにくい結果だなと(苦笑)なので以上の検証を踏まえた結果、個人的には今回の技は『ランドスライド式ツームストンパイルドライバー』ということで一旦は幕引きでどうですかね?頭から落ちてないからダメ?まあ……とはいえオカダはオーセンティックなツームストン以外ではあまり派手なダメージを与える垂直落下技を好む印象はなく、どちらかというとレインメーカーを仕掛ける上で最も有利なノースサウスポジションの体勢への移行が目的なのもあってか、今回のも技の角度自体は甘めかつ開脚式以降はほとんどサイドバスターになってるのが現状でありまして……。当人も命名に拘ったレッドインクやマネークリップと違ってなぜかドライバー系の技には本当に無頓着で、これはかなりファン泣かせな部分ではありました(笑)
また、検証に使ったジョン・シナのAAも、当初のスタンディングのまま放り投げる形や、尻餅をついて足を真横に投げ出す形、覆い被さるように膝付きで放つ形など、キャリアによって色々と変化しているため一概に技の体勢で結論付けるのも難しく、調べるのには難儀しました。とはいえ、シナは必殺技として使っているので即フォールにいける覆い被さるタイプを好むのもわかりますし、ツームストンの派生技として使いつつ、その後のレインメーカー のために身体を起こしたまま叩きつけるオカダのタイプもまた理に適っており、こうしてみるとレスラーの個性やスタイルが如実に分かるので技の検証って本当に楽しいものですね。個人的には離脱前の宿題がようやく終わったのでホッとしました。これで大手を振ってオカダを見送ることができます。
試合が終わり、ライオンマークの前で深々と座礼して号泣し、肩を震わせるオカダ。前回は所属ラストマッチで、今回はオカダvs棚橋の歴史の終幕。年明け以降のオカダの試合は全てがクライマックスで「泣きすぎでしょ」とオカダ当人も自虐しつつも、やはり何度見てもその別れのシーンは胸に迫るものがありますね。
最後って明確に決まった日があるとは限らず、学校でいえば卒業式が一つの別れではありますが、その後の部活のメンバーとの別れ、バイト先との別れ、クラスメイトとの別れ、大学で一人暮らしをやるなら親との別れと、別れというのは基本的には段階的に繰り返すもので、その度に曖昧だったはずの喪失感が明確な「終わり」となって段々とクリアになっていくものです。残された時間は数少なく、ゆっくりと新日での戦いをフェードアウトしていく中で、最後に棚橋とのシングルがあったことには感謝の念しかありません。今までお疲れ様でした。
◼️第7試合 スペシャルシングルマッチ
ザック・セイバーJr. vs ブライアン・ダニエルソン
世界No.1テクニック選手権。その表示に疑いの余地はなく、文句なく今大会のベストバウトの一つです。ほぼロープに飛ばず、徹底したレスリングマッチでありながら、お互いの技術の鍔迫り合いがそこにはあり、こうした試合が今の新日本で見れること、さらに言えばそうした戦いで世界最高峰の一戦が見れたことには感動しましたね。
比重の重い粘液の中にいるような息苦しさと、それに反して超高速&超高密度の手と足の奪い合い。外国人選手によるグラウンドでのレスリング勝負となるとWWEで半ば伝説化しているクリス・ベノワvsカート・アングルの寝技マッチを思い出しましたね。あれに勝るとも劣らないどころか局所的には超えているとさえ言える超名勝負でしたよ、これは。
驚愕したのはオカダからタップアウトを奪ったブラダニのオモプラッタ式の腕固めを背後で手を繋いで反転してグラウンド卍固めのように足で首を取りにいったことで、あんな返し方があるのか……!と舌を巻きました。すかさずその足を取りに行ったブラダニも素晴らしく、こうすればこうくる、という感じで戦いが会話になっていたのが凄いですよね。まさにこれが本当の意味での肉弾言語(ボディランゲージ)ですよ。
最後はブサイクニーを切り返してのジャパニーズレッグロールクラッチホールドを皮切りに押さえ込みの応酬。個人的に嬉しくもあり、また腹立たしくもあったシーンがあって、それはヨーロピアンクラッチですかね。手を取って両足で肩口を押さえる体勢になるヨーロピアンクラッチの前段階でのフォールカウントが見れた!という点がまず非常に嬉しく、あれって足を跳ね上げる過程が形骸化しているせいか、演舞的に省略されがちですが、本来は足で肩を押さえる簡易的なフォールから、そのカウントを跳ね返す相手の足をブリッジで固めて再度フォールを奪う二段構えの技なんですよね。ここが腹立たしいポイントでもあるのですが、この体勢になった瞬間にレフェリーがカウントを取っておらず、3カウント入ってるじゃん!ってなっちゃって、そこがデカいマイナスです。カウントを取ってないから動く必要性がないとはいえ、ヨーロピアンは肩がついている以上は最初の段階でちゃんとフリでもいいのでカウントを取るべきですよ。まあそれはともかくとして、それを切り返して再びフォールを奪い、さらにそれを切り返しての最後は腕ひしぎをフェイントに使っての変形十字固めでザック・セイバーJr.の勝利!いやあ……最高に濃密でとにかく好みの試合でした。
戦前言っていた通りにギブアップこそ奪えなかったものの、それは恥じるようなものではなく、プロレスは基本的に3カウントを奪い合う競技であり、全てはそこに帰結するわけです。関節を極めるのも相手の身体のコントロールする技術の一つであり、ピンフォールというのは生殺与奪権を握ったに等しく、相手を支配したという証なのですよ。強引に叩きつけてKOする。打撃や投げでダウンさせて関節技を極める。無理やり関節技に引き摺り込んでギブアップを狙う。勝ち方としてはどれも正しく、また「格闘技術」として即戦力になるという意味でも妥当ではありますが、そうした戦いとは違うのです。互いの技術を限界ギリギリまで引き出し、相手をスマートにコントロールして3カウントを奪う。これこそがプロの技であり、まさに技術に関してプライドを持つ両者ならではの決着でしょう。この日、ザック・セイバーJr.は「技術」でブライアン・ダニエルソンを倒し、名実共に世界No.1テクニカルレスラーの称号を手に入れた。もうそれで十分すぎるぐらい報われました。刃牙でいうなら範馬勇次郎から世界最強の座を奪ったようなものと言っても過言ではないですよ。IWGPは奪取して欲しいですが、まずはこの勝利に対して祝杯を上げたいと思います。
◼️第8試合 ドッグパウンドケージマッチ
オスプレイ&TJP&アキラ&HENARE&コブ
vs
フィンレー&ゲイブ&コグリン&コナーズ&モロニー
今大会のベストバウトの一つであると同時に、一番の問題作でもありますね。2003.8.28のIWGPヘビー級選手権金網デスマッチ高山善廣vs蝶野正洋、2004.3.28のノーピープル金網デスマッチ(U-30無差別級選手権)棚橋弘至vs村上和成に続く、新日本プロレスの歴史上通算三度目(新日本プロレス主催の別ブランド、『LOCK UP』での2007.2.4の真壁vsマンモス佐々木の金網デスマッチWEWヘビー級王座戦、2008.1.23の真壁&石井&邪道&外道vs金村キンタロー&折原昌夫&シャドウWX&佐々木貴の破壊〜金網8人タッグデスマッチを含めれば通算五度目)となる金網マッチですが、新日本の歴史からすると亜流の中の亜流であり、また最も異質な試合形式の一つでもあります。
試合内容は筆舌に尽くし難いエクストリームの極みというか、まさに壮絶の一語であり、これは賛否が出るのも分かる話というか……明らかに一線を超えていましたね。椅子やテーブル、ラダーあたりまでは今までのノーDQ戦でも見た光景ではあるのですが、今回はそこに有刺鉄線に画鋲まで加わる凶器の満漢全席ぶりであり、流血必至の凶器に加えて金網デスマッチらしいハードバンプも相まってか、リング上は文字通りの血の海と化してました。
よくこうした試合を受け付けない人を指して「デスマッチへの耐性のない人は〜」と語る人は多いですが、それは些か雑すぎる意見というか、生じた生理的嫌悪感って本来は慣れや耐性の有無でどうにかなるようなものではないんですよ。見識の有無が問題ではなく、倫理観や良識の部分での拒否反応であって、そこにダイレクトに訴えかける試合形式である以上、そうした否定意見が出てくるのは当たり前だとも思います。
個人的な試合そのものの評価としては面白かった部分は多々ありつつも、デスマッチの危険性には加速限界点があり、一つの山を超えてしまうと少し冷めてしまうと同時に幕引きもまた非常に難しくなるなというのを改めて実感しましたね。リング破壊までがピークであり、その後はオスプレイ単独vsウォー・ドッグスの5人という絶望的状況の絵作り、フィンレーの文字通りのオーバーキル、オスプレイラストマッチの敗北という悲劇性のドラマ性は申し分なかったものの、事象としてリング破壊以上のインパクトがあったか?リング破壊がその光景に見た目以上の寄与があったか?と言われたら疑問符が浮かぶ感じですかね。一言で言うなら、残酷さに喰われた、というのが正直な感想です。
しかしながら試合評価がそれならイマイチだったか?と言われたらそれは嘘になり、試合評価というのは基本的には複合的なものです。良かった点は無数にあり、その一つはスポットライトの配分ですかね。5vs5という数の面で散漫になりがちかつ、凶器が主役になりやすい試合形式の中で、参加した選手全員に見せ場があったというのは素晴らしく、加えてこの試合一つでオスプレイからカラム・ニューマンへのバトンタッチとオスカッターの継承、さらにアキラや対戦相手のウォードッグス全員の格上げまで果たしたというのはあまりにも凄すぎることなんですよ。この試合に至るまでの全ての因縁が金網での最終決着戦に繋がっていたのも特筆すべき点であり、逆にユナイテッドエンパイアやウォードッグスのプロモーションとしても完璧な試合だったんですよ。流血や過激表現によるR指定は付いちゃっていますけどね(笑)
コナーズは西部劇の荒くれ者のような印象が上手くデスマッチに溶け合っていて、加えてこの試合においてハードバンプ主演賞といっても過言ではない働きぶりでした。ゲイブは相変わらずの狂犬ぶりでありながら、随所で危険「過ぎない」ように丁寧に調整しつつも持ち前の狂犬ぶりがデスマッチでよりピックアップされていましたね。モロニーはフォークを弾帯のように付けるセンスが素晴らしく、その凶器自体がアキラとの因縁になっている点も良かったです。コグリンは完全に自身のキャラを掴んだ感じがあるというか、まず入場での椅子装備が限界突破してた時点でめちゃくちゃ笑いましたし、その後の竹刀二刀流からなぜか相手に渡してその殴打に耐えるという謎ムーブにも笑いました。残酷になりすぎない塩梅で見てる側がバカ負けしそうな空気になったのは間違いなくコグリンのおかげですし、無表情が一番絵になる脳筋サイボーグというのもめちゃくちゃハマっていましたね。
この試合、目立ちっぷりもさることながら、オスプレイのラストマッチというのもあってか、全員が全員かなり意図的にリミッターを外した感じがあり、何もかもをブッ壊してでも「伝説を作ること」で、ユナイテッドエンパイアとウォードッグスで互いに合意が取れていた気がします。敵味方問わずハチャメチャに暴れ回った凶暴さによる共謀の作品。教師の目を盗んでゲリラ的にカマした荒くれ者の文化祭のような感じがあり、そうしたプロレス犯罪計画に「共犯」として観客までも巻き込まれてしまったことを思うと苛烈な批判が出るのも致し方ないというか、同意した覚えのない残酷ショーの片道切符を掴まされたような感じだったのではないでしょうか。そんな居心地の悪さと、リング上で起こるあり得ない出来事の連発による興奮。そしてオスプレイのラストマッチという言いようのない喪失感。こうした相反した感情がないまぜになってグチャグチャになるのがプロレスの醍醐味であり、まさに一夜の夢でしたね。
ユナイテッドエンパイアとウォードッグスによる64分5秒の新日本プロレスハイジャック。外国人選手一同によって既存のメジャー団体では決して許されないことをやることで、確かにそこに何かを刻み込みたかったのかもしれません。過去現在、未来永劫、これまでも、そしてこれからも、今日のこの日の死闘だけは誰にも乗り超えさせないということを観客に、そして世界に見せつけたかった。そうした意地と叛逆による饗宴を僕は完全に否定することはできません。間違いなく歴史に残る一戦でした。どう見るかは観客の自由であり、抱いた感情もまた否定はできない。ただ今は一言だけ。ウィル・オスプレイ、8年間お疲れ様でした。貴方はまごうことなきプロレス新時代の天才の一人であり、そして新日本プロレスの歴史上で見ても五本の指に入る外国人選手のエースだったと思います。
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今回の大阪大会。期待通りの神興行でしたね。レビューしたのはわずか3試合ではありましたが、そのどれもが濃密かつ語り甲斐のある試合でした。オカダとオスプレイという二大巨頭がいない新日本プロレスの光景は寂しくもありますが、新たな時代に向けてみんなで進んでいきましょう。ではでは。