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バルカン半島旅行記⑥ザグレブで失恋とサッカーを考える。

普通の高校2年生が、あるとき、ユーゴスラビアに魅せられて、夏休みにバルカン半島を1ヶ月間旅した話。

ザグレブへ

7月27日。この日はリュブリャナからクロアチアの首都ザグレブに移動した。
ザグレブまでは国際列車で2時間程度だ。
8:25発のベオグラード行きに乗り込んだ。

かなりポピュラーな路線だったらしく、車内はひどく混み合っていた。鮨詰め状態で、隣にいた人と笑うしかない状況だったが、混雑は列車が国境に近づくと解消されていった。

クロアチアはEU加盟国だが、シェンゲン協定には加盟していないので、入国審査が必要だ。 
列車が国境の駅で停車してしばらくすると、入国審査官が乗り込んできてパスポートをチェックする。
入国のスタンプはその場で押してもらう。
荷物チェックなどは特にない。(ガバガバじゃん…) 
少人数の入国審査官が、長い車両を端から端まで周るので、意外と時間がかかる。 
スタンプはEU加盟国共通のもの。今回は列車での入国ということで、スタンプには汽車がデザインされている。かわいい

越境してから30分程でザグレブ中央駅に到着した。 

ザグレブで泊まるホステルは街の中心部に位置していた。駅からはトラムを利用するのが便利だが、歩いて向かうことにした。 ザグレブのトラムは、外国人を狙ったスリが多発することで知られている。  

ホステルがある街の中心部には案外早く着いた。 
しかし肝心のホステルが見つからない。目立つ看板があるというが、見当たらない。
こういう細かい場所になるとGoogleMapは弱い。 
結局入り口を見つけるまでに20分近くもかかってしまった。(人に尋ねるという発想はなかったのか…)

目立たない雑居ビルの中のホステルだったが、中はかなりきれいに整備されていて驚いた。
荷物を預けて少し休憩してから街の散策を始めた。 

ホステルを出てまず目に入ってくるのが、イェラチッチ総督広場。クロアチアの英雄の名を冠したその広場は多くの人で賑わっていた。
アジア風の音楽が聴こえてきたので、近づいてみると、仏教らしき宗教を布教している団体だった。
リュブリャナからの電車でもヨーロッパ人の僧侶らしき人を見かけたし、この地域では仏教系がある程度の勢力を持っているのかもしれない。  

朝食にサンドイッチを買った。広場の喧騒から逃れようと、公園に向かった。すれ違いざまに若い男が、「チャイナか?あ?チャイナ??」と声をかけてくる。
反射的に「ジャパン!」と返す。するとその男はすぐに戻ってきて「ジャパンか!ジャクーザ(ヤクザのことだろう)!ジャクーザマフィア!麻薬持ってるだろ。俺が逮捕してやるよ。」 とからかってきた。 まさか外国人の口からヤクザという単語が出てくるとは思わなかった。日本のイメージってサムライとか忍者じゃないの? 

公園のベンチに座って食べるサンドイッチは最高だった。この日は気温が高く、疲れたのでホステルに戻って休憩することにした。

ホステルは、きれいに整備されていて驚いた。スタッフも親切だし、居心地が良い。安いし、下手なホテルに止まるより快適かもしれない。

まだ誰もいないホステルの部屋で、本を読むなどしてくつろいだ。 

午後の5時にもなると、外気温も下がり過ごしやすくなってきたので、再び街歩きに出かけた。夏のヨーロッパは日が長く、午後の7時頃までは昼間のように明るい。 

ザグレブは正直見どころは多くないが、いくつか気になっていた場所があったので行ってみた。   

まずは失恋博物館。世界中から失恋のエピソードと、それにまつわる思い出の品を集めたという変わった博物館だ。

日本語で書かれた案内本もあるので、展示内容を理解するのは簡単。切ないエピソードから、キチガイじみたものまで、展示内容は案外面白くて飽きない。 
いくつか紹介してみる↓

日本から送られたという展示品もあった。   

博物館を出てしばらく歩いていくと、可愛らしい教会が見えてくる。聖マルコ教会だ。
屋根にはふたつの大きな紋章がタイルで描かれており、向かって左がクロアチア王国、ダルマチア地方、スラヴォニア地方を表す紋章、右側はザグレブの紋章らしい。

ザグレブの見どころは他には無さそうだったが、街の雰囲気が良かったので、その後もしばらく街を散策した。

サッカークロアチア代表の記念館があった。
クロアチアは、サッカーが強いことで知られており、2018年のワールドカップロシア大会では準優勝している。モドリッチやマンジュキッチが有名だ。 

かつてユーゴスラビアは、東欧のブラジルと呼ばれるほどサッカーが強かった。世界で活躍する〜ッチという名前の選手は、旧ユーゴ出身である。   
もし、まだユーゴが存在していたら、どんなに強いサッカーチームだったのだろう。そんなことを考えながらホステルに戻った。

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↓旧ユーゴのサッカーについて

第3回 ナショナリズムの象徴かそれとも犠牲者か——サッカーと旧ユーゴをめぐる紛争
https://www.ide.go.jp/Japanese/IDEsquare/Column/ISQ000001/ISQ000001_003.html

ありがとう御座います