見出し画像

【カテキョ(1)】こころ がいたから、私は家庭教師を続けている。

私は長年、家庭教師をしてきた。家庭教師で出会った生徒さんらのエピソードを、書いていこうと思う。
(個人の特定を避けるため、事実を元にフィクション化しています)

今回は、こころ(仮名)の話。


私は、この子がいたから、家庭教師を続けている。この子に会って「だから私は、家庭教師が好きなんだ」と思えた。


こころは中学3年生女の子。高校受験の3ヶ月前申し込みがあり、私が派遣された。

こころは塾に通っていた。
いちばん最初に会った時、塾でもらった教材をたくさん広げて、たくさん質問をしてきた。が、それはこころの疑問を解消すると言うより、私を試す質問だった。

私は、専門が数学で、「それ以外も時折見るよ」というスタイルの家庭教師。私自身、偏差値がそんなに高くないので、難関校受験生には私は向いていない。勉強が嫌いな子、苦手な子向けの家庭教師だ。
こころが通う塾は、難関校受験生がたくさんいる、トップレベルの塾だった。聞いてくる問題はどれも難しい。


『この答えって選択肢エで合ってますか?』と聞かれて
「え〜、、っと。ちょっと待ってね〜。。」と私が返すと、
『もしかしてわからないんですか?』と、こころは鼻で笑った。
「うん、ごめんね。すぐにはわからない。私即答ができないんだ。理科は専門じゃなくて。ごめんね。」と、私は謝るしかなかった。

こころの質問攻めが一通り終わって、一段落ついた時私は「そういえば習い事やってるんだって?」と聞いてみた。

会社から生徒紹介をされる際、生徒の情報がこちらに入る。成績や学習状況だけでなく、その子の趣味や特技なんかも教えてくれた。事前にこころの習い事の事は聞いていた。

習い事の話をするときのこころは、勉強とは違い、声が弾んですごく楽しそう。そして話が全然止まらない。笑

家庭教師を選ぶ子がそうなのか、はたまた私が見る生徒たちがたまたまそうなのか、本当によくしゃべる子が多い。こころもその1人だ。


週に1〜2回の指導の中で、勉強の話半分、それ以外の話半分ぐらいのペースでやっていた。
塾にも通い、家庭教師もして、こころは疲れているように見えた。家庭教師の時間が良い息抜きになればいいなと言う思いも込めて、楽しく話をした。


趣味の話、部活の話、習い事の話、学校の先生の話、友達の話、いろんなジャンルの話をしたが、こころは少しプライドが高いところがある。まるで「自分は何でも知っている。」と言わんばかりに話す。そんな彼女を、私は尊重した。彼女の自慢話にも得意げな話にも、少し誰かを見下すような話し方も、全部受け止めた。
だってそれって、こころは自分に自信がないからでしょ?
そんな自信のない彼女を受け止めてあげたかった。


こころの指導し始めて、1ヵ月半頃、私は彼女の服装について話をした。こころは毎回、私服がおしゃれだ。「センスがある」とは少し違う。いや、おしゃれでセンスもあるんだけれど、毎回お出かけに行くような服で「おしゃれな服を着て頑張っている」という印象だった。中学生は、学校に毎日制服を着ていくため、これまで家庭教師をしてきた中学生は、大体学校のジャージか制服を着ていることが多く、またはスウェットを着ていたりすることもある。私服を着ていても、ジーンズにTシャツみたいなラフな格好だったりする。つまり、中学生はあまり私服を持っていないことが多い。せいぜい友達と遊びに行く際のおしゃれ着を何着か持っている程度だと思う。


「こころって、毎回服違うよね?同じ服着てるとこ見たことないし。しかも可愛いし。」

『うん、、、、でも、』
と、こころは恥ずかしそうに話し出す。こんなにもじもじして話すこころは、初めて見る。

『小学生の頃は、毎日ジャージばっかり来てた。笑 』

「えー!?意外!」
私はこの話を止めてはいけないと思った。私は生徒だけでなく、誰と話していても、「ここが鍵だ」と思う瞬間が、みえる。

『小学生の頃は、全然服に興味なくって。でも中学生になって塾に通うと、女子たちがみんな可愛い服着てて、ファッション雑誌読んでたりして、それ見たときに“私もおしゃれな服着ないと!”って思って、そこからいろいろ服の研究し始めたんだよね。』

顔を真っ赤にしながら、話をするこころ。
うん。そうだよね。“頑張って”可愛い服着てるんだよね。そんなこころが余計にいとおしく感じた。

「あーそうなんだー!塾に行く子ってみんなおしゃれしていくんだね!へぇ〜知らなかったなぁ〜。確かに、周りの女の子、みんなおしゃれしてたら焦るよね!」

『そうそう!“ジャージ着てたらダメだ”って思って。私もファッション系の雑誌見て、お母さんといっしょに服買いに行ったり』

こころなりに「みんなについていこう」「浮いてしまわないようにしよう」と考えて、必死だったんだと思う。「何を着るかなんて関係ないよ」なんて、絶対言っちゃだめだ。彼女には守りたいものがある。そしてその気持ちも、わかる。


この話をきっかけに、こころは前ほど強がらなくなった。
塾では成績が下位層であること、塾で先生に質問できるのは上位層だけだということ、だから、塾でわからないことがあっても、塾の先生には聞けないんだと言うこと。そんな話もしてくれた。


そこから何日か経って、こころに数学の問題を質問された。立体の体積を求める問題だ。
『この問題ってどうやって解くんですか?この立体からこの立体を引けばいいんですか?』

「そうそう。1つ1つ順番にやっていこう。まずここの体積だね。公式知ってる?」

『、、、わかんない』

私は、このときのこころの顔が忘れられない。恥ずかしそうな、それでいて、とても素に近いこころの、はにかんだ顔。

ぶっちゃけてしまえば、受験直前の中3がこの公式を知らないのは、かなりまずい。しかもハイレベルな塾に通っているこころが、まさか知らないとは思わなかった。内心めちゃくちゃびっくりしたけど、この公式を知らないまま塾に通い続けているこころは、相当しんどかったと思う。よく言ってくれたと思った。

きっと、他の人に聞けば「え!?知らないの!?」「そんなこともわからないの?」と言われてしまうだろう。だから私は絶対に言わない。こころは少なくとも、私になら質問できる、と思ってくれて、勇気を持って質問してくれたはずだ。プライドの高いこころが。

「オッケー!今から教えるね!」と、私は普通に返した。内心びっくりしたことがバレないように。笑
この質問をされること自体は、そんな稀なことでもない、むしろよく聞かれる。これに関して教えるのは、私は得意だ。

教えるといっても、大した事じゃない。(公式だからね。まぁでも学校や塾とは少し教え方が違うから、そういう面では私は得意だと思っている。)
ただ、こころが凄かったのは、「公式だけ」を知らなかったこと。解き方や方針はわかっているのである。公式を教えたら、こころの脳内でバラバラだったパーツが、一気に組み立てられるように、スイスイと解けるようになった。一気に発展問題までできてしまうのである。さすが、トップレベルの塾に通うだけの事はある。



その次の週、こころの保護者の方から「先生に教えてもらったおかげで、塾の図形の小テストで満点取れたんです。ありがとうございます。」と言っていただけた。
いやはや満点とは。さすが。


実は、こころの保護者の方は、家庭教師の指導中に雑談することを断固拒否していた。「あの子、喋りだしたら止まらないんです。勉強の話以外はしないでください。」と言われていた。

私はその場で、「分りました。」と言いながら、雑談は止めなかった。雑談していなければ、こころはずっと公式がわからないことを私に言えなかったと思う。雑談から生まれる信頼関係がある。



家庭教師をしていると、「質問したいのにできない子」にしょっちゅう出会う。私はその質問をさせてあげるのが仕事だと、そう感じている。



こころは無事、志望校に合格することができた。
こころは、家族の悩みも話してくれたことがあり、そんなに珍しい話では無いのかもしれないけれど、少し心がチクチクするような、そんな内容だった。

私はこころの最後の指導の時、
「こころが悩んでいることあるじゃん?きっとね、こころと似たような家庭環境の子も、高校にはいると思うんだ。誰かと悩みを共有できる時がきっと来るからね。高校生活楽しんでね。」
と伝えた。

こころは私の目を見ながら、耳を傾けてくれた。
『うん。』
と、返事をしたこころは、何を思っていただろう。


こころは今、元気でやっているかな。
こころみたいな子に少しでも寄り添うことができるように、私は存在したい。



いいなと思ったら応援しよう!