ドラマ 祈りの人 脚本 ーもう一度、空で逢えたらー
登場人物
美容院常連客 尾瀬迅 会社員 独身 五十代男性
美容院店主 長崎吾郎 離婚歴あり 五十代男性
第一話
迅「よう、いつもの感じで」
杖をついて店に入る迅
吾郎「具合どう」
ヘアカットカバーをつける吾郎
迅「まあ年は越せそうだわ
治る病気でもないけどな」
吾郎「そうか」
迅「末期癌でも、もう少し生きていられるみたいだ」
髪を櫛でとく吾郎
吾郎「うん」
迅「最後に、もう一回、パラグライダーやりてぇ」
吾郎「やろうや
連れていくぞ
玲央もきっと喜ぶんじゃねえか」
鏡越しでこちらを伺う吾郎
迅「もう、こんな体だし
二十キロもかつげねぇよ」
（回想）
５月のスキー場
天まで届きそうな青空
山に吹きつける風
眩しい太陽
玲央「迅、いくぞ」
迅「オッケー、玲央」
玲央の後を追いかけ飛び出す迅
空に舞い上がる
ハーネスが体に食い込む
鳥になる
迅のM「太古の昔、人はきっと空を飛んでいたはずだ
鳥になり損ねたのが今の人の祖先だ
だから、人は空がこんなにも恋しい
玲央と飛ぶ、この大空が」
突然、突風が吹く
風に煽られる二人
玲央「ワアーッ」
旋回してコントロールを失う玲央
失速して落ちて行く
迅「玲央！玲央！」
泣き叫ぶ迅
救急車が着いた時には心配停止だった玲央
パラグライダー事故で目の前で恋人を失った迅
あれ以来、パラグライダーを止めていた迅
（回想戻り）
吾郎「あのな、前にも話したことあるけど
俺、子供の頃、酷い環境で育って
こっちに出てきて親方の弟子になって
一生懸命に働いた
独りで生きてきた
回りのことなんか気にしてる余裕なかった
でもな、この歳になるとさ少し回りが見えてきてな
商店街の皆さんと一緒に
こども食堂始めた」
迅「あ、そこのこども食堂のことか
こども無料の飲食店」
吾郎「そう、見てくれてたんだ
協力してくれる人も来てくれた
子供達も来てくれた
嬉しかったよ
偽善者って言われてもな
ある時、旨そうに食べてる子供達の顔みてたら
子供の時に見てたアニメのタイガーマスクの歌をふと思い出した
「それだから、皆の幸せ祈るのさ」って
俺さ、それわかったんだ
この前、バイクに乗って信号を待っている時にな
スーパーの前で三十代と六十代の女性がいたんだ
身形は良くなかった
でもな、お米を抱えて嬉しそうに歩いていたんだ
家に帰ったらご飯炊いて皆で美味しいって食べるんだろうな
この人達に何か少しでも、いいことがありますようにって祈った
店の前のゴミ箱に自宅のゴミを捨てにくる人がいてな
店の中、気にしながらさ
こっちから丸見えなのにさ
可愛そうな人だなって
このひとに何かいいことがありますようにって祈った
店の前を憂鬱そうな顔して歩く人がいるんだ
こんな人生じゃなかったみたいな顔してな
このひとに何か少しでもいいことがありますようにって祈った」
迅「俺が死んだらさ」
吾郎「迅、お前、きっと治る
きっと良くなる
祈っているから
良くなって俺の骨を拾ってくれ
頼んだぞ」
迅「吾郎、お前にも
何かいいことがありますように祈ってるよ」
白髪の混じった迅の髪を切り続ける吾郎
涙がこぼれる迅
次の予約で店に入ってきた客
迅のM「このひとにも何かいいことがありますように」
迅「玲央、行くぞ、それっ」
パラグライダーを背負った迅が大空に飛び出す
天まで届きそうな青空
山に吹きつける風
眩しい太陽
迅「そっちから、見えてるか、玲央
俺、今、飛んでるぞ
お前、モテてたからさ
あの世で彼氏作ってんじゃねーかって心配でさ
俺、こんなおっさんになっちまって心配だ
まだ俺のこと好きでいてくれんのかな
お前の育ててた観葉植物な枯らしちまった、わりいな
お前からもらった時計落としちまった、懸命に探したんだけど出てこないままだ、ごめん
お前が飼っていた猫も、この前死んじまった
結局、俺には全然、懐かなかったよ
お前の膝の上を取り合ったの根にもってんだよ
夜中になるとさ、ニャーニャー鳴くんだ
泣きてえのは、こっちだつうのにさ
お前がつけたたペアリングはネックレスにしてるから
これだけは無くしてないぜ」
ピピピピ
「玲央」
○病院、病室前
名前 尾瀬迅
ピピピピ
ピーー
看護師が走って病室に入る
ピーー
「尾瀬さん、尾瀬さん
先生、至急、尾瀬さんの病室までお願いします」
祈りの人
完
2024/12/8
マザー・テレサ「祈りを唱える人でなく、祈りの人になりなさい」
◼️注記
パラグライダーは決して危険なスポーツではありません。
ただし、正しい安全管理の元で、指導員の指示に従った場合に限ります。
きっと大空の下で、大きな感動があなたを持ち構えています。