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小さな観光地での勝ち筋とは

― 伝統文化と「時間の力」を味方にする ―

最近、「地方創生」という言葉を耳にしない日はありません。けれど、実際に地方に住んで生きてみると、駅前のシャッター街や高齢化が進む山間の集落など、課題が山積している現実を目にします。

私が住んでいる秋田県北秋田市森吉地区も同様です。荒れた登山道、閉じられた古い宿泊施設、限られた交通手段。

その一方で、山頂から眺める絶景や、伝統的な祭りに誇りを持つ地元の方々の熱量が「もったいない」と感じるほどに眠っているのです。

まるで宝の山を前にしながら、どう活かせばいいのか分からず、手をこまねいているようにも見えました。

実はこの「もったいない」という感覚こそが“小さな観光経済圏の成功”へのヒントになるのではないでしょうか。今日はそんな内容です。


私は20代の後半にゲストハウスを開業する場所を探して、全国の観光地を巡り、多くの地域住民や観光関係者と出会ってきました。

観光地でそれぞれに楽しむお客さんの反応はいつも興味深かったです。素朴な山村の光景に感動する人がいれば、逆に「観光地としての利便性が足りない」と不満をこぼす人もいました。

特に不便さを感じる方にとっては、道中の宿泊場所の少なさや移動手段の限られ方は大きなネックだったようです。

一方で、地元の方々が長年かけて守ってきた伝統や文化、自然の恵みに触れると、多くの人が「これこそ本物の体験だ」と目を輝かせるんですね。

私自身も秋田の山奥でマタギの文化に出会ったとき、最新のテクノロジーを使った“仮想体験”等とは全く異なるリアリティと知恵に大きな衝撃を受けました。

山や森、その土地の動物たち、そして集落の人々との深い結びつきは、一朝一夕では築けない“時間の重み”を感じさせてくれるものだったのです。

 正直、最初はこうした文化を観光にどう生かせばいいのか、私にも全然ピンときませんでした。しかし、一度腹を割ってマタギの方々と話しているうちに、長年の経験から「どうすれば自然を持続的に利用できるか」「過度な開発はなぜ危険なのか」を学び、その知恵こそが観光資源として輝くことに気づかされました。


夜明けの森を歩くとき、空気がびっくりするほど澄んでいるのに、どこか湿度を孕んでいて鼻腔を刺激します。

足元の落ち葉を踏みしめる感触はフワフワとしていて、遠くで鳥のさえずりがこだまする。

ときおり木々の間を抜けてくる風が耳元でささやくと、「ここは人間の領域ではないんだ」という畏敬の念が湧いてくるんです。

日の光がゆっくりと山肌を照らし始めると、まるで山全体が目を覚ますかのよう。

こんな光景を目にするたび、人間の作り出す“最新技術の便利さ”なんて、自然の壮大さに比べればごく一部の、あくまでも補助でしかない、と改めて感じます。


さて、地方の観光振興には多くの課題があります。まず、交通インフラの整備不足やアクセスの悪さ。大都市から遠いとどうしても客足が伸びにくい。

次に宿泊・飲食施設など受け入れ環境の改善も必要です。さらに、高齢化が進む地方では、担い手不足が深刻で、伝統文化そのものを継承できる人材が見つからない場合も多い。

また、観光資源をPRするための情報発信やブランディングのノウハウが不足していることも大きな壁となっています。

一方で、観光のトレンドは常に変化していて、たとえばVRやオンラインイベントを活用すれば、場所を問わずに楽しめる時代になりつつあります。

もちろん、そうしたテクノロジーを取り入れること自体は否定しません。むしろ必要なアプローチだと思います。

ですが、小規模な観光経済圏において“大型投資”をしても、そのリターンを得るのはなかなか難しいのが実情ではないでしょうか。

巨大なアミューズメント施設を建てても維持費がかさみ、利用者が減ればすぐに赤字へ転落してしまうケースも少なくありません。

そこで私が注目しているのが“時間が経つほど価値が上がる”ものに投資するという考え方です。

たとえば、長期熟成のウィスキーのように、じっくり寝かせることで深い味わいと高い評価を得られるもの。

あるいはマタギ文化のように、長い年月をかけて磨かれ、独自の知恵と伝統を宿すもの。

こうした“ストック型の資産”こそが、小さな観光経済圏の鍵になるのではないでしょうか。

なぜなら、最新技術や大規模施設と違って、古くから培われた文化や風景は、それ自体が長い歴史と魅力を携えているからです。

マタギ文化の例でいえば、ただ“狩猟の技術”を見せるだけでなく、その背景にある自然との向き合い方や、共存への尊敬の念、独自の信仰心など、いわば積み重ねられた“物語”がある。

これが重要です。

人はストーリーに惹かれ、時間をかけて育まれた価値に尊さやロマンを感じるものだからです。

もちろん、このような伝統文化をそのまま観光商品に変えるだけでは、現代の需要に合わない部分も出てくるでしょう。

そこで必要なのは、専門家や地元の若者たち、外部からの人材を巻き込みながら、“時間の力”を活かした新しい仕組みをデザインすることです。

地元の酒蔵が熟成酒のツーリズムを企画したり、あるいは伝統工芸品を現代的な意匠でアレンジして海外に売り込むなど、「古いもの」だからこそできる展開は多様に考えられます。

経済の面から見れば、こうした“待つ”ことを前提とした投資は短期的な収益が見えづらく、リスクが高いように見えるかもしれません。

しかし、長い目で見れば、それこそが地域のブランド力を高め、唯一無二の資産へと成長していくはずです。

観光客がリピーターとなり、特別な体験を求めて何度も足を運ぶようになる。そうした“地道な積み重ね”が、結果的に観光経済を支えていくのだと思います。

私自身も30歳代でマタギ体験の案内役をやらせてもらっても、やっぱりしっくりこない部分がありました。マタギと言えば孤高の狩人、コワモテの老人のイメージがあります。70歳代のおじいちゃんが案内してくれると、お客さんの反応も見るからに違います。
それでも40代になり、白髪が増えてくると、段々とお客さんの反応も変わってきているのかなと、少しはマタギのイメージに近づいているのかなと思っています。

時間が経てば経つほど、勝手に価値が上がっていくようなものは、お酒や伝統文化の他にもまだまだあるはずです。


だからこそ、私たちは「短期的なブーム」に踊らされるばかりではなく、地域ならではの「時間の価値」に目を向ける必要があるのではないでしょうか。

テクノロジーをいくら活用しても再現できない歴史や文化、自然と人が織りなす物語が、小さな観光経済圏を強く育てる鍵になると思うのです。

伝統は、ただ古いだけの「残り物」ではありません。

むしろ“歴史を積み重ねてきた結果”という、とても貴重な資産。

あなたの町や気になっている地域には、どんな「時間の力」が眠っているでしょう?

おそらく想像もしなかったドラマが隠されているはずです。その宝の山を掘り起こし、今の時代にふさわしい形で磨いてみる。きっと、そこにこそ新しい観光の未来があるのだと、私は信じています。

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織山英行@マタギの足跡を辿る命の山旅
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