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マタギの熊狩りツアーについて

こんにちは、織山英行です。私は秋田県北秋田市の森吉山麓で「ORIYAMAKE」というゲストハウスを営みながら、登山ガイドや公物管理補助業務等をして活動しています。狩猟者になってからは間もなく10年を数えますが、まだまだ勉強だらけの毎日です。
近年、マタギ文化が注目され、私のもとにも「熊狩りツアーをしてほしい」といった依頼が届くことがあります。しかし、これには大きな誤解が含まれていると感じています。今回は、マタギを近くで見ている立場から、熊狩りツアーの危険性と無理がある理由、そしてマタギが熊以外にどのような価値を提供できるのかをお話ししたいと思います。


マタギと熊の深い関係

そもそもマタギとは、単なる狩猟者ではありません。特に秋田県北部に伝わるマタギ文化では、熊は「山の神様からの授かり物」として尊ばれ、必要なときに限り、皆で山に入って追う対象でした。
その背景には、自然を敬い、山での生態系バランスを守るという思想が根付いています。狩猟自体も「命をいただく」という謙虚な姿勢が重要で、熊は食料としてだけでなく、毛皮や骨、内臓といったすべての部位を無駄なく利用することで生活の糧としました。

しかし、これは単純に熊を狩ることを目的とした行動ではありません。狩猟の裏には「熊が人里に現れた際の被害防止」や「地域の生活の安定」といった責任が伴っていました。そのため、娯楽や観光目的で熊狩りを行うという考え方は、マタギの精神とは相容れないものです。また、熊を獲らなければマタギになれないと思っている人も稀にいますが、そんなことは聞いてこともありません。猟果を問うことには何にも価値はないと私は教えられてきています。


熊狩りツアーが危険である理由

現代の法律や社会情勢においても、熊狩りツアーは実現不可能に近いものです。主な理由は以下の3点です。

  1. 安全性の問題
    熊は非常に危険な野生動物です。ツアー客が狩猟の現場に参加することで、命に関わるリスクが発生します。熟練のマタギでも滑落や熊に襲われる可能性がゼロではなく、山での事故は致命的な結果を招きかねません。私自身も何度もヒヤリとしたことがあります。そのため、一般客を入れて熊狩りツアーをしたとしても数回のうちに事故でケガをする人がでてしまい、即刻中止となる未来が目に見えています。

  2. 法的な制約
    日本では狩猟が厳格に管理されており、狩猟免許の取得や猟期の制限、地域の規制があります。観光目的での狩猟は現行法では認められておらず、違反すると重大な罰則が科されます。

  3. 倫理的な問題
    現代社会では動物福祉への意識が高まり、娯楽や興味本位で野生動物を狩ることに対する批判が強まっています。観光業としての熊狩りツアーは、地域の評判を損なう恐れもあります。


マタギが提供できる「熊以外の価値」

熊狩りツアーは実現困難ですが、マタギ文化そのものには豊かな可能性があります。以下のような形で、その魅力を観光や教育に生かすことができます。

  1. 森の生態系を伝えるガイドツアー
    マタギは、山や森の動植物に精通しています。どの木がどんな役割を持つのか、動物たちの行動範囲や食物連鎖など、自然の中での命の循環を語ることができます。特に都市部からの観光客にとって、自然との深いつながりを体感する機会は貴重です。

  2. 文化や伝統の継承
    マタギの歴史や文化、狩猟に使われる道具の紹介は、それ自体が興味深いコンテンツです。例えば、熊狩りに用いられた独特の武具や衣装を展示しながら、どのように生活していたかを解説するツアーは、多くの学びと感動を与えるでしょう。

  3. 民間伝承で伝わってるサバイバルスキルの共有
    山での長年の経験から、マタギは危険の察知やサバイバル技術に優れています。登山中の事故や災害時にどう対処すればいいかを教えることで、観光客の安全意識を高めることが可能です。

  4. 自然を活かした体験プログラム
    たとえば山の恵みを活かした料理教室や、山菜採り、木工品のワークショップなど、熊狩り以外にも自然と調和したさまざまな体験を提供できます。


結論:マタギ文化の未来を考える

熊狩りツアーは、マタギ文化の本質を誤解した企画と言えます。マタギが大切にしているのは、山の命と共に生きる精神であり、それを守り伝えることが私たちの使命です。熊だけに焦点を当てるのではなく、山全体の魅力や、そこに住む動植物、人との関係性に目を向けてもらうことが、マタギとしての本来の価値を伝える鍵だと考えています。狩りはマタギが二十面相を持っているうちの、たった一面でしかありません。熊狩りによって伝わる魅力も多少はあるでしょうが、それによって目が曇り見えなくなってしまう価値の方が大きいと私は考えています。

観光客には、マタギとしての深い知識や自然との共生の大切さを楽しみながら学んでもらい、地域に根付いた文化や暮らしの魅力を再発見していただきたいと思います。それが私たちの活動を支える基盤であり、未来の農山村を守るための大きな一歩です。

本当に、どうしても熊狩り(当地域では熊追いといいます)をしたい場合は、この地域に住んで、狩猟免許を取得し、猟友会で活動をして信頼関係を得てから山に入る必要があります。現に、そうやって活動している人もいますので、そのような覚悟がある場合は個別にメッセージなどをいただければと思います。

今日はここまで。本日もお付き合いいただき、ありがとうございました。

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織山英行@マタギの足跡を辿る命の山旅
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