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インスタレーションアートとしての登山

登山ガイドの存在意義について。
空間表現としての登山を考える。


「ソロ登山も可能な時代に登山ガイドは本当に必要か?」という問いは、一見するとテクノロジーの発展や自己実現志向の高まりから生まれたシンプルな疑問。浮かんでは消え、浮かんでは消えていく、一種のよくある考えではあります。

しかし、そこにはもう少し複雑な背景が潜んでいるのではないでしょうか。

多くの方は、日常を離れて山に向かうとき、無意識に「ハレとケ」の世界観を行き来しているのではないかと思うのです。

日本には古来、「ケ」という普段の営みと「ハレ」という祭礼や祝祭的な時間を対比的に捉える考え方があります。農業や林業、狩猟など、自然のなかで営む生活はまさに「ケ」に属する地道な仕事ですが、そこに収穫祭や特別な行事(ハレ)が加わることで、私たちの心はパッと晴れやかになり、いつもの風景がまるで特別な舞台に変貌するのです。

登山もまた、平凡な毎日から離れて山頂を目指すという意味で「ハレ」の要素を多分に含んでいるといえます。

ソロ登山がブームとなり、ヤマップなどのGPSアプリやオンラインコミュニティを駆使して自力で山を楽しむ人が増えました。

自己実現を求めて「誰にも頼らない自由」を味わうことは、たいへん魅力的です。しかしながら、その「ハレ」の瞬間をいっそう濃密で奥深いものにする役割を登山ガイドが担っているという見方もあります。

では、ガイドは何をしてくれるのでしょうか。

安全管理やルート案内に加えて、ガイドは山そのものを“インスタレーション”として演出する可能性を秘めています。

急に出てきた言葉、インスタレーションとは、元来アートの文脈で使われる言葉で、空間全体を作品として体験させる手法を指します。たとえば、登る途中で樹木の成長過程をわかりやすく解説したり、集団の歩調をあえて合わせて森の音に集中する時間を設けたりする。あるいは、雲の動きや野生生物の気配をみんなで想像し合うことで、山そのものを「ハレ」の舞台装置として活用させていただく。これこそガイドにしかできない“自然をキャンバスにした芸術表現”といえるかもしれません。

一方で、狩猟や林業、農業といった仕事に従事している方々にとって、山は「ケ」の場所、つまり日常の場です。けれども、そこに登山ガイドの視点が交わると、当たり前の風景が突然色づき始める瞬間があります。山菜の生息地や動物の足跡の意味を知り、古くから伝わる土地の神話や伝承を聞くことで、「ただの山登り」が特別な儀式のように変化していくのです。ガイドは、その引き立て役であり、舞台監督のような立場でもあるといえるでしょう。

さらに、こうした“山のインスタレーション”を共に体験した人々の間には、単なる観光を超えた連帯感が生まれます。ソロ登山の達成感はもちろん尊いですが、他者と感動や緊張を共有する「共鳴感」は、実は何物にも代えがたいものです。

ガイドは決して「道案内のプロ」にとどまらず、山という大いなる空間を使って参加者同士が新鮮な感情を分かち合えるように“仕掛け”を施すこともできるのではないかと考えるようになりました。

では、ハイテク機器が充実し、誰でもソロで安全かつ効率的に登れる時代に、なぜガイドにお金を払う価値があるのでしょうか。考えられるのは、ガイドを通じて「ケ」の延長にある自然とのつき合い方を深めたり、想定外の感動やインスピレーションを得たりするためではないでしょうか。

野山を知り尽くしたプロがいるからこそ、思わぬ角度から山を再発見できるかもしれません。そうした驚きや学びが、ガイドという存在をいまだに必要とする最大の理由の一つだと思います。

ソロ登山を堪能しつつ、個人の“ハレ”の物語をさらに多層的にすることができる――それが新時代の登山ガイドの可能性です。

自己実現の追求と、自然や他者との共鳴は必ずしも対立しません。

むしろ、それらが融合した先にあるのは“日常を飛び越えたもう一つの祝祭空間”かもしれません。

山での学びや感動を持ち帰れば、それまでの暮らし(ケ)も少しだけ活気づくはずです。

登山ガイドの未来とは、こうした「ハレとケ」「自然とアート」「ソロと集団」が交差する豊かな空間をプロデュースすることだと思います。

安全や技術の提供だけでなく、山に対する見方そのものを刷新してくれる伴走者がいれば、私たちの登山体験はさらに多彩になるでしょう。

まさしく高い報酬を支払ってでも味わいたい、心に響く物語を紡ぎ出す存在として、ガイドはこれからも必要とされ続けるに違いありません。

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