
バリの祈り 「銘機浪漫〜カメラが僕にくれたもの〜」より
以前執筆しましたエッセイからもう1篇。
(前回の記事を貼りつけておきます)
今回は、私の代表的作品集の一つで、写真展も何回か開催、写真集も出しました「バリの祈り」にまつわる話です。

「バリの祈り」
「おっ!いいねぇ。犬を追いかけていたのか。そうか、そうか。写真撮ってもいいかな?そこにいればいいよ。うん、そう。(パシャ)おー、素晴らしい。ありがとう、ありがとう。」
バリ島のとある小さな村、私は野良犬を棒で追いかけ回している4歳くらいの男の子に声をかけ写真を撮らせてもらった。坊主頭で、クリクリっと目が印象的、裸足で駆け回っていた。声をかけたけれど、ほとんど私の独り言。しかも日本語なので当の男の子は何を言われているかわからなかっただろう。私の隣では、通訳兼ガイドとして付き合ってくれた現地ガイドのHさんが、男の子のお母さんに何やら説明していた。この人は日本から来たカメラマンで(カメラマンというところだけは聞き取れる)、雑誌などに載せる写真を撮りに来ているのだ。だいたいこんな感じのことを言っていたのだろう。そのお母さんと目が合う。ニコッと笑って大きく頷いてくれた。

「ママも一緒に撮ろうよ。うん、おー、いいじゃないですか。きれい。わかる?きキ・レ・イ。そう(なんだかわからないけれど、キ・レ・イと口にしてニコニコ笑う親子。シャッターチャンス。パシャ。)いやー、ありがとう!」
相変わらず独り言が多い私に皆が合わせてくれた。普段からいい表情をゲットするためにはどんなこともするんだ、が信条の私。言葉の壁なんて、カメラさえ持ってしまえば関係ない。いつの間にか人だかりができて、最後はなぜか握手ぜめ。調子に乗ってこれを買わないかとなんていうおばさんまでやってきた。Hさんも苦笑する。
木陰に入ってフィルムチェンジ。今回はハッセルブラッドしか持ってきていないので、12枚ごとにフィルムを替えなければならない。強い日差しが避けられる場所を見つけて、こまめにフィルムを替えていった。Hさんはその間、しゃがみながら一服だ。
「モリヤさんは、コドモあが、好きですか?」
モヤモヤと煙を吐き出すその顔は、仕事の時とは違う顔をしている。
「うん。最近特に好きですね。子育てをしているせいかもしれないですね。あと、この村の子は目の表情がとても良くて、つい撮りたいなぁと思っちゃう。日本とは全く違う感じがします。」
ハッセルブラッドのフィルムチェンジは注意するポイントが多いが、もう手が完全に覚えきっているので苦労はない。話しながらでもへっちゃらだ。強いて苦労といえば、イルフォード・デルタ400の撮影済みを巻くテープの糊がミント味で、オエっとなることくらいだろうか。
一連の作業を隣で見ていたHさん、煙を空に向買って大きく吐く。
「コドモはかわいいね。」
「うん。」と私。Hさんが手渡してくれたミネラルウォーターをごくごく飲む。その瞬間に汗が吹き出した。
Hさんはもう1本タバコを吸いたそうだったので、私も汗を拭きつつ休憩することにした。
空はどこまでも青く、遠くに見える山々は深い緑に覆われていた。どこからともなく鶏の声が聞こえ、頭の上に器用に荷物を載せて歩くお婆さんが前を横切っていった。気持ちが安らいだ。私は、遠く日本にいる家族のことを話し、Hさんもたくさんの子供のパパなんだと照れくさそうに話してくれた。
「実はデスネ…..」Hさんがポツリと呟いた。
「昨日ね、ワタシの赤ちゃんが死にました。………、頭が大きくなっていました。病気ですね。………….、カワイソウネ」
絶句する私にHさんは「しかたがない」と微笑んだ。今、想像を絶する悲しみに中にHさんはいる。私はかける言葉を失った。ふさわしい言葉なんてないじゃないか。目から涙が溢れてきて、Hさんが滲んで見えた。Hさんはタバコの火を消しながら、もう一度呟く。
「カワイソウネ……….。」
生まれた時から障害があって、覚悟はできていたらしい。私は仕事なんていいから早く帰っってそばにいてあげればと言ったが、Hさんは「ダイジョウブ、ダイジョブ」と繰り返すばかりだった。

バリ島の人々は、そのほとんどがバリ・ヒンズー教の信者だ。どんな時も祈りを欠かさない。チャナンというお供えを身近なところにおいて祈る。合掌した手を高く上げるのは、聖なる山アグンに祈る印。やや高めに上げるのはお参りをする場所の神様に、そして胸の前の合唱は普段の挨拶。祈りが生活の一部となっている。
次に訪れた寺院で、我々は長い時間手を合わせ祈った。聖なるアグン山に、この寺院にいる神様に。消えてしまった生まれて間もない命。どうか安らかにと。寺院にいたお婆さんが、煙にかざしたお供えの花びらを我々に頭にかけてくれた。
祈りを捧げるHさんの顔が、今も忘れられない。
(2006年発売 「銘機浪漫〜カメラが僕にくれたもの〜」より)
いいなと思ったら応援しよう!
