Twitter凍結で見えた「党派性と間違ったカテゴライズ」が無用な争いを生む話
Twitterが凍結され早2日。まずはその後の動きについて。ここでは詳しく書けませんが、よからぬ前例を残さぬよう、最善の動きをしている、ということだけお伝えしておきます。時期が来ればまた詳しくお伝えできると思います。
凍結自体は戻そうと思えばなんとか戻せそうです。ただ、自分はもう少し「Twitter凍結」生活からいろいろ学んでみたいと思っています。
Twitterって凍結後も他の人のツイートを見たりはできるんですよ。いいねしたりリツイートしたりフォローしたりはできないんですけど。なので、この「DMCA虚偽著作権申告」の話題についてはいろいろ検索したりして、Twitterを見ていました。
なんか下界を眺めてるような気分でした。下界っていうと偉そうだけど、自分の死後、現世を眺める感じってんですか。死んだばかりの浦飯幽助の気分です。死んだことないけど。
そうするとこう、自分の話題をしてくれてる、自分も含む被害者の話題をしてくれてるんですけど、どこか他人事みたいに見えるんですよね。ぼくのことを罵倒している人もいれば、めっちゃいい人みたいに言ってくれる人もいる。どっちも「そうなんだ」みたいな感じで、ちょっと他人ごとで受取るというか。
そういう距離感でTwitterというプラットフォームを観察できたのも、今回、とてもよかったことだったと思っています。
間違った情報が平気で流れる
見ていてまず気になったのは、これだけ書いてるのにそれでも間違った受け取り方をする人がいることでした。
自分で言うのもなんですけど、先日の記事、そこそこわかりやすくなかったですか?
少なくとも、森のこと悪く思ってる人(おそらくはラブライブか表現規制の話で森に敵対している人)が嫌がらせで、著作権侵害をでっちあげて凍結させた。これくらいはスッと伝わりますよね。
ところが、まず「森はフェミニストに凍結させられた」とか真剣に書いてる人が何人かいました。これにはびっくりしました。人を垢BANに追い込む=規制をするリベラル/フェミのしわざに決まってる。そういう強い思い込みがないとできない解釈だなと。開いた口が塞がらなかった。
でもそれくらいはまだマシで。一番ひどかったのはこれ。
何と森が画業で飯食ってる絵師ってことになってました。
何度も言いますが、今回著作権侵害を訴えられた、森が描いたイラストはこれです。もちろん利き腕で、1時間くらいかけて描きました......。
みんな本当に情報見ないんだなあと......。
バカにしてる、というよりも情報に対して処理にかけられる時間が圧倒的に少ない現代社会。Twitterのような流動性ベースのプラットフォームの情報を正しくさばききるのは大変難しいのだと再確認しましたね。
「一部」と「全体」の区別がついてない
これもひどいですね。びっくりしました。
今回ぼくは、自分を凍結させたような人は、言うても一部の人でしかない、なんならちょっとした愉快犯なんじゃないかって思ってますし、そう言ってきてます。
それでも多かったです。「表現の自由戦士はこんなことするんだ!」みたいな物言い。
凍結された人が嫌いでも凍結自体に反対する人はたくさん見ました。それなのに「表現の自由戦士は反対しないんだ!」みたいな言い方してる人が結構いたんですね。
これ、「そういう人もいる」って話なら「うんうん」ってだけなんですけど、「そういう人は(みんな)そういうことをする」って話なら「いやそれは違うでしょ」ってことなんですよ。
存在命題と全称命題ってんですか。全然違うこと言ってるんですけど、これがねえ。もうTwitterやってるとみんな取り違えまくる。わざとやってんじゃないかってくらい。
凍結中なので引用ができませんが、今回、たくさんの批判を浴び、おそらくは凍結のきっかけにもなったであろう森のツイートも、
「ラブライバーのうち、X, Y, Zの条件を満たしているやつが自分はムカつく」
つまり「そういうラブライバーもいる」と言っただけなのに「ラブライバーをそんな目で見るな」という反論が多数ありました。「ラブライバーのファンはおっさんだけじゃない」とか......。
当たり前だけどラブライバーの属性は多様な方がいらっしゃると思いますし、趣味でラブライブを楽しんだりグッズを集めていらっしゃる方には、たとえその楽しみ方がどんなものであれ、自分としては特に文句を言うつもりも筋合いもありません。ラブライブの楽しみ方についても、一切セクシャルな要素抜きで楽しんでる方だって多数いるでしょう。
そもそもなんでこの話題に自分が言及したかというと、とあるラブライバーさんのツイートを拝見したからです。「ラブライブは従来ゾーニングには非常に気を使ってきた」というのがその趣旨で、それを見て、そういう努力を踏みにじる言説がとんでもないと思ったんですね。
そう思ってたところに「ラブライバーのこと決めつけんなや!」みたいな意見が来た。「え??」って思いました。
ド派手に見えるがその実穏当な表現がTwitterではウケる
これに限らずTwitterでは、「フェミは」とか「リベラルは」とかを主語にした主張が多い。「主語が大きい」みたいに言われますが、より正確には「全称命題に見せかけた存在命題」。これがTwitterの大好物なんだなと。
「XはPだ」
と言ったときに、本当は「PであるXがいる」「そこそこいる」「少なくない」くらいなのに、文章を見たときは
「(すべての)XはPだ」
に見える。
「すべての」という全称命題はド派手で強力な主張だがすぐ反論できる(反例が一個でもあればよい。)
「~というXもいる」という存在命題は反論しにくいが(そういうXがそれなりには存在するだけで真なので)言ってることは地味だし中身がそんなにない。
つまり、このどちらなのかが曖昧な表現は、ド派手な主張だから目立つ。かなり強いことを言ってるから「それは違うだろ」と否定したくなるし、実際簡単に否定できるから皆が口を出す。ところが「守る側」は「いや、実際そういうやつおるやん」「そんなことあるやん」って言えるので防御力高いわけです。
そうしてる間に場の温度がぐんぐん上がってく。参加者がどんどん増えていく。それで収集がつかなくなるんですね。
「党派性」で考えるのは「自由の敵」の思う壺
とここらでもう一度クールダウンして、表現について「黙らせてくる」のは誰か考えてみるのはどうでしょう。
今回、ぼくらはDMCA著作権侵害を使って凍結を食らったわけですが、この手法自体はどんな思想を持ってる人でも相手黙らせるのに使えますし、何なら大した考えなんて持ってなくたっていい。空っぽな人間がおもしろがってだって使えるわけです。
掘進さんがおっしゃるように、LGBTだのフェミニストだの左翼だのオタクだの【名乗って】、声優でも絵師でも運営でも一般人でも好きなように潰せる。
「名乗って」るだけなのに、「ほらやっぱり。表現の自由戦士だいわんこっちゃない」「サヨクだって同じ手法使って黙らせてきたんだ同罪」とか言っちゃうとしたら、それってぼくら相当リテラシー弱くないですかね?
これだけは何度も言っておきたいのですが、このDMCA凍結の問題をどうか「陣営の対立」の問題にしないでほしいです。たとえ誰がやってたとしても、そいつが肩入れしてた立場が何であっても。そんなの関係ない。
「そういうおかしいやつもいる」(存在命題)
ってだけであって、
「表現の自由戦士は(みんな)そういうおかしいやつである」(全称命題)
「リベラル/はフェミは(みんな)そういうおかしいやつである」(全称命題)
ではない。
「おかしい」のは虚偽の違法行為で他者に危害を加えるやつであり、ラブライバーでも宇崎ちゃんファンでも、フェミニストでもリベラルでもありません。
このことを、どーか、どーか忘れずにお願いします! 言いたいことはそれだけです。最後まで読んでくださりありがとうございました。
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