COVID-19が恋しい
Are you Serious?
私のような内気な人間にとって、Covid-19が流行ったころは黄金時代だった。少なくとも内向的な人間のほとんどはまたCovid-19のようなウイルスが現れることを切望しているに違いない。なぜなら、それによって人々との繋がりが遮断されて外出を避けることができ、面倒な会話や会議も全てビデオ通話で済ませることが出来るし、わざわざスーツを着たり、お洒落な服で着飾ったりしなくて済むからだ。さらに言えば、Instagramで陽気な人々が顔を赤らめながらビールジョッキなりマイクを掲げ、「俺たち、青春謳歌中!」や「勝ち組の宴~!」といった言葉と共にアップロードされた投稿を見ずに済む。
我々、内気な人間は人との接触を嫌う。無駄な会話に費やす時間が勿体ないと感じる。通勤・通学なども無くなれば自分に費やす時間が増えると考えている。
そもそもなぜ人と会う必要があるのかと疑問に思ったが最後、身体は動かなくなり外へ出る気も起きず、全ては目の前のPCのみで完結できるであろうと論理を組み立てる。情報は全てAIが管理し、会議は全てZoomかSkypeで行い、書類なども全て電子化する。どうしても人が必要な産業にだけ人を費やせばいい。と本気でそう思っている。
それでも、社会全体のシステムがそうはなっていないから憤りを感じるのである。社会は内気な人間のために設計されていない。家に閉じこもったり、住みたい場所で自由に仕事ができるように設計されていないのである。なぜなら、インターネットが世に広く普及し始めたのはほんの数十年のことであって、旧態依然としたシステムが長く続いてきた弊害として、すぐに新しいシステムに対応することができないのである。これは巨大な船が素早く方向転換できないことと同じように、きちんとした方向へと転換するためには時間を要するのである。
だから内気な人間たちは凄まじく非効率なシステムに遭遇すると「正気か?」と考えて苛立ちを覚える。そして、そのシステムが変わるには時間がかかるだろうと考えて絶望するのである。
How to survive introvert person get on in life?
内気な人間にとっての黄金時代であったCovid-19の時代。内気な人間は自分たちにとって理想の社会を描いた。すべての物事が家で完結する。仕事も生活も娯楽も、一歩も家から出ることなく一切人と接触する機会もない、身が興奮で震えるような理想の社会の訪れを心底予感した。だが、理想は脆くも崩れ去った。Covid-19に対抗するワクチンを作った人間が現れたのだ。そして、これは推測だがワクチンを作った人間は内気だったに違いない。
我々、内気な人間は常に『どうすれば人との接触を断てるか?』ということを考えている。人生のテーマと言ってもいい。人生において人との接触を断ち、自らの時間を最大限にするための努力を内気な人間は惜しまない。最終的に人と会わないために、人と会って金を稼ぐという矛盾を抱えて生きているのである。
そんな内気な人間が人との接触を断つための方法というのは、金である。あらゆる人との接触は金で断つことができる。極論を言えば、使いきれないほどの金を手にすれば人との接触を断てるのである。だから、ワクチンを開発した人間は巨万の富を得て、悠々自適に誰とも関わらない生活をしているであろう。さらに言えば、日本でIT業界などで巨万の富を得た人間のほとんどは、美人な奥様なりとともに誰とも接触しない国に飛び出して、内気な人間同士肩を寄せ合って生きているのである。
金があれば、食事はUberなどのデリバリーで済み、外出は専属のドライバーか自分で運転するだけで良く、仕事をせずに自由に過ごすことができる。内気な我々は常に、人と接触しないために必要な金を稼ぐために、妥協して人と接触しながら金を稼いでいるのである。この事実に気づかなければ、内気な人間を理解することはできない。
反対に、勝気な人間は『人との接触を断つ』というテーマがないから、無駄な金を使い、交友関係をアピールし、『人との繋がりこそが幸福の絶対条件だ』などと自らを正当化するような行動を取るのである。内気な人間にとってみれば、鼻で笑ってしまうような戯言である。ちゃんちゃらおかしいちゃらおかしいである。何が好きで大勢の飲み会などを開かなければならないと言うのか。勝気な人間が開く大勢の飲み会において、人との関わりの深さなどたかが知れている。浅瀬でぱちゃぱちゃ水遊びをしているような人間関係が楽しいと言っているようなものである。このような勝気な人間は表面的な浅い付き合いを声高に叫ぶ傾向にあるから、「誰々とヤッた」とか「誰々はおっぱいが大きかった」と薄ら寒い言葉しか吐かないから儚い。
だが内気な人間は海深くまで潜るスキューバダイビングのような人間関係に楽しさを見出す。大勢ではなく少数で集まり、より強い結束、心の繋がりを求める。そう。内気な人間は内気な人間同士、惹かれ合うのである。しかし心の弱い内気な人間、鍛錬の足りない内気な人間は勝気な人間の言動を羨ましいと感じてしまう。それは内気レベルからすればレベル1である。是非、これを機会にレベルアップしてほしい。
Introvert is better than Extrovert
人生の目標である『人との接触を断つ』ことを心の中心に持つ我々、内気な人間は勝気な人間たちに勝っている。なぜなら、しっかりと目標を持っているし、同士がいればそこに強い繋がりが生まれるからである。
『人との接触を断つ』ということをさらに詳細に語るとすれば、『自分のことを理解してくれる人以外との接触を断つ』と言い換えてもいいだろう。ざっくり言えば『変な人と関わりたくない』である。
何十億という人口の中において、真に自分を理解してくれる人を探して内気な人間は生きている。勝気な人間に比べて手数は少ないがゆえに夢見がちであるが、自分を理解してくれる人間が現れることを常に待ち望んでいるのである。内気な人間にとっては、片手で数えられるくらいに自分を理解してくれる人がいれば、それで十分なのである。
浅い関係など内気な人間は求めていない。
自分の心の奥底にグツグツと燃え滾るどす黒く、他人に見せるのは生涯に一度かもしれないとさえ思えるような感情を抱えながら、いつかその感情を誰かと共有し、深く語り合いたいと切望しているのである。もしもそのような人間に出会えたとしたら、それは内気な人間にとっては人生における一つのゴールを見つけたと言っても良いだろう。
内気な人間からすれば、勝気な人間には自分たちと同じような『一生に一度しか見せないような感情』を持たないように見えるのである。だれかれ構わず言葉を囁き、本心を隠して綺麗ごとを並べる。その程度の感情しか持っていないだろうということに冷めてしまい、距離を置くのである。
究極を言えば、勝気な人間と内気な人間は相いれない。しかしながら、人間関係とはそのような単純に合理化できるようなものではないから、勝気な人間が内気な人間と一緒になることだってある。それはどちらかの影響が強く反映されたがゆえに、勝気な人間が内気な人間になったり、その逆が起こったりするからだ。
それでも、どれだけ互いに深い関係になろうとも絶対に立ち入らせない領域というものを内気な人間は持っている。勝気な人間があけっぴろげに見せるようなものとは違う。もっと頑丈に幾つもの鍵で封じ込められたものを内気な人間は持っているのである。
それをひた隠しにしながら、常に表面上は明るく振舞わなければならないのが内気な人間が背負う業である。早く人との接触を断ちたい。そして、自分を理解してくれる人に会いたい。これを支えに内気な人間は勝気な人間とも接触をしなければならず、またはそこまで深く考えていないような人間とも関わらなければならないのである。ああ、なんと悲しき生き物であろうか内気な人間というのは。
Covid-19よ、もう一度
再び、内気な人間にとっての理想的な社会が訪れるかは分からない。しかしながら、内気な人間は内気な人間であろうとするがゆえに自由に世界に飛び出すという選択をすることもある。内気な人間とは決してアクティブではないこととイコールではない。内気な人間は外に飛び出すことによって、自分が真に殻に閉じこもれる場所、しがらみから解き放たれる場所を見つけようとするのである。内気な雛鳥にとって、卵の殻の中に留まっているだけでは腐って死んでいくことは本能的に理解しているように、自分が健やかに自由に孤独であれる場所を探し求めて、卵の殻を破っていくのである。内気な人間の人生とは、面倒なしがらみから抜け出すことの連続であり、自由を求め続ける人生なのである。
だから、Covid-19が恋しいのである。
自分たちが夢見た、人と接触しない人生が来ると、ほんの一瞬でも信じられた。人と接触せずともあらゆる仕事が進むことを学習した内気な人間は、それを実現するために行動を起こし続けている。場所に囚われないノマドワーカーという職業が脚光を浴びているのは、その裏テーマとして人と接触せずに済む生き方があるからである。
間違っても、人との接触する生き方を否定しているわけではないことを理解していただきたい。人と接触する生き方を楽しいと望むのならば、それはそれで良いことだと思う。内気な人間はそうではない、というだけである。
静かに、誰とも接触せず、芸術に没頭し、美味しいご飯と良い環境で暮らしていければ、それだけで内気な人間は幸福を感じる。そして、願わくば自分の思いに共感してくれる人が傍にいれば、これ以上ないほどの幸福を感じるのである。
内気な人間が理想的に生きられる社会がやってくることを、Covid-19が一時的に社会のシステムを変えたような時代が来ることを、我々は望んでいるのである。
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